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第036話 公式と非公式

「しっかし、ネルビス。あの爆発でお前、よく無事だったな」


「造作もない。魔力障壁は重ね掛けが可能だからな。魔力障壁の内側に魔力障壁を展開することは、理屈的にも可能だ。ただ、魔力を余計に使う上、そもそもが絶対的な防御力を誇る魔力障壁だ。重ね掛けする機会など普通は無いが、まあ、ああいう使い方も出来る」


 ザックスの疑問に、ネルビスは淡々と答える。


「へぇ、すげぇな。無敵の盾じゃねぇか、それ」


「そうでもない。魔力障壁を展開すると、こちらから攻撃することも出来なくなる。そのうえ、あまり近距離で展開するとこちらの行動範囲も著しく制限される。竜に使われると厄介に感じるが、いざ使ってみると中々に扱いの難しい代物だよ」


 さらりと言ってのけるネルビス。その扱いの難しい代物を事もなげに操るネルビスの手腕は、相当なものと推察された。


「ネルビスさんは、こう見えてドラガリアを代表する竜追い人なのですわ。御父上から事業を受け継いでワイバーン狩りを専門にされているのは、前にお話したかしら」


「へぇ。お前、そんなスゲェ奴だったのか」


「そういう割には、ずいぶんな軽口を叩くのだな。本来なら、お前みたいな奴とは住む世界が違うのだが」


「まあ、そう言うなよ。一緒に竜を狩った仲だろ?」


「お前の尻拭いをしてやっただけだ。勘違いするな」


「あ? てめぇを助けてやったのはこの俺だぜ? 踏みつけられて動けなかったくせに」


「竜に食われかけたのはどこのどいつだ。俺の加勢が無ければ、今頃お前は後ろの奴の口の中だったろう」


 そう言って、ネルビスは後ろで顔と骨だけになったワイバーンのかぶりを指さした。


「ああ言えばこう言うな、ケンカ売ってんのか?」


「事実だろう?」


「てめぇ、やんのかこの野郎!」


「食事の場でくらい、静かにできんのかお前は」


 二人が立ち上がると、


「旦那、落ち着いてください。せっかくの会食の場なんですから……」


「ほんと、あなた達ってば何も学ばないのですわね……!」


 楽しい会食が急に騒然とし出し、グラッツは慌ててネルビスを宥め始め、マーブルは呆れながらザックスを止めようと立ち上がった。



   ◇   ◇   ◇




「盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど、ザックス君。実は、今日は折り入って君にお話しがあってね」


 皆が食事に舌鼓を打ち、会場の雰囲気も和んだところで。ダンクルーザーがとつとつと話を始めた。


「君たちが当たり前のように耳にする『竜追い人(ドラゴン・チェイサー)』っていうのは、僕たちドラゴンビジネス協会が適正な審査の上で与えた資格のようなものだ。それは、周知のことだから君も知ってることだと思う」


「そうなのか、マーブル?」


「え、知らなかったんですの……?」


 まさかの事態に、マーブルとダンクルーザーが困惑の表情を浮かべた。


「おやおや、そこからか……まあ、巷では僕たちが資格を与えた公式の竜追い人(ドラゴン・チェイサー)だけでなく、非公式で竜を狩る竜追い人(チェイサー)もいる。一般的には、どちらも『竜追い人』と呼ばれているけれど、僕たちドラゴンビジネス協会が言う場合は基本的に、公式の立場にある者を言うよ」


 ダンクルーザーは端正な顔に柔和な笑みを貼り付けたまま、言葉を続けた。


「それで、話というのはだね。君の実力を見込んで、ぜひ正式に竜追い人(ドラゴン・チェイサー)の登録を受けてほしいんだな」


 一同が静まり返る。協会長から直々に竜追い人(ドラゴン・チェイサー)の推薦を受けることなど、前代未聞の事態だった。


「本来なら実績の審査など提出書類も必要なものだけれど、今回は僕の口添えがあるから心配はいらないよ。申請書を提出するだけで、あとはこっちが勝手にやっておくから」


「えっとぉ……なあマーブル? どうしたらいいんだ?」


 突然の申し出に、ザックスはどう対応したらよいか分からずマーブルに助け舟を求めた。


「ザックス……これは、ものすっごく名誉なことですわ! 断る理由なんてありませんわよ!」


 マーブルが興奮気味に言う。ザックスは次いでネルビスに目を泳がせると、視線が合った。


「ふん、良かったじゃあないか。公式に竜追い人と認められれば、協会から受けられる恩恵も大きい。もともと、ドラゴンビジネス協会は竜追い人を支援する組織だからな」


 ネルビスは腕を組み、心なしか嬉しそうに笑みを浮かべて言葉を続けた。


「一定の支援金が得られたり、定期的な情報提供があったりと活動にあたって有益な特典は様々だが、中でも、竜の位置情報を買える権利が得られるのは大きいだろう」


「竜の位置情報を買える? そういえば、お前たまに情報を買ってきたとかいうもんな。どういう事だ?」


「それについては、僕から説明するよ」


 ザックスとネルビスの会話に、ダンクルーザーが割って入った。


「ドラゴンビジネス協会には、星杖『ドラゴン・アイ』という人類の宝があってね。四年に一度、各都市の競技によって安置場所を決めるんだけれど、今現在はここドラガリアに安置されているんだ。これを使うと、この世界に生きているあらゆる竜の位置が瞬時に分かるという優れものさ」


 ダンクルーザーは大仰に両腕を広げて、星杖『ドラゴン・アイ』の凄さを表現する。


「竜追い人にとって、いつ、どこに、どんな竜が居るのか。それはとても有益な情報だろう? この情報売買は我々の専売特許だからね。誰が何の情報を買ったかもきちんと管理しているし、皆が同じ獲物を取り合ったりするのを未然に防いだりする事もやっている。だから安心して、皆がこの制度を利用するのさ」


「あ、それでお前、あの時……」


 ザックスがダンクルーザーの説明を受けて、ネルビスの顔をちらりと見やる。


 ネルビスは相変わらず腕を組み、鼻を鳴らすと、


「そういうことだ。我々が予め協会から情報を買っていたのだから、万がいち他人が同種の竜の生息情報を買おうとしても、決して同じ竜を狩ろうとすることが無いように協会が調整してくれる。だから、俺はお前に怒ったのだ。生息情報の重複提供は協会にとって重大な契約違反であり、そのような失態を冒すほど協会は愚かではない。故に、考えられる線として、お前が何かしでかしたと。そう考えるのが筋だろう」


 ザックスは事情を理解すると、頭を掻きながら「あんときは、悪かったな……」と苦笑いで今更ながらの謝罪をした。


 それに、ネルビスはフンと鼻を鳴らして応える。


「そのことも、ネルビス君から聞いているよ。まあ、君が非公式で竜追い人に成りたてだったようだし? 知らなかったのなら、仕方がないさ。その件については、今後は気を付けてくれたまえ」


 ダンクルーザーは手をひらひらさせて、ザックスへ申し訳程度の注意した。


「なあ、ちょっといいか? 竜の位置が分かるって、あんまりイメージが湧かねぇんだけどよ……」


 事情は把握できたものの、広大なドラゴニアの大地で竜の位置が瞬時に分かる、という言葉の意味が、ザックスの理解の範疇を越えていた。ザックスは腕を組んで背もたれに体重を預けると、頭に疑問符を浮かべて難しい顔で疑問を呈した。


「まあ、そうだね……百聞は一見に如かず。このあと、協会本部に案内してあげよう」


 ダンクルーザーは相変わらず柔和な笑みを顔に貼り付けたまま答えた。


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