第019話 勝負の行方は
砂埃が巻き上がり、「ぐぇ!」という悲鳴がザックスの口から洩れ出した。
「魔力の使用は禁止すると言ったはずだ。貴様、何のためのルールだと思ってるんだ?」
漆黒のワイヤーで巻藁のようにされて大地に口づけするザックス。そこへ、ネルビスが近付き頭上から冷淡な声を投げつけた。
「いや、悪い。戦いに夢中で、ルール忘れちまって」
「このド阿呆が」
「うげっ」
首だけを動かして口を開いたザックスを、ネルビスは躊躇なく足蹴にして転がした。
ワイヤーに巻きつかれた状態のまま、ザックスは仰向けになった。
ネルビスが、ザックスを縛るワイヤーの先端で重しとなっている大盾を見やる。内側に取り付けられた棒は、深緑色の輝きを湛えていた。
「まったく、無駄な魔力を使わせてくれたな。ただでさえ貴重な翡翠竜の魔力を、どうしてくれる?」
大盾に取り付けられているのは、マーブルに提示されたものと同じ、翡翠竜の角を加工して作られた棒だった。しかしながら、色味がまるで違う。
「そういえば、貴様は翡翠竜を狩ってきたのが自慢だったな。あの竜ならば、我々でも狩れる。装備を整え、部隊を編成し、必要な物資を使ってな。あの鉄壁を誇る魔力障壁を使う魔力さえ枯らしてしまえば、奴はただ図体がでかいだけの竜にすぎん」
しかし、と。ネルビスが忌々しそうに、ザックスを見下ろした。
「あれほど鮮やかな琥珀色をした角は、生きている翡翠竜の角くらいでしか見ることができない。我々が採れるのは、魔力を絞り取り、大体が既に若葉色……良くて黄緑色程度になった角だけだ。ところが、貴様らはどういう訳だ? あの鮮やかな琥珀色の角を採ってくることが出来る」
ネルビスは、ザックスの腹に具足を乗せる。押さえつけるように。
「この際だから、はっきり言っておこう。貴様のような奴は目障りだ。我々の商売の邪魔をするつもりなら、この場で二度と竜狩りに行けない体にしてやる」
「ちょっと、ネルビスさん!? やめてくださいまし!」
ネルビスが手元の剣を掲げ逆さ手に持つ。その様子からただならぬ気配を感じたマーブルが、制止の声を上げた。
ザックスは漆黒のワイヤーを身体に巻きつけられているため、身動きが取れない。
「ち、くそっ!」
ネルビスは、足を上下して抵抗しているザックスを冷酷な眼差しで見つめた。
「動くな。手元が狂って、足を切断されたくないだろう?」
「てめぇ……何する気だ!」
「なに、三か月ほど歩けなくするだけだ。我が鋼鉄剣『シグムンド』は、人間の骨などたやすく切断できる」
「させるかよ、この、クソチビっ!」
ザックスは身をよじってみたり、足を動かして暴れてみるが、ネルビスは動じない。どっしりとザックスの腹に足を乗せ、強く踏みつけている。ザックスがもがくほど、ネルビスは押さえつける力を強めていった。
「がはっ!」
内臓を圧迫され、ザックスは肺に蓄えた空気を強制的に押し出された。さらに、ネルビスのつま先がザックスのみぞおちにめり込んでいく。
「無理に動かない方がいい。呼吸が苦しくなれば、じきに意識を保てなくなる。このワイヤーを解くつもりも、この足をどかすつもりもないぞ?」
「うる、せぇよ……」
息も絶え絶えに、ザックスは文句を吐き出す。
ネルビスの忠告を無視し、ザックスはワイヤーを引きちぎろうと腕に渾身の力を込めてみるが、ワイヤーはびくともしない。
体力を使い、呼吸が浅くなり、ザックスは体のしびれを覚え始めた。
「く、そった、れ……が……」
それでもなお抵抗を試みるが、やはり、駄目。ネルビスは力を抜くことなく、ザックスの怒張した顔を冷ややかな目で見つめていた。
真っ赤な顔は次第に青ざめていき、ザックスは徐々に力を失っていく。と、その頭がついに地を打った。
ネルビスが剣を落とす前に、ザックスの意識が落ちた。
「ふん、たわい無い」
ネルビスは振り上げた剣を降ろすと、腰の鞘にスラリと戻した。
「ザックス、大丈夫!?」
すぐにマーブルが駆け寄って、ザックスの傍に座り込む。
ネルビスは黙って足を退けると、ザックスの身体が一瞬ビクンと跳ねた。
すぐに、スーっという音がザックスの鼻から聞こえる。
「どうやら、息は戻ったようですわね……。ネルビスさん、ここまでしなくても良いのではございませんこと?」
マーブルが横になっているザックスの傍らで、ネルビスを見上げる。
眉尻を吊り上げ、怒りをはらんだ目つきだった。
「これが現場なら、こいつは死んでいるだろう。体術の方はそれなりに見どころがある。が、所詮それだけだ。策も無ければ、ただ突っ込んでいくしか出来ない役立たずだ。魔力が無ければ何もできん木偶の坊に、竜狩りの同行は認められん」
「ザックスにはザックスなりの戦い方があるのですわ。ネルビスさんが、それをサポートできるように立ち回れば良いではないですか?」
「勘違いするな。こいつは、あくまで我々の狩りに同行するのだ。やり方は我々に合わせてもらう。それについて来られないようなら、ただ死ぬだけだ」
「そうは言っても、魔力を使わないなんて、ザックスはどうやって戦ったら……ビゴットさんから任された案件ですのに、そんな無茶なこと……」
ネルビスは、鼻を鳴らしてマーブルを見下ろす。
「ふん。あの武器では、沼地で戦えないだろう。ビゴットがどんな無茶なやり方でワイバーンを狩っていたのかは知らないが、相性が悪いのは違いない。まったく、とんだ依頼だな」
だが、と。ネルビスは、ザックスを拘束するワイヤーをほどき、巻き取りながら言葉を続ける。
「マーブルの依頼は受けてやる。先ほど前払いとは言ったが、ザックスを連れて行くという話は無かったことにさせてもらう手前、達成後の報酬で構わない。どうせ、翡翠竜の角はワイバーン討伐に使うことが無いからな。我が盾『バリアルド』も、あそこでは魔力障壁をろくに維持できぬ、丈夫なだけの大盾だ」
もっとも、それだけで十分なのだが、と付け加え、ワイヤーの回収を終えたネルビスは小さく呼吸するザックスを背負った。
マーブルもそれに合わせて立ち上がる。
「このまま、コイツは診療所に連れて行ってやる。明日の日が高いうちに、我々はワイバーンを狩りに行けるだろう。人員が揃いしだい、奴らの巣へ直接乗り込む。依頼の尻尾と翼は翌々日のこの時間あたりには届けに行けるだろうから、工房で待っていれば良い」
ネルビスはマーブルの前を歩きながら、手短に予定を伝えた。
マーブルは沈鬱な表情で、ネルビスの背中で目を閉じているザックスを見つめていることしか出来なかった。
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