第002話 出立の時
あれから十五年が経った。
ここは、森の中にある草原地帯。
その中心には立派な大樹があった。
大樹を支えに建てられた四階建ての立派な家。
二階のバルコニーからはそのまま外へ出かけられるように階段がついている。
「それじゃあ、親父。行ってくるぜ!」
「ちょっと待て、ザックス!」
意気揚々飛び出した直後だった。ザックスは後ろで束ねた白髪を掴まれた。そのままエントランスへ強引に叩きつけられる。
「ぐぇっ!」
「この、あほんだら。ガン・ソードも持たねぇで、どこに行こうってんだ」
仰向けで倒れたザックスは、引きとめた男をにらみつける。陽光で輝く禿げた頭、厳めしい面がエプロンを纏い、大型の銃器を脇に抱えて顔を覗き込んでいた。
「ってぇなこのクソ親父! 引きとめるなら、それなりのやり方ってもんがあんだろうが!」
ザックスが吠える。
「馬鹿野郎。これが、それなりのやり方って奴だ」
ビゴットは脇に抱えるガン・ソードをザックスの腹へ振り落とした。
「ぐほぉっ!」
「今回が初めての竜狩りだろうが、ザックス。しっかりしやがれ、まったく……」
「くっそぉ……。いつまでも竜追い人を気取ってんじゃねぇぞ、この老いぼれ。『竜殺しのビゴット』はもう十年以上も前の杵柄だろうがよ」
「うるせぇ、ひよっこ。おめぇにガン・ソードの扱い方を教えたのは俺だ。おめぇが竜を狩れねぇうちは、引退なんかできねぇんだよ」
減らず口をたたくザックスをにらみ返しながら。ビゴットは呆れたように言い放った。
ちぇと横になったままで口を鳴らし、ザックスはホルスターに収められたガン・ソードを持ち上げた。
「よっこいせ」と起き上がり腰にベルトを装着する。そして、ガン・ソードの柄頭をポンと叩いた。
一息ついて、ザックスはビゴットに人差し指を突き付ける。
「待ってろよ、親父。ぜってぇ、狩ってくるかんな! そうしたら、その言葉通りすぐに引退させてやっからよ」
「おう、期待しねぇで待っててやる。おめぇは、身体だけは頑丈だからな。死ぬ心配はしてねぇから、夕飯までには帰ってこいよ」
「ガキの使いじゃねぇんだよ、バカにすんな!」
ザックスは吐き捨てるように言い放った。
すぐに振り返って階段を駆け下りる。
と、ちょうどそこへ。
小柄な女性が階段を昇っていた。
うら若き女性は不意に、その端正な顔を上げた。
まだあどけなさの残る面立ちをした十代後半の女性。うなじの辺りを左右に結わったブロンドの長髪を揺らし、青い瞳をザックスに向けていた。
「あら。おはよう、ザックス。これから、どこかへお出かけかしら?」
柔らかい物腰と気品に満ちた声音。
その身ぶりからは、それなりの身分であることが伺えた。
「おう、久しぶりだな。これからワイバーンを狩ってくるんだ! 親父なら、家の中にいるぜ。じゃあな!」
ザックスは手短に返事をすると、そのまま森の方へと駆けて行った。
「へぇ、あの子が竜狩りをねぇ……」
感慨深げに頷きながら、女性はザックスの後姿を見送る。
「おお、マーブルか。ちょうどいいところに来たな!」
ビゴットが玄関から顔をのぞかせ、マーブルの背に声をかけた。
「おはようございます、ビゴットさん。依頼していたワイバーン狩りの件ですけど、ザックスが行くことになったのですね。これで、ビゴットさんもようやくご隠居かしら?」
ザックスの初陣を喜び、マーブルは軽い足取りで階段をのぼる。
「さあ、どうだかな。まあ、あがってくれや。せっかく来たんだ、茶くらい出すぜ」
「ええ、そうさせていただきますわ」
ところで、とマーブルは言葉を続ける。
「ザックスは森の方へ向かっていきましたけれど。ワイバーンの巣って、逆方向じゃなかったかしら……?」
マーブルに言われて、ビゴットが遠くを覗く。ザックスは木々の生い茂る森へと入っていくところだった。
「あの馬鹿野郎……」
ビゴットは額に手をあて、嘆息した。