第004話 一方、その頃
一方、そのころ。
ビゴットは玄関口に立つマーブルをダイニングへと案内していた。
「まぁ、何もねぇところだが、ゆっくりしていってくれや」
ビゴットは言いながら、乾燥させた葉っぱを瓶からひと匙とりわける。そして、紐の付いた小さな網へと放り込んだ。紐を引っ張り網の口を閉じると、そのままカップへ落とす。その後、あらかじめ沸騰させていた湯を注ぎこんだ。
同じようにしてビゴットは、湯気の立つカップを二つ用意した。そのうちのひとつをテーブルで寛ぐマーブルに差し出す。
「あら、甘くて良い香り。これは、どこで採れた茶葉かしら?」
テーブルに置かれたティーカップからは仄かに甘い香りが立ち昇り、マーブルの小さな鼻をくすぐった。
マーブルは頬に手をやり、うっとりとした表情を浮かべていた。
「茶葉自体は大したもんじゃねぇよ。どこにでも売ってるノリース葉だ。そいつにティールグ湖で採れたアリナヴという花の種を発酵させて混ぜるとこんな感じになる。いい香りだろ?」
言って、ビゴットは自慢げにカップを持ち上げた。
そして、ビゴットは再び調理棚へ戻る。棚を物色し、黄檗色の豆が詰まった瓶を取り出した。
茶のつまみを用意するビゴットの背中に向かってマーブルは、疑問を口にする。
「ティールグ湖って、南にずっといったところの湖ですわよね? あそこには、何度も行ってるけれど、こんな香りのする花なんて咲いてたかしら?」
マーブルの素朴な疑問を聞きながら、ビゴットは器と一緒に豆の詰まった瓶をテーブルに置いた。
「花自体は無臭だ。この香りは種を発酵させて初めて出るもんらしいからな。花はおめぇの専門外だろ? 知らねぇのも、無理ねぇよ」
「あら、竜狩りの専門家にそんなことを言われるなんて、思ってもみませんでしたわ。いつから、ハーブ屋さんになったのかしら」
専門外とはいえ知識マウントを取られたと感じたマーブル。カップをおもむろに置き、意地悪そうに言葉を返した。
「しょうもねぇ雑学だよ。この種を売ってる商人から聞いただけのウンチクだ。おめぇの負けず嫌いは相変わらずだな」
ビゴットは用意した黄檗色の豆を器に開けると、ひとつ摘まみ親指で弾く。豆は中空で弧を描き、ビゴットの口へ吸い込まれるように落ちた。コリコリと軽快な音が部屋に響く。
「それは、何?」
「こいつはペナウト豆ってんだ。うめぇぞ」
マーブルは器に盛られたペナウト豆をひとつ摘まむ。臭いはない。しげしげと眺めると、ややあって口に放り込んだ。コリコリと軽快な音が再び部屋に響く。
「ふーん、思ったより甘いですのね。それに、コクがあるわ。おいしい」
「だろ? 気に入ってくれたようで、なによりだ」
「ところで。私、新しいおやつの自慢話を聞くために来たんじゃないんですけれど」
「分かってるよ。依頼の話だろ?」
ビゴットは神妙な面持ちになって、マーブルの言葉を促す。
「ええ。ワイバーンの翼皮八枚と、尻尾を四つ。大丈夫かしら?」
「いや、正直あの様子だと不安だな……戦い方は叩き込んどいたんだが、そもそも巣までたどり着けるかどうか」
「そうよねぇ……」
マーブルは人差し指を顎に添え、悩ましそうに眉根を顰めた。
「いちおう他にもツテはあるから、そちらの方にあたってみようかしら」
「まあ、そう言わずに待ってやってくれ。今日の成果を見てからでも、遅くはないだろ?」
「ええ。急ぎというほどでは無いですけれど。でも正直、不安ですわ」
「すまねぇな……」
ビゴットは暗い面持ちで、情けない愛弟子の代わりに謝罪した。