第042話 自宅にて
日も傾き、辺りも暗くなり始めた頃。
森の大樹に支えられた四階建ての家に仄かな明かりが灯った。二階のリビングでは、ビゴットがテーブルに竜肉ステーキを並べ、ザックスの対面にある椅子を引き「よっこいせ」と腰掛ける。
二人は天井に吊るしたランプの下で肉を食していたが、ビゴットはザックスの手がいつもより遅いことに気がついた。
「どうした? 腹でも痛ぇのか?」
「いや……」
ザックスは言い淀んで、少し逡巡した後、ナイフを置いて話し始めた。
「今日、ネルビスに招待された会食に行ってきたんだ。そこに、ドラゴンビジネス協会の会長が居てさ。そいつから、公式に『竜追い人』として登録しないかって言われたんだ」
「ほぉ、そいつは良かったじゃねえか。で、どうすんだ?」
ビゴットは肉を裂きながら、ザックスに続きを促す。
「いや、まだどうしようかって考えてたところでよ……」
「折角のお偉い方からの推薦があるんだろう? なら、早いうちに登録しておけ。色々と便利だと思うぜ」
「それなんだけどさ……親父は、登録して無いって聞いたんだけど、本当なのか?」
ビゴットは肉を頬張りながら、片眉を下げてザックスを見た。
「ああ。俺ぁ登録してねぇよ。フリーで『竜追い人』をやってる。それがどうした?」
「いや、何となくさ……気になるじゃねえか。登録したら色々と便利なんだろ? だのに、なんで登録してねぇんだ?」
「俺の登録の有無なんざ、お前の活動にゃ関係ないだろう。俺が登録してなきゃ、お前も登録しねぇのか?」
「いやそういう訳じゃねぇけどよ……」
「ま、別に隠すことでもねぇけどな。俺にとっては、協会に登録するメリットが無いってだけだ。俺のことは気にすんな」
ビゴットは言うと、竜肉をひと切れ口に放り込んだ。
「メリットがねぇって……どういう事だ?」
「俺はな、普段自分が生きていく分の食料調達のためにしか竜を狩らねぇ。依頼を受けるとしても、わざわざ噂を聞いて訪ねて来た奴の話しか聞かねぇ事にしてんだ。あそこに登録すると、そりゃあ仕事の斡旋なんかも受けられるが、そういうしがらみは俺にとって、かえって邪魔なんだわ」
「でも、トラブルなんかもあるんだろ?」
「まぁな。ターゲットが被って、獲物の取り合いになったことも、何度かある。とはいえ、ターゲット重複回避の原則は協会が勝手に決めたルールだろ。所属してねぇ俺が従う義理もねぇし、ターゲットが被ってたからこそ助けられた命も多い。竜狩りはそれなりに危険が孕むし、実績欲しさに無謀な狩りへ出てのこのこ食われに行く奴も後を絶たねぇから、言うほど悪い事ばかりでもねぇんだぜ」
ビゴットの言うことは、一理あった。しかし、それは結果論でしかない。加えて、ザックスにはもうひとつの懸念があった。
「今日の帰りに、何かトゲトゲした頭のオッサン達に絡まれてよ。三人組の男たちだ。そいつらが、親父に獲物と素材を奪われたって話してたんだよ。親父がそんな事するなんて思わねぇんだけど……実際、どうなんだ?」
ビゴットはナイフを動かしながら、明後日の方向を見て記憶を辿る。
「あー、大分昔の話のことかもしれねぇが、もしかしてあれか」
「え、何だよ。心当たりがあんのか?」
「まぁ、な。と言っても、あの事を言ってんなら、言い掛かりみてぇなもんだけどな。18年くらい前のことだから、お前が産まれる前の話になる。ちょっと長くなるが、大丈夫か?」
ザックスは、こくりと頷いた。
「これは、当時は俺と依頼主以外に知ってる奴が殆どいなかったから無理もねぇ事でもあるんだが。事の発端は、俺が依頼で重竜『ウルサス』を狩りに行った時に、先に遭遇しちまっていた若い三人組と俺とで、ターゲットが被っちまったことだ。あ、重竜ってのは、まあ一言で言やぁ、でっけぇ熊みてぇな竜なんだがな」
ビゴットは、ナイフをことりと置いて、とつとつと語り始める。
「で、重竜には、並の刃物じゃビクともしねぇ強靱な肉体と、小さな傷程度なら数時間で治っちまう驚異的な回復力、そして致命傷を受けるまで決して倒れねぇタフさもある。ランクで言えばCランクになるんだが、まあ、駆け出しの竜追い人がこいつを狩るには、ちょっと荷が重い相手だ。遭遇した三人組はまだ若く、恐らく駆け出しだったろうと俺は思った」
ザックスは固唾を飲んで話に聞き入っていた。ビゴットは困ったように頭を撫で、話を続ける。
「ただまあ、あいつら、どこで知ったんだか……重竜を倒す、当時のセオリーってのがあってな。”爆槍”っていう対竜武器をそいつらは持ってたんだ。重竜の腹辺りには奴にとって重要な臓器があるわけなんだが、それをこの爆槍でぶち抜く。致命傷になる訳じゃねぇが、この臓器は奴の回復力の源になっていて、潰しておくと数日で弱り、狩りやすくなるんだ。ところがだ」
ビゴットは頭から手を離し、そのままテーブルに置いた。
「この臓器こそが、俺の必要な素材だった訳だ。そいつは”重竜胆”という、あらゆる金属を溶かす酸が入ってる袋状の臓器でな、ちと精製にひと手間要るが、その性質が金属の加工に使えるってもんだ。当時、この素材を知ってる人間は極めて少なかった。だから、貴重な素材でもある”重竜胆”を潰す倒し方がセオリーでもあった訳だ」
ザックスは「ほぉん」と呟き、背もたれに寄りかかった。
「案の定、遭遇した若い連中らは爆槍を次々とぶっ放しやがった。当然、狙いは重竜の腹部だ。重竜は飛来物が来ると、真っ先に胸を庇う習性がある。そこがそいつの弱点だから当然なんだが、それで腹はガラ空きだ。仕方ねぇんで、俺はそいつらのぶっ放した爆槍をことごとく叩き落としてやったんだよ。そして、教えてやったんだ。”重竜胆”というレア素材の事をな」
そう言えばアイツらそんな武器を持ってたな、とザックスは話を聞きながらぼんやりと剣山頭達を思い出す。
「その若い連中らは、人の話を聞いてんだか聞いてねぇんだか……唖然としたまま固まってるもんだからよ。仕方ねぇ、重竜が反撃して来る前に、奴が腕を開いた瞬間、ガン・ソードの一撃を胸にお見舞いしてやったんだ。それで、重竜を殺った俺は”重竜胆”をサッサと回収し、奴らに見せてやってから、その場を後にしたんだ。これが顛末だ」
「なるほど……つまり、親父が教えたレア素材を、さも自分達が取りに行って、それを盗られたかのように、あいつらは宣ってたってのか?」
ビゴットの話を聞き、ザックスは剣山頭達の言葉を思い出しながら尋ねた。
「ま、そういう事だろう。俺の話した三人組が、お前に絡んだ奴らだったらな。今になって”重竜胆”の存在が知られるようになったのも、そいつらが流布したんだろうさ。もっとも、扱い方が難しい素材だから、現在でもそれを充分に使いこなせる技術屋はそんなに居ないと思うぜ。まして、そいつら自身がその価値を理解してるかは分からねぇけどな」
「てか、それ18年も前の話なんだろ? あいつら、大したこと無かった割には、だいぶ年季入ってたんだな」
「そういう奴はどこにだっている。ビジネスとしては追い風の竜追い人稼業だとしても、利益は上がらねぇ、腕も上がらねぇ、うだつが上がらねぇ。上がるのは自分の歳だけと来たもんだ」
「それで、新人狩りなんてやってんのか。本当にしょうもねぇ奴らだな」
ザックスが呆れたようにため息を吐いた。
「なんだ、あのガキども。今は新人狩りなんてやってんのか?」
「みたいだぜ。ガン・ソードを持ち歩いてたから、奴らすぐに俺が後継者だって気づきやがってよ」
「まったく、しょうもねぇ奴らだな……」
言うと、ビゴットはナイフを持ち直して、肉を切り始めた。
ザックスも食事に手をつけ、二人は雑談もそこそこに肉を食べ進めていった。
「なぁ、ザックス」
しばらく、食事に集中していた二人だが、先に食べ終えたビゴットが、ふいにザックスの名前を呼んだ。
「んだよ、親父」
ザックスは肉を食べながら、素っ気なく返す。
「お前も、駆け出しとは言え、取り敢えずは一端の竜追い人になったんだ。そこでな、一応、言っておこうと思ってたことがあるんだが……」
「なんだよ、改まって……?」
ビゴットがテーブルに手をやり、背もたれに身体を預けて一息吐いた。
「実はな……お前は、俺の子供じゃねぇ」
「は?」
唐突な宣言に、ザックスはナイフを落とした。




