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第043話 自覚

「ぅあっ!」


 森の中を駆けるザックスは、足下を走る根に躓き転んだ。腕に引っ掛けていたガン・ソードをホルスターごと放り投げ、ザックスは雑草の生い茂る地面に倒れ伏す。傍に咲いていたアリナブの白い花弁が、ザックスの顔を覗き込んでいた。


「くそっ……」


 ザックスは手に草を握り締め、やり切れない思いで呟きをこぼす。


『今、なんて……?』

『お前は俺の子供じゃねぇ。第一、俺は子供をつくれる身体じゃねぇんだ』

『じゃあ、俺は……?』

『お前は、俺が拾った……いや、正確には預かった、だな』

『何で……』

『頼まれたんだよ。お前を育ててくれってな。俺の願いを叶えてくれる代わりに。これは、契約なんだ』

『契約……?』


 気が付いたら、ザックスは家を飛び出していた。ビゴットがザックスの背中に向けて何か言っていたが、ザックスの耳には何も聞こえなかった。


 勢いに任せて森を駆けていたため、ザックスは自分がどこに向かって走っているのかさえ分かっていない。


 ふらふらと立ち上がり、放り投げてしまったガン・ソードを拾い上げて気がつく。三年前、ビゴットから手渡されたガン・ソード。それを、無意識に持ってきていた。


『お前も、そろそろコイツを振り回せる頃だろう。しばらく、それを貸してやる。しっかり手に馴染ませておけ』


 ザックスは、すっかり自分の手に馴染んだガン・ソードを見つめる。ビゴットが貸していたガン・ソードも、いまや正式にザックスの手に渡った。


 これまで、ずっと振り回してきたガン・ソードを眺めていて、ザックスはふと疑問に思う。


「そういえば、これ……どこで手に入れたんだ?」


 冷静に考えてみれば、ネルビスと戦った時――人間の骨も簡単に断ち切ると言い切ったネルビスの鋼鉄剣『シグムンド』すら、この武器は難なく弾き返した。


 ワイバーンと戦った時も、竜の強力な顎と牙に耐え、その攻撃を食い止めた。圧倒的な強度を誇るこの銃器は、竜を貫く程の熱量を放ちつつも、銃口が焼けることすらない。


 こんな得体の知れない金属を加工し、また、これ程の高火力を誇る魔力武器を、現代の人間は作る事が出来るのか……ザックスは、今更ながらに疑問を抱き始めた。


「親父……契約って言ってたな……」


 いったい、何者と契約したのか。

 いったい、親父は何者なのか。

 そして、本当の親はいったい誰なのか……。


 ザックスは考えても答えの出ない事を堂々巡りに考え出し、無目的に足だけを動かして森をさまよった。


 そうして不意に目に飛び込んで来たのは、湖面に浮かぶ朧気な月。上を見上げると、木々の葉が途切れて開けた空から、淡い月の光が湖を照らしていた。


「ここは……ティールグ湖か」


 暗い森の中を、湖に反射した月光が周囲を仄かに照らしている。淡く揺らめく光を映す木々の幻想的な景色を見渡しながら、ザックスは湖畔に立ち尽くした。


 ところが。ザックスは惚けていた顔を引きしめ、目を見開き素早くしゃがむ。


 湖畔に沿って視線を走らせると、湖を挟んで斜向かいに佇む不穏な影があった。既に、ザックスの姿に気が付いているのか、顔を向けている。


 ザックスはガン・ソードを持ったままホルスターを外し、そっと側の茂みへ放った。向こう側の生物へ目を凝らし、出方をうかがう。


 こちらへ顔を向けているのは、竜だった。毛むくじゃらの鬣から突き出た顎。目は見あたらない。鬣から左右に突き出る大きく尖った耳があり、四足で立っている。巨大な獅子のようにも見えた。


「あいつは……俊足竜『レオレッグス』!」


 ザックスが呟き警戒していると、レオレッグスは首を緩やかに動し、鬣をザワザワとわななかせる。


『そういや、ザックス。ワイバーンは食用として狩られることが多い竜種だが、もうひとつ、レオレッグスの肉もそれなりに市場に出てるのを知ってるだろう。ワイバーンの肉はうめぇが、レオレッグスは筋ばっててイマイチだけどな』


 この後に及んで、ビゴットとの会話が脳裏に過ぎった。ザックスは、今はあまり考えたくない男の言葉に表情を曇らせる。


『それはそうと、こいつも狩る機会があるだろう。一応、特徴を教えておいてやる。奴は目が無い分、音や感覚に敏感だ。周囲の明るさなんざ奴にとってはどうでもいいから、わざわざこっちが不利になる視界の悪い時間帯での狩りは止めておけ』


 間の悪いこったな、とザックスは思った。薄暗い視界の中で、レオレッグスはゆらりと湖畔に沿って動きだす。


『レオレッグスは、他とはちょいと毛色の違う竜でな。動きはトロそうに見えるが、それは奴の放つ魔力と独特な歩法によって生み出される錯覚だ。気付いた時には奴の射程内まで接近を許している。実際は、足の速い竜だから気をつけるんだぜ』


 気が付くと、レオレッグスは既に湖のほとりから離れ、直線で走れる位置にまで移動していた。


 ザックスは「チッ」と舌打ちして立ち上がる。緩慢な脚さばきに、距離感と時間を狂わされていた。ザックスの動きを合図に、レオレッグスは力強く地を蹴り、突進する。


 魔力莢の充填が間に合わない。


 ザックスはガン・ソードを正眼に構え、振り上げた。迫り来るレオレッグスの頭部に向けて正面から振り下ろす。


 が、しかし。ガン・ソードはレオレッグスの鼻頭をすり抜け、地を打った。


「なにぃ!?」


 残像。レオレッグスはザックスの眼前で横に跳躍していた。ザックスが右へ首を向ける。レオレッグスは前足で地を掻き削りながら減速し、しなやかに体を捻って樹々を足蹴にした。後脚で樹を蹴飛ばし、ザックスへと前足が伸びる。


 想像以上の身軽さに度肝を抜かしたザックスだが、咄嗟に前方へ跳躍する。レオレッグスの前足は空を踏み潰した。


 ザックスは二度倒立回転してレオレッグスから距離をとると、素早く振り返り構え直した。


「くそ……親父の声なんて、今は聞きたくねぇのに……勝手に、助言してきてんじゃねぇよ……」


 肩で息をし、呼吸を荒らげるザックスに対し、レオレッグスは鬣をわななかせて毅然とした態度で屹立していた。


「それに、親父は……俺の……親父じゃねぇ……」


 頭を駆け巡るのは、ビゴットの助言。竜を狩れるようになるため、厳しい訓練や実地での助手をして幾年も竜狩りの現場を見てきた事を思い出す。


 あれも、所詮は契約の一環だったのか。


 自分を『竜追い人』に育て上げることが、条件だったのか。


 ビゴットは”話を聞いてもらうため”と言った……。そこに、親としての愛情は無かったのだろうか。


 ザックス自身は、父親としてビゴットの存在を誇らしく思い、尊敬の念を抱いていたというのに。


「俺は……」


『俺の登録の有無なんざ、お前の活動にゃ関係ないだろう。俺が登録してなきゃ、お前も登録しねぇのか?』


 そうだ。関係ない。親父がどうであれ。親父が何を言おうと、俺の選択には関係ない。


 ザックスは歯を食いしばった。


『お前も、駆け出しとは言え、取り敢えずは一端の竜追い人になったんだ』


 そうだ。俺だってもう、ひとりの竜追い人なんだ。


 ザックスはガン・ソードを強く握りしめた。


「俺は……」


 レオレッグスが緩慢な動作でゆらゆらと動き出す。ザックスは刮目し、ガン・ソードを八相に構えた。


「俺は、俺だ! 俺は、竜を追い、竜を狩る者『竜追い人』がひとり! そして、『竜殺し』ビゴットの弟子ザックス様だぜ!」


 レオレッグスのゆるりとした動きがピタリと止まる。ザックスの間合いを感じ取り、警戒しているのが見て取れた。


 自分が誰から生まれたか、親父が何者なのか、何故『竜追い人』として育てられたのか。そんなものは今更関係の無いこと。俺は俺であり、自分の意思で親父の背中を追い、そして武器を継いだ。今の自分が全てであり、それ以上でもそれ以下でもない!


 ザックスは吹っ切れ、闘志を滾らせた瞳でレオレッグスを射抜く。


「そっちが来ねぇなら、こっちから行くぜ!」


 ザックスが地面を蹴り、レオレッグスの顔面目掛けて飛びかかった。


「ゴアアアアッ!」


 レオレッグスの咆哮が森を貫く。しかし、ザックスは怯むことなくそのまま突っ込み、ガン・ソードを袈裟斬りに振るった。


 ガン・ソードがレオレッグスの顔面をすり抜ける。またしても残像。レオレッグスは飛び退いており、後脚に膂力を蓄えていた。


 ガン・ソードの大振りで隙を見せたザックスに、レオレッグスがすかさず飛びかかる。


 ザックスは身を屈めて地面に落ち、転げるようにしてレオレッグスの前足を躱した。ザックスのすぐ上を金色の胴体が通り過ぎていった。


 ザックスはそのまま地面を転がると、起き上がる動作に重ねて、腰のポーチから魔力莢をひとつ掴み抜き取る。


 振り返るレオレッグスを睨みつけながら立ち上がり、ガン・ソードへ魔力莢を装填した。


「ここからが本番だぜ。覚悟しろよ、レオレッグス!」

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