第047話 聖竜『セフィルス』
ネルビスらがザックスをビゴット宅に送り届けると、ビゴットは頭を下げて礼を言った。
その後、しばらくザックスは寝床で安静にしていた。しかし、夕暮れ時にもなれば食事のために起きだしてきていた。
「親父ぃー、腹減ったぜ。なんか作ってくれ」
「おう、もう体調は大丈夫なのか?」
「ああ、問題ねぇ。身体も動く」
「そうか。ちょっと待ってろ」
ザックスがリビングの椅子に座ると、しばらくビゴットの背中を眺めていた。
竜狩りの依頼も受けず、これまでの貯蓄を切り崩して男手ひとつでザックスを育ててきた。子供の世話などしたこともなく、最初は慣れないことも多かったビゴットではあった。しかし今では、慣れた様子で家事をこなし、ザックスをひとりの竜追い人に育て上げた父親の背中である。
「今日はマーブルが、食べられる野草も採って来てくれたんでな、使ってみた。それと、おめぇが居ない間に釣りへ行ってきた」
川魚の香草焼きのいい匂いが漂う。すぐに、料理がザックスの前へ置かれた。
「俺が竜と戦って死にかけてたって時に、のんびり釣りなんてしてやがったのか。ひでぇ親父だな」
「ははは、そうだな。悪かったぜ」
悪びれる様子を微塵も感じさせずに謝るビゴット。そのまま、椅子を引いてテーブルについた。
「その様子だと、もう大丈夫そうだな」
「ああ。急に外へ飛び出しちまってわりぃ。今度は、ちゃんと話を聞くからよ」
ザックスの言葉にビゴットは安堵の表情を浮かべて、ふっと息をつく。
「で、どこまで話したんだったか」
「契約って、言ってたよな、親父。俺は親父の本当の子じゃなくて、預かったって」
「ああ、そうだったな。あれは、ちょうど十五年前のことだ。俺が聖竜を狩りに行った時の事なんだが……」
「はぁ? 話を聞きに行ったんじゃねぇのかよ?」
「まあ、最後まで聞け。結果的に、そうなったんだよ」
◇ ◇ ◇
ドラガリアからずっと北へ行ったところ『ヴァーウル山脈』に、聖竜は居た。
ビゴットは、聖竜を殺すためにこの地へ来ている。
山を登り、切り立った崖に出来た洞窟前の開けた場所。そこで、聖竜は四肢を折り曲げ休んでいた。
白い鱗に覆われた巨体を伏し、長い尾は体に沿って地に置かれている。聖竜はビゴットの存在に気付くと、目を開けて背中の大きな翼を広げた。鎌首をもたげさせながら緋色の瞳をビゴットに向ける。
ビゴットは聖竜と対峙しても物怖じすることなく、気さくに話しかけた。
「てめぇが聖竜『セフィルス』だな? 白い竜ってのは、やっぱ目立つな。分かりやすくていい」
「見かけない顔ですね。どなたですか?」
「ああ、すまねぇな。俺の名前はビゴットだ。魔女の末裔って、覚えてるか?」
ビゴットの言葉を受け、セフィルスはわずかに目を細める。
「存じています。竜王に滅ぼされた人間の一族……そして、転生を繰り返し、今なおこの世にしがみつく魔法の使い手ですね」
「なら、話は早ぇな。俺は、その転生者のひとりだ。ま、転生したんで見た目は前と大分違うけどな」
「なるほど。その魔女の末裔が、私に何の用ですか?」
「のんびり暮らしてるところ悪いんだが、いっぺん死んでくれや」
ビゴットはガン・ソードを肩に担ぎ、笑顔で言い放った。
「これは異なことを。私の記憶が正しければ、人間にとって私は益竜だと記憶しておりますが。狩られる理由が見当たりませんね」
「そうらしいな。俺もお前に恨みなんかこれっぽっちもねぇし、人間がお前と敵対する理由もねぇ。だが、俺たち魔女の末裔には、お前を殺しておかなきゃいけねぇ理由がある」
「なるほど、復讐ですか」
「察しが良いな」
セフィルスは目を閉じ、前足を伸ばして巨大な体躯を持ち上げる。
「あなた方を滅ぼした竜王に復讐するため、転生を繰り返してきたのですね。そして、竜王の能力に気がついたあなたは、私を狩らなければならないと判断した」
「その通りだ。奴は、あらゆる竜に成れる。この世に生きている竜になら、何にでもな。当然、お前にだって成れるんだろ?」
確認するようにビゴットは問いかける。彼に巨躯を向けて座りなおしたセフィルスは、目を開けて正面からビゴットを見据えた。
「その通りです」
「お前の事は知っているぜ。何をやっても死なない体なんだってな。てめぇが生きてる限り、竜王も殺せねぇ。だから、今からてめぇを殺す方法を見つけてやる」
「やってみなさい」
セフィルスが言うや否や、ビゴットはガン・ソードの銃口をその額に向けた。
「手始めに、一発ぶちかますぜ!」
光の刃が銃口から迸り、セフィルスの頭を一瞬で吹き飛ばした。
的確に急所を狙った一撃。しかし、紫光が消えると、白色の光が集いだし、元の頭部をかたどっていく。瞬く間に、竜の顔が元通りになっていた。
復元されたセフィルスの顔が牙を剥き、ビゴットに迫る。
ビゴットは口撃をかわし、懐に飛び込みながら魔力莢を交換した。
「顔が弱点じゃねぇなら、大抵は胴体だ。こいつでどうだ?」
すかさず、セフィルスの胸部へ向けて光の杭が撃ち込まれた。
セフィルスはビゴットの必殺の一撃をまるで意に介すことなく、その首を向ける。
「無駄なことを。私の命を奪える急所など、ありはしないのですよ」
「だったら、テメェはどうやって生きてんだ?」
ビゴットはガン・ソードを持ち上げ、光の刃を薙ぎ払う。
紫の一閃により、セフィルスの首が切り落とされた。
首は地面に落ちると、光の粒となって弾けるように霧散した。
セフィルスの首には新たな光が集まり、すぐに復元する。
「私の存在自体が、永遠なのです。竜神『ヨルムンガルド』が与えた概念により、私は死ぬことが出来ません」
「答えになってねぇな!」
ビゴットは魔力莢を取り換え、今度は光の刃を縦横無尽に振り回す。
瞬く間に全身を切り刻まれたセフィルス。だが、傷口から漏れ出した光によって傷はすぐに修復された。
「とはいえ、私を殺す方法が無いわけではありません」
「へぇ。そいつはぜひ聞きたいもんだ」
聖竜の言葉を聞きながら、ビゴットは空になった魔力莢を取り外す。
「私の生命は、魔力によって補われます。私の命を補うだけの魔力がこの世から消費されたとき、私はしばらく活動できなくなるでしょう」
「なるほど。で、その魔力はあとどのくらいあるんだ?」
「この世の命全てを合わせても、世界に漂う魔力の半分も使いきれていません。すなわち、私の命はこの世の命全てに匹敵します」
「無茶なことを言いやがる」
セフィルスの回答に、ビゴットは呆れ笑いを返した。
「ですから、無駄な事だと言ったのです。ご理解いただけましたか?」
「いや、わりぃな。何言ってるかさっぱり分からなかったぜ」
ビゴットは、魔力莢を装填すると、再びガン・ソードの銃口をセフィルスに向けた。
「呆れたものですね。ならば、気が済むまでやってごらんなさい」
「そうさせてもらうぜ!」
ビゴットは、幾度も光の杭を放ち続けた。手持ちの魔力莢が次々と消耗されていく。並みの竜ならすでに十回は死んでいる。そんな猛攻を浴びせてもなお、セフィルスは穏やかな顔のままビゴットの前に立ちはだかっていた。
「なんてこった……弾切れだ」
「もうお終いですか」
「ああ。弾が無くなったんでな。さて、どうしたもんか」
ビゴットはガン・ソードをホルスターにしまうと、頭を捻りながら顎を撫でる。
「まだやるつもりですか」
「まあ、一応な。もうちょっと付き合ってくれよ」
「……はっきり言いましょう。迷惑ですので、帰っていただけませんか」
セフィルスは呆れ交じりのため息をついた。




