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第045話 酒場にて

 夜のドラガリアを、ネルビスはひとり歩いていた。


 工業都市は昼こそ活気づいているが、夜はほとんどの店が扉を閉めている。


 日が落ちても開けているのは酒場などの飲食店くらいなものだった。


 ネルビスは酒場の扉を開け、中に入る。


 ドラガリアでは酒を飲める年齢が十六からである。そのため、ネルビスのような少年が店に入っても何ら咎められることは無く、バーカウンターの店主には気さくに「いらっしゃい」と声をかけられていた。


 ネルビスが店内を見やると、見知った人影があった。


「あら、ネルビスさん。珍しいですわね、こんなところで」


「それはこちらの台詞だ。まさか、仕事以外でマーブルに出会うとはな」


「わたくし、大体夜はここにおりますわ」


 ネルビスは「隣に良いか」と尋ね、マーブルは「どうぞ」と返した。


「ジェイドを頼む」


「かしこまりました」


 注文するネルビスの横で、マーブルが傾けていたグラスを置いた。


「こんな遅くまで、お仕事お疲れさまですわ、ネルビスさん」


「なに、ダンクルーザーとの話が長くなっただけだ」


「そう。何を話していたか、お聞きしてもよろしくて?」


「いや、機密事項だ……」


 ネルビスは、沈鬱な表情でカウンターに視線を落とす。


「ふぅん」


 それだけ言い、マーブルは艶のある唇をグラスにつけた。


「そう言えば、ティールグ湖に竜が出没したようだ。レオレッグスが一頭。群れからはぐれたのだろう」


「あら、それは困りましたわ。明日、採集作業に赴こうと思っておりましたのに」


 ネルビスの前に、淡い緑色のカクテルが置かれた。ネルビスはグラスを手元に寄せ、ジェイドに浮かぶ泡を眺めた。


「明日なら、俺の仕事も入っていない。手伝おうか?」


「あら、どういう風の吹き回しかしら……ネルビスさんが護衛してくださったなら心強いですけれど。でも、お高いんでしょう?」


「レオレッグスなら、大した相手ではない。俺とは相性の良い相手だ。格安で引き受けてやろう」


「それは助かりますわ」


 ネルビスはグラスに口をつけ、さわやかな酸味を味わいながら協会本部で見た光景を思い出す。


 薄い白色光が、茶色の光と重なっていた。


 ダンクルーザーが言うには、場所はティールグ湖。茶色の光はレオレッグスだという。


 ネルビスには星杖の光の読み方までは分からない。だが、ダンクルーザーの言葉通りで考えるなら、協会で話をしている間、ザックスがレオレッグスと一戦交えていたことになる。その後、薄い白色光はネルビスが帰るその時までずっと動かないままだったことが、気がかりだった。


「どうしたんですの?」


 マーブルがネルビスの顔を覗き込む。


「いや、なんでもない。明日、行ってみれば分かることだ」


「ティールグ湖に何かありましたの?」


「まあ、な……」


 竜人、か。ネルビスは声に出さずに呟いた。


 ネルビスには、ダンクルーザーの思惑におおよその見当がついていた。


 人類には、竜に対抗しうる人材が少ない。少ないとは言えドラガリアには、ビゴット、ネルビスを筆頭に各都市国にもたくさんの竜追い人達が居る。しかし、何かのきっかけで竜と戦うことになった場合、星の数ほどもいる竜とやり合うには圧倒的に戦力が不足している。ビゴットは一騎当千の戦力ではあるが、非協会員であるために指揮を執ることが出来ない。そこで、ビゴットの弟子であるザックスには協会員となってもらい、うまいこと手綱を握るつもりだろう。竜人であるかどうかはさておき、ビゴットに変わる強大な力を持つ者であれば構わない。そういうことだろうと、ネルビスは結論付けていた。


 そう言えば、と。人類が竜と戦う事態になったという記録が、人類史の中で一件だけあったのをネルビスは思い出した。


 五百年ほど前の出来事ではあるが、ひとつの国が滅んだ事件。


 その時に滅んだ国の残骸が、今は遺跡として残っている。ちょうどザックスが翡翠竜を狩った現場である『エニフス遺跡』だった。記録によると、その国には魔力を扱い、“魔法”を操る人間たちが多く住んでいたと云う。その国の民は『魔女の末裔』と呼ばれていた。


 竜達との戦いで『魔女の末裔』は国ごと滅んだと云われている。


 もしかしたら、ザックスは『竜人』などという奇妙な存在よりも、こちらの『魔女の末裔』であるといった方がまだ信憑性がありそうだ。とは言え、どちらも眉唾な話ではあるが。


「いずれにしろ、厄介な話だな……」


 ネルビスはグラスに口をつけ、残ったカクテルを飲み干した。


 ザックスが竜人であれ魔女の末裔であれ。その存在は人間を超越しており、人類の敵かどうかを見極めなければならない。その任務にあたるのは、実力者であるネルビスだ。


「ところで、マーブル。ザックスとは見知った仲のようだが、奴とはいつから知り合いなんだ?」


 ネルビスは、マーブルに探りを入れてみることにした。


「六年ほど前かしら。わたくしが素材加工や研究の仕事を始めてすぐの頃ですから」


「六年ほど前か……随分と、若い頃から仕事に携わっているのだな。十二の頃から竜狩りに携わってきた俺が言うのもなんだが、まだ子供ではないか」


「ええ、まあ……急逝されたお母さまの書物がありまして。それを読むのが、わたくしの日常でしたから。お母さまが亡くなったことで、わたくしがそのままお仕事を引き継いだのですわ」


「そうか。その頃には、ザックスと会っていたのか……」


「ええ、まあ。それがどうかなさいました?」


 カランと、溶けた氷でグラスから音が鳴った。


「ザックスも、その頃から竜を狩っていたのか?」


「いえ、ザックスはビゴットさんと稽古ばかりしていたみたいですわ。私は、ビゴットさんが狩りで消耗した魔力莢を補充するために、その頃から度々取引させていただいておりましたの」


「なるほど。稽古の様子は見たことがあるのか?」


「たまに拝見させてもらっておりましたわ。ザックスが一方的にやられているのを、冷や冷やしながら見ておりました。懐かしいですわね」


「ふむ。それで、ザックスは――」


「もうっ、さっきからザックスの事ばかりですわ、ネルビスさん。わたくしの事を話しているのに」


 マーブルは、ネルビスの唇に人差し指をあてて言葉を遮った。


 口をへの字に曲げて、露骨に不機嫌であることを示している。


「……すまない」


「そんなに気にして、ネルビスさんにとってザックスは何ですの?」


「いや、まぁ……」


 仕事だ、とは言えなかった。


「……好敵手、と言ったところだな。奴の実力は、それなりに認めている」


「意外ですわ。ネルビスさん、訓練場であっさりとザックスを倒していたのに。ワイバーン狩りで、ザックスを見直したのかしら?」


「そんなところだ」


 なんとかごまかせたか、と内心でネルビスは安堵した。


「ところで、ネルビスさん。ひとつ良いかしら?」


「なんだ?」


 マーブルが、じとっとした目でネルビスを睨みつける。


「わたくしはあまり気にしておりませんけれど、せめて年上には敬語を使うべきですわよ。わたくしだって、取引相手には『さん』くらいつけておりますわ。ネルビスさん」


「う、む……善処しよう」


 マーブルはため息をついて、店主にカクテルを注文した。


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