第032話 力ある者
「ふんっ、これだけの人間に囲まれて悠長に食事とは、呑気なものだな」
ワイバーンの背後から、聞きなれた憎まれ口が飛び出した。
「ネルビス、てめぇ……」
「まったく、油断をしているからこうなる。我々がいなければ、本当に彼奴らの餌になっていたぞ、ザックス」
白銀の刃が煌めいた。ワイバーンの背後から見慣れた銀髪が顔を覗かせる。
仏頂面で鼻を鳴らすネルビスが、堂々たる姿でワイバーンの背に立っていた。
ザックスがネルビスの姿を右眼に収めると、続けざまに二頭のワイバーンがその横で倒れ伏し、地面を揺らした。
「旦那、こっちも終わっりました」
「ご無事でやすか、ザックスさん」
倒れたワイバーンの後ろから二人の男が顔を出す。デブがネルビスへ報告して、黒髭がザックスを心配そうにのぞき込んだ。
「ザックス、立てるか?」
言いながら、ザックスを押さえつける巨体をネルビスが蹴った。ワイバーンの亡骸は力なく地面に倒れ、黒い土煙をあげた。
「ああ、何とか、な……」
ザックスは傍に落ちているガン・ソードを右手で掴み、杖のようにして立ち上がる。
「ふん、随分とボロボロじゃあないか……おい、ザックス。そのシミは、まさか奴の毒を浴びたのか?」
ネルビスはザックスの様子を見るや、その異変に気が付いた。
ふらふらと立ち上がったザックスの左目は開かず、左手首より先は力なく垂れたままだった。
「おい、誰か。奴に解毒剤をつけてやれ」
「へい」
大男が鎧の隙間に手を突っ込み、褐色の容器を取り出した。
あまり大きくない容器のふたを捻り開けると、黒色の軟膏が詰まっていた。
「なんだぁ、こりゃ」
「ワイバーンの毒を中和する薬です」
そういうと、大男はグローブを填めたまま指に軟膏を少量すくいとる。
そして、ザックスの手首とこめかみ辺りに、丁寧に延ばしていった。
ザックスは、とりあえずされるがままに大人しくしていた。が、内心で意外と繊細な奴だなと不謹慎ながら思っていた。
「どうですか?」
「どうって……どうもしねぇな」
「痛かったり痒かったりしませんか?」
「いや、別に」
「なら、大丈夫です」
ザックスには大男の質問の意図がいまひとつ読み取れなかったが、大男は安心した様子で頷くと、瓶をしまった。
「この解毒剤は、すぐに効果が出るものではない。まあ、現状では気休めみたいなものでしかないが、つけないよりはマシだろう」
ネルビスが代わって説明する。そのまま言葉を続けようとしたが、上空の気配に気付いてはっと空を見上げると、ネルビスは声をあげた。
「どうやら、呑気に話している暇はないぞ。全員、散会せよ!」
上空を羽ばたいていた傷持ちのワイバーンは翼の動きを止め、ネルビス達がたむろしている所へ垂直に降って来る。
団員たちは、急いで方々へと駆けた。
「くっ……!」
駆け出そうとして、ザックスはおぼつかない足取りでよろけた。
それを見て、ネルビスはすぐさま踵を返して駆けだす。
ワイバーンの巨大な足がすぐそこにまで迫って来ていた。
「馬鹿たれ、何をしている!」
ネルビスが跳躍すると、そのままザックスを肩に乗せあげるようにして体当たりした。
一瞬遅れて、ワイバーンの足がザックスの居た空間を押しつぶす。
ワイバーンの着地による風圧も加わり、ザックスとネルビスは吹き飛ばされるようにして、空を舞った。
黒の地面を転がる二人。ネルビスはすっくと立ちあがると盾を構え、横で倒れているザックスを見下ろした。
「動けぬのなら無理をするな。ここは我々だけで戦う。貴様はそこで見ているがいい」
「んなわけ、ねぇだろ……俺だってまだやれるぜ!」
ザックスはゆっくりと立ち上がると、口もとを指で拭う。
ぺっ、と口に溜まる血を吐き出すと、ガン・ソードを引きずるような形で構えた。
「ふん、威勢は良いが、足手まといにだけはなるなよ」
視線をワイバーンに戻し、ネルビスは傷持ちのワイバーンを見据えた。
「かつての部下を、何のためらいもなく踏みつけるか……」
傷持ちの足元には、踏みしだかれた仲間の亡骸。
親玉である竜の顔には、微塵も悲哀の念など感じられなかった。
「俺は以前、お前のボスを殺した。ボスは、お前をかばって深手を負った。お前を逃がすために」
ネルビスの顔が憤怒に染まっていく。
鋭い眼光を傷持ちのワイバーンへと向けた。
「貴様は、奴の志を受け継いでいるのか? お前のボスは、何のためにお前を助けたのだ? お前は自分の手下を何だと思っているのだ?」
ネルビスは鋼鉄剣『シグムンド』を強く握りしめる。
「貴様に、群れを従える資格などない。今、この場で仲間ともども葬り去ってやる!」
ネルビスは言うと、剣を強く握りしめ、盾を構えたままワイバーンへ突進した。
ワイバーンは自身の両翼を持ち上げると、ネルビスの突進を防ぐために大きくはためかせて風を起こす。
「ぐっ……」
強風を受け、突進力を失ったネルビスが怯む。
「加勢しますぜ、旦那!」
「俺たちも続け!」
茶髪と黒髭が、左右からワイバーンに襲い掛かった。
「ギャアアアアア」
ワイバーンが金切り声を上げながら、尻尾を振るった。
黒髭は盾で毒棘を防ぐも、傷持ちワイバーンの力は他よりも一段と強く、そのまま弾き飛ばされた。
対角線から向かってきた茶髪には、深緑色の翼が振るわれた。
「ちぃっ!」
剣を突き立て、翼に差し込む。せめてもの反撃を試みたが、翼皮を傷つけた程度では大した障害にならず、力づくで押し返される。
「ぐぁっ」
茶髪は翼に打ちつけられ、吹き飛ばされてしまった。
だが、茶髪と黒髭に対応していたことで強風が止んだ。
「よくやった、お前たち」
ネルビスは隙を見逃さない。
すかさずワイバーンとの距離を詰める。
ワイバーンがネルビスの方を向くと、足を突き出した。
「ふんっ!」
ネルビスは怖気づくことなく、鉄剣を突き出す。
「ガアアアアア!」
鉄剣がワイバーンの足を貫いた。
しかし――
「なにっ!?」
足を貫く剣にも構わず、ワイバーンは強引に足を押し出した。
肉を切らせた反撃にネルビスは、その足を身体で受けるほか無い。
たまらず、ネルビスの身体は大地へと押し付けられた。
「ネルビス!」
ザックスが叫んだ。
辛うじて、ネルビスの身体は押しつぶされていない。
盾が大地に突き刺さるようにしてつっかえとなり、身体が潰されることは無かった。突き立てられた剣のおかげで踏みつける力が弱まったこともある。が、身動きが取れるほど自由な隙間があるわけでもなく、剣を抜くことも出来なかった。
「ぐっ、動けぬ……」
さしものネルビスも、押し倒された状態では竜の足を押しのけることも叶わない。
ワイバーンが、上からネルビスを睥睨する。
まるで、二度と同じ手は食わない。そう言っているような視線だった。
「あのネルビスが、まるで歯が立たないだと……くそっ!」
ザックスは、力を振り絞り走り出した。
「うおおぉぉぉぉ!」
地を蹴って飛び上がり、身体を捻りワイバーンへ向けてガン・ソードを振りかざす。
ワイバーンは黄色の双眸でザックスを見やると、翼を振るい、難なくザックスを打ち払った。
ザックスは地を転げ、ガン・ソードを手放し突っ伏する。
「くそったれ……!」
黒い砂利を右手で握り、顔だけを上げてワイバーンを睨みつけた。
満身創痍の身体では、満足に戦うことが出来なかった。
「ザックスさん、大丈夫ですか?」
大男がザックスに駆け寄り、介抱する。
「くそっ……どうにかして、奴に近づければ……」
「あまり無理をしないでください。その傷では、満足に動くこともままならないでしょう」
「だからと言って、お前らの親分はどうすんだよ」
ザックスは歯噛みしながら、赤い瞳を大男へ向けた。
「我々が何とかします。数の上では、我々が有利です」
「数だけでどうにかなってねぇだろ……そうだ!」
ザックスは打開策を閃き、大男の腕を払い退けてよろよろと立ち上がった。
「おい、俺を奴のとこまで投げてくれねぇか?」
「何を?」
「俺が奴の眉間に、最大の一撃をぶち込んでやる。この環境でも、超至近距離ならガン・ソードの攻撃が通用するのは確認済みだ。頼むぜ」
「はぁ……」
ザックスはガン・ソードを拾い上げると、歯を剥いて大男へ不敵な笑みを向けた。
この状況でなお笑えるザックスに、大男は驚きの念を隠せなかった。
「……分かりました。やってみましょう」
大男はすぐに他の仲間を呼び、ザックスの意図を説明した。
茶髪が頷き、理解を示す。
「分かったッス。俺たちが時間を稼いでやるッスよ!」
「おう!」
茶髪、ハゲ、黒髭、デブが傷持ちへ向けて駆けだした。
四人は、ワイバーンを取り囲むべく左右に広がる。
「さて、ザックスさん。ちょっと失礼しますね」
その場に残った大男とそばかすは、ザックスを対竜ネットでふんわりと包む。
「これから、お前さんをネットごと奴のところに放り投げてやる。うまいこと、やつの頭にとり付いてくれよ」
「ああ、任せとけ」
ザックスは対竜ネットにその身を預けた。
「よし、回すぞ!」
大男とそばかすが対竜ネットの端を手繰り寄せて持ち、二人がかりでぶん回し始めた。




