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第041話 帰り道

「で、何か収穫はございましたの?」


「んー、まあ、ぼちぼちな」


 路地裏に入りしばらくして出てきたザックスは、何事も無かったようにマーブルと肩を並べて歩いていた。


 腕を頭の後ろで組み、空をぼんやり眺めながら歩くザックスの横で、マーブルは少し遠慮気味に顔を覗いている。


 呆けたままぼんやりと空を見上げて歩くザックスは、マーブルに視線を向けることもなく道行く人とすれ違っていった。


「ねぇ、ザックス。さっきから浮かない顔ですけれど、いったいどうしたんですの?」


 マーブルが怪訝な面持ちで声をかける。


「あー、悪いな。考え事してた」


「考え事? 彼らから、ビゴットさんについて聞き出せたのではございませんの?」


「まあ、そうなんだけどよ……」


 ザックスは浮かない顔のまま、曖昧に返した。


「ビゴットさんの事でしたら、私もたくさん噂を聞いておりましてよ。たとえば、硬い皮膚と圧倒的な重量で巨岩をも押しつぶして破壊してしまうという重竜『ウルサス』を一撃で倒したことですとか、並み居る竜の中でも特に巨大で鉄壁の防御壁を持つ翡翠竜『ジェイド』を一人で立て続けに何頭も討伐して来たことですとか、気性が荒く凶暴で近くに存在が確認されれば避難令が敷かれるほどで竜追い人達でも手に負えないと言われる火竜『アラネーア』を単独で狩ったことですとか……語り尽くせないほど、素晴らしい功績をお持ちの方なのですわ!」


「いや、本当かそれ……噂に尾ひれつき過ぎじゃねぇか?」


「まあ、確かに私は現場に出たこともないですから、噂でしか聞いたことないのですけれど」


 そうは言うものの、マーブルは自身が話した噂話を信じ切っており、両手を合わせ、目を輝かせながらザックスに語っていた。


 ザックスはある意味で彼女に凄みを感じ、半ばたじろいでしまっている。


「それと、もう一つ! 四条竜と呼ばれる竜達がこの世界のどこかに居るそうなのですけれど、ビゴットさんは、そのうちの一体に会いに行ったことがあるそうなのですわ!」


「四条竜? なんだ、そいつら。偉いのか?」


「偉いと言いますか、人類の発展に貢献していると言われている四体の益竜ですわ。四条竜のうち一体は、神が産み落としたと云われる三竜でもある聖竜『セフィルス』でして、ビゴットさんは、この竜と接触したことがあるそうなんですの!」


「ん、そいつ、さっき聞いたな? 協会で話を聞いてた時に出てきた名前だ。そいつの住処は、分かってるみたいだぜ?」


「居場所が分かっていても、よっぽどの用が無ければ恐れ多くて会いに行けるものではありませんわ」


「ほぉーん。で、親父は何しにその聖竜ってやつのところへ行ったんだ?」


 ザックスが、好奇の目でマーブルの青い瞳を見つめる。


「……さぁ?」


 マーブルは逡巡すると、顎に人差し指を添えて瞳を逸らした。


 ザックスはガクッと頭を落として体勢を崩す。


「さぁってな、お前。よっぽどの用があるんじゃねぇのかよ?」


「そこまでは知りませんわ。噂ですもの」


「なんだよ、肝心なことは分かんねぇんだな」


「それなら、直接ビゴットさんに聞いてみたらいかがかしら?」


「仕方ねぇ、そうすっかな」


 ザックスは頭の後ろで手を組むと、視線を空に戻した。


「ねぇ、ザックス」

「おん?」


 マーブルがザックスの顔を覗き込み、視線を合わせた。


「ザックスは、ビゴットさんが何をしに聖竜のところへ行ったと考えますの?」


「んー、そうだな……」


 ザックスは眉間にしわを寄せると、その前にと、マーブルへ質問を向けた。


「ところで、聖竜ってどんな竜なんだ?」


「聖竜は、この世で最も長命な竜と言われておりますわ。なんでも、世界の誕生からずっと生きていると、自身でおっしゃっていたそうで」


「おっしゃっていたって、え、話せるのか?」


 ザックスが、驚きに目を丸めた。


「ええ。初めて聖竜の居所が発見されたときに出会った方が、そう言っていたそうですわ。温厚な竜で対話もできるということから、その後はたびたび偉い方がご意見を伺いに聖竜の元へ赴くことがあるそうですの」


「へぇ、なるほどな……。人類にとってのご意見番ってところか……」


 ザックスは腕を組んで頷く。


「それなら、親父も何か聞きたいことがあって訪ねたんじゃねぇかな」


「何かって?」


 マーブルが好奇の目をザックスに向けた。


「……さぁ?」


「だと思いましたわ……」


 ザックスの返答に、マーブルは目を伏せてひとつため息をつく。


「いや、親父が何かに困ってたりとか悩んでたりとか……そんなところ見た事ねぇし。それに、竜ってみんな狩るもんだと思っていたけど、全部がそうって訳でもねぇんだな」


「たしかに、概ね竜は狩猟の対象ですわ。現在は特に仕事として携わる方も多くなってきておりますし、これからもっと盛んになることでしょう。でも、聖竜のように昔から共存してきた竜種も確かに存在していますわ。だからこそ、人類は生き延びて来られたとも考えられておりますの」


「なるほどな。害竜もいれば、益竜もいるってことか……」


「そういうことですわ。なんでもかんでも狩れば良いってものでもなくってよ」


「そう考えると、あの杖って結構便利なんだな。益竜の居所や移動ルートが分かっていれば、会いたいときに会いに行けるし、必要ないときは避けることも出来るのか」


 ザックスは納得し、腕を組んで頷いた。


「その通りですわ。それこそ、公式に竜追い人として登録しておくことの最大のメリットなんですの。ザックスもこれから一人で竜狩りをしていくなら早く登録を済ませておけばよろしいのに」


「んー……なあ、マーブル。ひとつ疑問に思ったことがあるんだけどよ」


「なんですの?」


 ザックスは立ち止まり、マーブルに顔を向けた。


「親父は、どうやって聖竜に会いに行ったんだ? 公式の名簿に登録してねぇなら、居所も教えてもらえねぇだろ」


 マーブルもはたと足を止めると、顎に人差し指をあて首を傾げた。


「そう言われると、そうですわね。私はビゴットさんが公式に登録していると思っていたから、これまで疑問に思いませんでしたけれど……」


「やっぱり、根も葉もない噂なんじゃねぇの?」


「うーん。そう言われると、否定できませんわ……」


 マーブルは眉を顰め、残念そうにつぶやいた。


「ま、それも帰ったら聞いてみっかな」


 言うと、ザックスは再び頭の後ろに手をやり歩き出した。


 喧騒を抜け、しばらくすると工房につながる分岐点へと差し掛かった。


「それでは、ザックス。ごきげんよう。また何かありましたら、お願いしますわね」


「おう、またな」


 マーブルは分岐点で立ち止まると、にこりと微笑みながら手を振った。


 ザックスはそれに片手をあげて返すと、そのままひとり帰途へとついた。


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