第003話 森 / 前哨戦
ザックスは森の中を彷徨っていた。
「とりあえず、それっぽい方へ来てはみたけど……ここは、どこだ?」
木漏れ日がザックスの足元を明るく照らしている。剥きだした土が一筋の道しるべとなって、ザックスを誘導していた。
ザックスはゆっくりと息を吸った。
草木の清涼な香りと澄んだ空気が肺を満たす。綺麗な空気だ。
時折、風が木々の枝葉を揺らして心地良くざわめいていた。
「確か、ワイバーンは“沼地”に住んでるって言ってたな。よく分かんねぇけど、水があるところを探せばいいのか?」
直感だけを頼りにザックスは、しばらく獣道を進む。
ややあってザックスは、はたと足を止めた。
何者かの気配を察知し、辺りを見回す。
「いち……に……さん……、いや、四匹か」
耳を澄まし、追跡者の足音を探っていた。
同時に、周囲への警戒から腰のガン・ソードへ手を伸ばす。
「出て来いよ。そこに居るんだろ?」
ザックスの声に応えるように、ガサゴソと茂みが揺れた。
正面から一匹の狼が姿を現す。左右からも、パキパキと枝を踏み折る音――。気がつけば、ザックスはすでに取り囲まれていた。
狼たちは右回りにゆっくりと歩き、ザックスを威嚇する。獲物がどの方向へ動いても対処できる陣形だった。
「へっ、手慣れたもんだな。さては、この道はテメェらが作ったもんだな?」
狼たちの手際の良さにザックスは、感心していた。
そして、得物であるガン・ソードを引き抜く。ガン・ソードを正眼に構え、すぐに臨戦態勢をとった。
「かかってきな、雑魚ども。相手になってやるぜ」
言い終わるや正面の狼が吠える。それを合図に、左右で間合いをとっていた狼がザックスへと同時に迫った。
ザックスは左右で牙を剥く狼の動きを流し見る。次に、正面で鎮座する狼をにらみつけた。
すぐに飛び出せるよう足元に力を蓄えているのをザックスは見て取った。
「なるほど。そういう魂胆か」
ザックスは狼たちの意図に気がつき、ガン・ソードを前に突き出す。足に力を込め、正面の狼へと突進――――待っていたと言わんばかりに、狼も飛び出した。
ガキッと、ガン・ソードと牙が迫り合う。
ザックスは勢いを止めることなくガン・ソードを押し出す。飛びかかってきた狼を押し返した。
左右の狼は対象を失い、ザックスの背後で地を滑った。左右の狼の挟み撃ちから逃れたザックスは、勢いそのままに狼の背後にある樹を目がけて突進する。
樹に激突する寸前だった。狼はガン・ソードをひったくるように身をひるがえした。あらかじめ、そうすることが目的であったように。
迫り合った時、ザックスは違和感を覚えていた。さほど抵抗を感じさせずにあっさりと押し戻された狼の、その力の働きに不自然さを感じていた。
ザックスは、ここで確信した。
「知ってるぜ、四匹目っ! そこに居るんだろ!」
ザックスが上を向く。
頭上から鋭牙が襲いかかった。
ザックスはすかさず地面を蹴りあげ、身をひるがえす狼の動きに同調する。狼の力をそのまま利用し、頭上から降る敵影に強烈な蹴りを浴びせた。
「グァッ!」
降ってきた狼は側頭部を強打された。強かに大地へと打ち付けられ、二転三転と草地をころがる。
その後、狼はビクビクと痙攣し、泡を吹いて仰け反ったままとなった。蹴りの衝撃で脳震盪を起こし、気絶してしまったのだ。
ザックスは勢いのままに一回転して着地すると、ガン・ソードを咥えたままの狼の上へのしかかる。さらにガン・ソードを上から押杭すると、狼の頭を地面へと打ち付けた。
「ガグァウゥ……」
狼は、苦しそうにうめき声を上げた。
ぐりぐりとガン・ソードを押し付けるザックス。その背後から、仲間を救出せんと二匹の狼が駆けつける。
ザックスは迫る殺気に舌打ちし、押さえつけた狼の腹を踏みつけた。そして、そのままガン・ソードを軸に前転する。
一匹目の狼の爪が空を掻く。
ザックスは体を捻りながら着地――すぐにガン・ソードを構え、二匹目の狼の牙を受け止めた。
鍔迫り合うまま、腰のポーチから魔力莢を取り出してガン・ソードへと装填。それを両手で持ち直すと、ザックスは噛みつく狼を力一杯に振り払った。
すでに撃沈した二匹の狼を尻目に、ザックスは素早くバックステップで距離をとる。そうして、残された狼たちを横目で睨みつけた。
「さて、どうするよ、お前ら。ボスっぽいやつは伸びちまったぜ? まだやろうっていうんなら……」
ガン・ソードの大口を残った二匹の狼らに突き付けて、ザックスは言い放った。
「そろそろ、こっちも本気を出させてもらうぜ?」
銃口がギラリと煌めく。白銀色の銃口が、狼たちを睨みつけた。
二匹の狼はたじろぎ、警戒しながら更に距離を取る。と、そのまま踵を返して逃げ出してしまった。
ザックスは「ふうっ」と一息つく。
臨戦態勢を解き、ガン・ソードに装填した魔力莢を取り外した。
「やれやれ、無駄弾を使わずに済んで良かったぜ。また、クソ親父にどやされるところだった……」
ザックスの脳裏に、エプロン姿で頭に血管を浮き上がらせながら激昂する親父の顔が浮かんだ。
『ガン・ソードは、対竜用に開発した武器だ。そこらの獣を狩るために作られたもんじゃあねぇ。魔力莢ひとつとっても、簡単に手に入るもんじゃねぇんだよ、このタコ!』
ゆでだこのように顔を真っ赤にしたビゴットが想像から乗り出し、ザックスを叱りつけてきた。
「うるせぇ、どっちがタコだっつーの。金より俺の心配しろよな、まったく。命あっての物種だっての」
不満をこぼすザックス。それはそうと、ふと辺りを見回した。
「どうやら、この道はやつらの作った跡のようだな。そうすっと、ワイバーンを見つけるなら別の道を探してみるしかねぇか……」
ザックスは道を外れて草木をかき分けながら進み始める。
が、少し歩いたところで。ザックスは足を止めた。
そして、思い出したようにぼんやりと空を見上げる。
「そういえば、ワイバーンって空を飛んで移動するんだっけ……」
空から木漏れ日が降り注ぎ、温いそよ風がザックスの頬を撫でた。