第038話 密談
ザックスを玄関に送り届けたネルビスは、仏頂面を引っ提げてダンクルーザーの元へ戻ってきた。
ダンクルーザーは『星杖の間』にある作業机で書類に目を通していた。
天井に映し出された星の煌めきとは別に、机上に置かれたランタンの灯がダンクルーザーの端正な顔を照らしている。
「待ってたよ。まあ、立ち話もなんだ。そこにかけたまえ」
「かたじけない」
ネルビスはダンクルーザーの指す椅子へ近寄ると、ギイと軋みを上げさせながら腰かけた。
「さて。まずは報告書をありがとう。なかなか面白い情報が得られて、僕は大変満足だよ」
「それは良かった」
「で、彼――ザックス君のことだけど。いいね。なかなかに興味深い人材だ。初狩りでBランクの竜を狩れる新人なんて、そう居ないよ」
「だろうな。にわかには信じられんが、ここにその証拠があるのだから仕方が無い」
ネルビスは言うと、有事に備えて携行してきた『バリアルド』をひっくり返す。
そこには、先日仕入れたばかりの琥珀色の角が装着されていた。
「ほぅ。新品は久しぶりに見たよ。あのビゴット君の弟子っていうのも、嘘じゃあなさそうだ」
「ふん。不愉快な話だが、そのようだ。これを採って来れたのは、今までに奴を除いて他に居なかったらしいからな。……流石にこれは売らんぞ?」
「心配しなくても結構。防護装置はそう滅多に動かすものじゃないからね。まだこちらの動力は現役だよ」
言って、ダンクルーザーは背後の壁に取り付けられた長方形の箱を指さす。
中に入っているのは、十七年ほど前に取り換えられた琥珀色の角。現在でもその輝きは失われることなく、装置の中に収められていた。
「僕がここに就任する前から、この角はここに入ってたくらいだ。相当な魔力量だよ。これを枯らして翡翠竜を狩る君たちの技量も、相当なものだと思うんだけどね」
「物量に物をいわせるだけだ。奴は持久戦に弱い」
「いやいや、当時は画期的な方法だと皆思ったものだよ。黒色ダークマターをまき散らして、遠方から攻撃を仕掛ける。包囲しつつも退路を残してダークマターを仕掛けた道へ誘導していくんだ。大規模な仕掛け故にコストはかかるが、見事な発想だよ。おまけに、魔力の溜まった白色ダークマターも手に入る」
「今更、俺の話はいい。魔力の枯れた翡翠竜の角なんかよりも、琥珀色の角の方が良いに決まっているだろう。つまらん世辞はよせ」
ネルビスは腕を組み、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「やれやれ……」
それを見てダンクルーザーは、困ったように笑みを浮かべて書類を机に放り投げた。
「ザックス君の話に戻るけど。彼と戦ってみて、どうだった?」
「それも報告書に書いただろう」
「君の口から聞きたいんだよ」
ダンクルーザーは手を組んで顔の前に置く。肘を机に乗せて、身体を預けた。茶色の双眸がネルビスに向く。
「ふん。並みの竜と渡り合える程度の馬鹿力と、並みの人間とは思えないほどの反応力を備えた優秀な人材だ。素の実力は、俺なんかよりよっぽど強い」
「我が国のエースにそれだけ言わせるんだ。実に興味深いじゃあないか!」
ダンクルーザーが興奮気味に、手を広げて感嘆の声をあげた。
「だが、致命的な欠点がある。あいつは、文字通り“馬鹿”だ。そうそう上手く手綱を握れると思わんほうがいいぞ」
「馬鹿もハサミも使いようだよ」
「ふん……。とりあえず、あんなのでもお気に召したようで何よりだ」
ネルビスは興味無さそうな素振で鼻を鳴らし、もたれかかって天井を見上げる。
ふと、薄い白色光がゆっくりと移動しながら点滅しているのが見えた。
「そうそう。今日、ザックス君と会って気が付いたことがあるんだ。一応、ネルビス君に聞いてもらいたくてね」
「なんだ、いったい……」
「君が見ている、その光。もしかしたら、ザックス君なんじゃないかと思うんだ」
「何だと?」
ネルビスが驚きに身を起こすと、ダンクルーザーへ顔を向ける。
ダンクルーザーは貼り付けていた笑みを剥がしており、真剣な面持ちでネルビスを見ていた。
「『何をばかな……』そう思ってるね。僕も正直、目を疑ったよ。ネルビス君はあの天井の読み方までは分からないだろうから、気づかないだろうけれど。ザックス君がここに居た時、あの薄い白色光はここ『ドラゴンビジネス協会本部』に居たんだ」
「……まさか、頭上に竜が来ていたのか?」
「そんなことがあって、僕も君も、ましてや彼も気が付かないと思うかい?」
「…………」
そんなことがあるはずない。ネルビスは、とても信じられないという面持ちで、額に手をあてた。
「ネルビス君の思うところは、よく分かる。彼は、どう見ても人間だ。竜にしか反応しない『ドラゴン・アイ』が彼の居場所を天井に映すはずが無い。それが常識。当たり前のことだ。でも、もし人間の姿をした竜が居たのなら……そうは考えられないだろうか?」
「突拍子もない話だ。とてもじゃあないが、信じられん」
「僕にはね、『ドラゴン・アイ』の示していることが間違っているとは思えないんだ。もちろん、たまたま彼がここに居たタイミングで同じ座標に竜が重なっていた、ということも無いわけじゃない。僕らがたまたま気付かなかっただけで。でも、僕にはそっちの方が信じられないんだ」
「随分と、自分の感覚に自信があるんだな……」
「君も、竜追い人なんてやってるんだ。そうじゃなきゃ生き残れないだろう?」
「それは……」
違いない。ネルビスがそうは思っていても、言葉に詰まってしまった。
「とはいえ、やっぱり推測の域を出ない話だ。言ってる僕自身、未だに半信半疑だもの」
ダンクルーザーは椅子の背もたれに体重を預けると、天井へ向けてため息を吐いた。
「竜並みの怪力に、人間離れした反応力かぁ。まさに、竜だったりしてね。竜のような人間……『竜人』なんて、本当に居るのかねぇ……」
ダンクルーザーがぼんやり眺める薄い白色の星は、ぽっかりと開いた空間で点滅している。その事実は、今もなお、何らかの竜がドラガリア内にとどまっていることを意味していた。




