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第048話 血飲み子

 あれから数時間。ビゴットは、殴る、蹴る、噛みつく、引きちぎるなど、思いつく限りの攻撃方法でセフィルスと格闘していた。


 セフィルスは、全く反撃をしていないわけではない。ビゴットは、セフィルスの攻撃を尽く躱している。


「素手で私の皮膚を裂く人間など、初めて出会いました」


「まあな。俺は素手の方が強い。しっかし、本当に何やっても死なねぇな。いい加減、俺も疲れてきたぜ」


「それはお互い様です」


 最初にあった殺伐とした雰囲気は無くなっていた。セフィルスにとっては、いい加減に帰ってほしい気持ちでいっぱいである。


「仕方ねぇ。これで殺せるとは思えねぇが、もうこれくらいしか手が思いつかねぇぜ」


 言って、ビゴットは巻き添えで切り倒された大木を拾い上げた。


「それで、どうするつもりですか?」


「磔だ」


 大木をセフィルスへぶん投げる。


 ドッと鈍い音を鳴らし、セフィルスの横腹へ大木の幹が突き刺さった。


 ビゴットは地を蹴り、突き刺した大木を掴んで岩壁へ突き進んだ。


「オラァ!」


 気合一擲。山を揺らさんばかりの衝撃で大木を岩壁に押し込み、セフィルスを串刺しにした。


「こいつならどうだ。ただ風穴を開けても傷が治っちまうなら、そのまま何かで埋めれば治せねぇんじゃねぇかと思ったんだが」


「なるほど……しかし、それだけですね」


 磔にされたセフィルスは静かに言う。


 ビゴットがやれやれとため息をついて頭を撫でると、傍の洞窟から物音がするのに気が付いた。


「おい。あれ、お前の巣だろ。何か飼ってんのか?」


 生け捕りした獲物だろうか、とビゴットは思った。


 ほとんどの竜はその場で獲物を食べてしまう。しかし、こうして捕食して備蓄することもあるのだろう。そう考えていたが、顔を出した生き物を見て、驚愕した。


 人間である。


「てめぇ……益竜のくせに、隠れて人を喰らってんのか?」


 ビゴットの目の色が変わった。怒りを露わにし、セフィルスを睨みつけている。


 セフィルスはゆっくりと首を動かし、洞窟から出てきた赤子を見つめた。


 慈愛のこもった瞳だった。


「……この人間は、私が保護したのです。人間に捨てられたのでしょう。エヴァブ火山の麓に放置されていたところを拾ったのです」


「保護だと?」


 ビゴットの目から怒りの色が消える。赤子をみやると、確かに五体満足で顔色も悪くない。赤子は岩肌がむき出しの地面を、慣れた足取りでよちよちと歩いている。人間の住む環境とは程遠いこの山肌が、自らの住処であるように振る舞っていた。


「エヴァブ火山って言やぁ、ディストリア国の近くだな……」


 ビゴットが顎を撫でながら思索にふける。すると、ひとつの事実に思い至った。


「……そうか。この子供は、生贄か」


 エヴァブ火山には竜が定期的に棲みつき、近くの村へ被害をもたらすことがある。村は、ドニカ村といった。竜に対抗する術もなかった時代に生まれた土着信仰があり、村を守るため竜に供物を捧げる『生贄』という制度が存在していた。


「生贄に、大した意味はねぇ。こんな子供ひとり食ったところで腹が満たされるわけでもなけりゃ、そもそも竜はそんなことを気にしねぇだろう。藁にもすがる気持ちで始めたもんなんだろうが……いまだに続いているんだな」


 ビゴットが、悲しそうに呟く。


「愚かなことです」


 セフィルスが同情し、ビゴットの呟きに答えた。


「しっかし、おめぇ……子供を保護してることは分かったが、どうやって育ててんだ?」


「それにお答えするのは構いませんが……まずはこの木を抜いていただけないでしょうか。もう、あなたの目的は果たされず、私があなたと戦う気がなくなっていることもお分かりでしょう」


「ん? ああ、そうだな。悪かったよ」


 言って、ビゴットは磔にしていたセフィルスから大木を抜いた。


 抜いたところからは光が溢れ、すぐに肉体が再生される。


 解放されたセフィルスは、そのままビゴットの方を向いて座った。


「この子供には、私の血を与えました。私の血を飲んで、この子は育っています」


「血ってなぁ……お前、どんなに切りつけても風穴を開けても、血の一滴も出てこなかったくせに。お前に血が通ってるってことの方が疑問なんだが?」


「そうですね。では、私の能力のひとつをお見せします」


 セフィルスが言う。怪訝な顔を向けて顎を撫でるビゴットに向けて、セフィルスは爪を差し向けた。


 すると、僅かに白色の光を放つ黄金色の雫が爪の先から滴り落ちる。


「四条竜はご存知でしょうか。古くから人間に協力する四体の竜は、このように血を通して他者に性質を分け与えることができます。我々はこれを『竜の血』と呼んでいます。受け継がれる性質は、与えられたものの体質に寄ります」


 ビゴットは「ほほぅ」と感嘆の声を漏らし、質問する。


「魔力を濃縮した血を自由に出せるってわけか。不思議なことをしやがる。するってぇと、何か。この子供には、その馬鹿みてぇな不死身の生命力が受け継がれたってことか?」


「それは分かりません。私は与えるだけで、何を継いだかまでは感知できませんから。ただ、人間の赤ん坊は『チノミゴ』とも呼ばれていると聞きました。この子は『竜の血』を受け入れられる体質でした。だから、日に何度か私の血を飲ませ、生きながらえさせることが出来ています」


「馬鹿野郎。そいつは『乳飲み子』だ。おめぇ、本当は頭悪いだろ」


 ビゴットは呆れた。常識から何からがデタラメで、こうして子供が生きていること自体が奇跡に思えた。


 しかし、事実として子供は無事に成長している様子。子供の赤い瞳が、ビゴットを見つめていた。この目の色は見たことが無い。これも『竜の血』を飲んだ影響だろうか。そんなことを考えながら、ビゴットは唇を尖らせて子供と目を合わせた。


 しばし見つめ合う二人。


 ややあって、セフィルスがビゴットに語りかける。


「わざわざここまでお越しいただき、何の手土産もないのは心苦しいでしょう。もしよろしければ、その子を持って帰っていただけませんか?」


「は?」


 突然のセフィルスの申し出に、ビゴットは素っ頓狂な声を上げて振り向いた。開いた口が塞がらない。


「いや、意味が分からねぇ。何言ってんだおめぇ……」


「もちろん、お礼は致します。あなたの復讐を一度だけお手伝いして差し上げます」


 セフィルスの言葉を受け、ビゴットは目を細めて鋭い眼光を向ける。


 腕を組み、無言の圧力で続きを促した。


「竜王の変身能力には条件があります。私があなたと契約して協力する限り、その条件を満たさせません。いかがでしょうか?」


 ビゴットは目を閉じて考える。しばらくして、口を開いた。


「なるほど。人間の子供がそれなりに育つまでには、十数年かかる。つまり、お前は俺の貴重な十数年と引き換えに、竜王を殺すため協力すると。そういう事だな?」


「あなた方が竜王に復讐するために何百年費やしているか。それを考えれば、たいした事ではないでしょう?」


「違えねぇ」


 ビゴットは頭を撫でて、髪の毛すら十分に生えていない小さな男の子へ向き直った。


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