第011話 マーブルの研究工房
現在におけるドラゴンビジネスの本拠地は“ドラガリア”と呼ばれる工業都市国家である。
広大な敷地を円形にぐるりと囲む城壁。都市の中央部に建てられた城は、ドラゴンビジネス協会本部として機能している。
中央部から南西へすこし離れたところに位置する研究所。今はマーブルの根城となっているこの施設に、ザックスはやって来ていた。
研究所は寸胴で三階建ての中央棟があり、左右に円形の部屋をくっつけたような建物だった。中央棟の扉には、ノックをするための叩き金が付いている。
ザックスが叩き金を持ちノックすると、ややあって扉はゆっくりと開いた。
「いらっしゃい、ザックス。配達ご苦労様。助かりましたわ」
扉を開け、うなじの辺りで左右二つに結わえたブロンドの髪を揺らしながら、マーブルが出迎えた。
マーブルはザックスを中へ招き入れると、後ろ手で扉を閉める。
「えっと、角はどこに置いとけばいいんだ?」
ザックスが辺りをぐるりと見回す。
観音開きを跨いだ先にあるエントランスは四角い空間だった。部屋には綺麗に磨かれた石造りのタイルが敷かれており、中央奥には木製の扉があった。左右へは通路が伸びて、中央にある大部屋をなぞるように広がっている。
「ごめんなさい、あっちの部屋まで持っていってもらってもいいかしら」
マーブルが中央の扉を指しながら、ザックスの前に出た。案内をするように、そのまま歩いてザックスを先導していく。
扉を開けると、大きなカプセルが目についた。ザックスがすっぽりと入ってしまいそうなそれは、緑色の液体で満たされていた。カプセルからは何本もの管が樹の根のように地面へ伸び、そこかしこに向けて走っている。
「そこの台に置いてもらっていいかしら」
マーブルがキャスター付きの台を指さした。
ザックスは手に持っていた翡翠竜の角を、指示された台へ無造作に置く。
「なあ、この液体は何だ?」
一際目立つ緑色のカプセルを見ながらザックスは、作業用のエプロンを着けるマーブルに尋ねた。
「それは魔力プールですわ。魔力を溜めておくための溶媒よ」
「ふーん……?」
ザックスは間の抜けた表情で、曖昧に返す。
「あんまり興味ないかしら?」
「いや、よく分かんねぇからよ、そういうの」
「まあ、そうよね。あなたの使っている魔力莢に詰められてるのが、これよ」
言われて、ザックスは腰につけた革製のポーチから魔力莢をひとつ摘まみ、しげしげと眺めてみた。
「へぇ、こいつがねぇ……」
魔力莢は白色の筒で覆われているため中身が見えない。ザックスは試しに振ってみたが、音はしなかった。
翡翠竜の角を台上で動かしていたマーブルは、次いで台を押しながら、ザックスへの説明を続ける。
「きっちり充填されてるから、振っても音はしないですわよ。幾つかの仕切りがその中に入ってるんですけれど、そこに白色ダークマターを入れてありますの。それが魔力の源になってるってわけですわ」
「白色ダークマターって何だ?」
「そこに積んであるの、見るだけなら開けても良いですわよ」
マーブルが運ぶ手を止め、部屋の隅に積んである木箱を示した。
ザックスは木箱に近づき、ふたを開けてみる。すると、そこには乳白色の石が詰まっていた。中には黒い石も混じっているが、大きさはどれも同じくらいのもので、これといって形が決まっている訳ではなかった。
「へぇ、こんな石ころが入ってんのか」
ザックスは白色ダークマターをひとつ摘まみ上げた。
指先で摘まむほど小さな塊の表面は、滑らかに白く艶めいている。
「それひとつでも、そこそこな値段なんですから。壊さないでよ?」
「へーい」
ザックスは乳白色の石ころを木箱に放り込んだ。
「ちょっと、あんまり乱暴に扱わないでくださいまし。ひとつ割れると、連鎖で他のも割れることがあるんですから」
「え、そうなのか?」
ザックスは慌てて石を放り込んだ箱を覗き込む。が、特に変わった様子はなかった。
「ダークマターはもともと黒いんですけれど、空気中に漂う微量な魔力を吸収して白くなるのですわ。衝撃を与えて割ると、結晶構造が壊れて魔力を放出するんですの」
マーブルは、装置の中へ角の載った台を押し込みながら、説明を続ける。
「白くなったダークマターは、何らかの形で強い魔力に触れても魔力を吸収するんですけれど、許容量を超えると勝手に割れるのですわ」
言いながら、マーブルは手袋を装着しだした。




