第046話 ティールグ湖
「ザックス! しっかりしてくださいまし!」
「……ん。ああ、マーブルか」
「マーブルか、じゃありませんわ!」
ザックスが目を覚ますと、傍にはマーブルとネルビスが居た。
マーブルはザックスの肩をゆする手を止め、陽光のなか横たわる彼をひしと抱きしめた。
「むぐっ」
「まったくもう、心配させないでくださいまし! ぜんぜん目を覚まさないものですから、死んでしまったのかと思いましたわ!」
ザックスの顔がマーブルの豊満な胸に埋まり、ザックスは呼吸が出来ずバタバタと手を振る。
「ふん、何があったかは概ね見当がつく……だが、何故お前がこんなところで眠っているのかが分からんな」
ネルビスはそんな二人を冷ややかに眺めながら言った。
ザックスはマーブルの胸から解放されると、辺りを見回す。
湖のほとりに倒れるレオレッグス。ガン・ソードが見当たらない。
「安心しろ。お前の武器はここにある」
ネルビスの方へ振り向けば、ガン・ソードが納まったホルスターを肩にかけていた。
「わりぃな、ネルビス。俺、昨日レオレッグスと戦ってたんだ」
「そんなことは見れば分かる。夜中にレオレッグスとサシでやり合うとは、馬鹿なのかお前は」
「んなこと言われても、出遭っちまったもんはしょうがねぇだろ」
「ならば、次からは出遭わないように気を付けるべきだな」
ザックスは不機嫌そうに舌を鳴らすと、立ち上がろうとする。
しかし、うまく立ち上がれずによろめき、ネルビスが肩を貸した。
「おっと、わりぃな」
「まったく、世話の焼ける奴だ。歩けるか?」
「なんとかな……」
ザックスはネルビスに肩を貸してもらいながら荷馬車まで行くと、荷台に腰を下ろした。
「お前はここで休んでいろ。来たついでだ、奴を解体していく」
ネルビスはガン・ソードをザックスの横に置くと、レオレッグスの元へと歩きながら剣を抜いた。
「それにしても、どうしてこんなところに居たんですの、ザックス?」
入れ替わるようにして、マーブルがやってきた。
「なんでだろうな。むしゃくしゃして、適当に走ってたからなぁ……」
「昨日の夜、何があったのか聞いてもよろしくて?」
「ああ……」
ザックスは、マーブルに昨日の出来事を話した。
ビゴットとの会話、その後にレオレッグスと遭遇して戦いになったこと。
「そんで、何とか倒したのは良いんだけどよ。俺、気を失っちまってさ」
「そうだったんですの……」
マーブルは暗い表情で、荷台に座るザックスの隣に腰かける。
「でも……ザックスがビゴットさんの子じゃないとしても、ビゴットさんはザックスを一生懸命に育ててくれてたと思いますわ」
「いや、親父は契約だって言ってた。単に、そういう約束だったんだ」
「ふぅん。わたくし、ビゴットさんが他の方にザックスを育てて貰ってたという話を聞いたことがありませんわ」
「そりゃ、そうだろ。俺だって、親父以外とろくに会話した記憶ねぇもん。本の読み方も、字の書き方も、竜の狩り方も、全部親父から教わったんだ」
「それって、とても大変なことだと思いません? お仕事にしていた竜狩りをやめて、十六年もの間、ザックスを一人で育ててきたんですのよ。とても、約束だからというだけで出来ることでは無いと思いますわ」
「でもよ……」
ザックスはまだ納得のいかない表情でマーブルに視線を向けた。
「ビゴットさんが、ザックスを宜しくとわたくしに言ってくださった時の顔。優しいお顔をされていましたわ。ザックスに愛情が無いと、あんな顔にはなりませんわよ」
「親父が、優しい顔だって?」
「そう言えば、あの時……ザックスは全然冷静じゃありませんでしたわね」
マーブルは苦笑いで返した。
「でも、わたくしはあなた達のやり取りを傍から見てて、仲の良い親子だと思いましたわ。たとえ血は繋がっていなくても、ビゴットさんはザックスの面倒をしっかり見ておりましたし、たくさんの愛情をもって接していたに違いありませんわ」
青い瞳でザックスの顔を覗きながら、マーブルは「ふふっ」と微笑む。
「なんか、そういう風に言われると照れくさいな……」
ザックスは口を尖らせて、頬をポリポリと掻いた。
「おい。元気になったのなら、お前も解体を手伝え」
ネルビスがやってきて、切り落としたレオレッグスの鬣を荷台に放り投げた。
「いや、わりぃ。こうやって喋る分には良いんだけどよ。まだ怠いんだわ」
「ふんっ。良いご身分だな」
「ネルビスさん。この鬣、少しわたくしに譲っていただいてもよろしいですか?」
「俺でなく、ザックスに聞け。奴を狩ったのはザックスだ」
言って、ネルビスはまたレオレッグスの方へ行ってしまった。
「だ、そうですわ。ひと束いただいても構いませんこと?」
「おう、いいぜ。何に使うんだ?」
「レオレッグスの鬣は魔力の伝導率がよくて、導線として使えるのですわ。他にも、ブラシや装飾品に利用されたりと、用途はたくさんありますのよ」
「へぇ、知らなかったぜ」
「今、ネルビスさんが解体作業を行っておりますが、レオレッグスの身体はほとんど余すところなく色んなことに利用されますわ。鬣だけでなく、肉や内臓は食べられますし、骨や牙は薬酒に、爪も武器や装飾なんかに使われておりますわね」
「そんなにか。親父は、肉が不味いからあんまり狩らないって言ってたけどな」
「可食部が多いことから食用としても狩られるそうですけど、確かに、あまり美味しくはありませんわ……でも、今回持ってきた荷台はあまり大きくありませんから、売り物として価値のある部分だけになりそうですわね」
ネルビスが手際よく捌いているのを眺めて、マーブルが髪をくるくる弄りながら言った。
「それにしても、手際がいいな。俺がここで竜と戦ったのを知ってたのか?」
「いいえ、ザックスの事は偶然ですわ。わたくしもビゴットさんに言われたアリナブの花に興味がありましたので、採集に来たんですの。でも、ネルビスさんが荷台も用意しておけというものですから。昨夜の時点で竜の出没情報を掴んでおりましたようですし、こうなることを見越しての事だと思いますわ」
「なるほどな。なんちゃらアイってのにかかれば、そこまでお見通しってわけか」
「ドラゴン・アイですわ」
ネルビスが竜の解体を終えると、売り物になりそうな骨や爪、肉の一部などの素材を荷台に積み込む。ザックスはそのまま荷台に残り、マーブルも周辺で採集してきた植物素材を載せると、ザックスの隣に掛ける。御者席にはネルビスが座った。
「さて。帰るか。ザックスはこのまま送ってやろう。マーブル、ザックスの家まで……」
マーブルがネルビスをジト目で睨む。
「……家まで案内してくれないか、マーブル嬢」
「承知しましたわ」
二人の様子をみて、ザックスは怪訝な表情を浮かべた。
「お前ら、なんかあったのか?」
「いや、何もない。出発するぞ」
ネルビスは強引に話を打ち切ると、手綱を握り馬車を送らせた。




