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9話目

9話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

 日曜日と文化祭の振替の合わせて二日の休み。

 身体的な疲れは寝れば早々に回復するが、精神的な部分と言うのは治りが早かったり遅かったりまちまちで、今回は結構遅かった。いや、というより傷の深さに気付くのが遅かったと言うべきか。

 月曜日の夜になって一体周りからどんな目が向けられるのかハッと不安になり、ぉぉぅ…と消え入りそうな声がしばらく漏れ出たりもした。

 けれど翌日を迎えてみれば案外にも周囲の目は落ち着いていて、学校だりーとか文化祭が永遠に続けば良いのにとか、学生らしい話を友人とするばかりでこちらに気を向けるものは少なかった。

 気を使ってくれているのか、俺がそこまで話題にならない人間なのかどっちなのか。

 まぁどちらにせよ、そうであるなら俺も普通通りに過ごすしかない。そうして放課後まで辿り着き、こっそりと西谷を部室に呼び出した。

 ここが探偵部ではない事。

 どうして探偵部と名乗ったのかという事。

 あまりここを広めてほしくない事。

 一通り話さなければいけないことは話したのだが、その間の西谷は何処か話半分というか浮わついていて、こちらの話が終わったと言うと、すぐに空間さんとの話をし出した。

 最近周りが幸せ色に見えるとか、夜の長電話が楽しいとか、彼女がいない俺らにはよく分からない言動。

 黙っていてくれるのか、ちょっと不安があった。

 だが、信じなければどうにもならない。

 永遠に続きそうだった惚気話(のろけばなし)にうんうんと適当に相槌を打ちながら、部長と共に呼びつけた立場ではあるが部室から追い出すことでとりあえずは決着。

 なんぞ用事があるとかで、部長はその後すぐに何処かへ去っていった。

 そんな最初で最後の依頼の後片付けを済ませた今日は、偶然にも生徒会役員決めの日でもあった。

 しかし生徒会役員を決める方法が指名制のため、特別目立った選挙のような催しがあるわけでもなく、昼休みに「生徒会が変わりました」と教師からの短い放送があるのみだった。

 翌々考えてみれば部長が放課後すぐにいなくなったのはその辺と関係があるのかもしれないが、例えそうであったとしても俺が関われるわけでもない。断定に足る情報があるわけでもないしで、考えるだけ無駄である。

 他校の役員決めの時期について詳しくは分からないが、10月の終わり頃にやるのは結構珍しい方なのではないだろうか。

 そうなのも、やはり生徒会のメンバー決めの方法のが理由か。

 もしくは文化祭という、高校と言えばのイベントが片付いたからなのか。

 そんな感じで文化祭が終わってからの最初の平日はお仕舞いで、更に翌日。

 担任の話がいつもよりも少し長引いてしまった。

 今後の、告白とは無縁の部活動も話し合わなければだしと、鞄を担いで急いで部室に向かおうと廊下に出れば、扉のすぐ傍の影に潜んでしゃがんでいた一人の少女。

 インコースを狙っていた結果足がぶつかりそうになり、うぉうと飛び退くように後ろに身体を引けば、彼女は俺の間抜けな顔を見て口元を緩めてゆっくりと腰を上げる。

「ふふ、八つ橋どうしたの?」

「いや…なんで海柱さんそんなところに…」

「部室行くんでしょ?ここなら絶対八つ橋が見えるから」

 昨日はこんなことしてなかった筈のだが、それはチア部の練習があったからだろうか。

 海柱さんはスカートの後ろ側を軽くぱんぱんと払うと俺の後ろに回り、行かないの?と肩から顔をひょこっと出して先導を促してくる。

「…それじゃあ」

「よし。じゃ部室にゴー」

 声音が僅かに弾んだ声が届き、視界の端で彼女の片腕が上におーと持ち上がる。表情は相変わらず動かないが、一応楽しみにしてはいるらしい。

 だが、その楽しみも今日でもうお仕舞い。

 部長の様子を見る限り告白の手伝いなんてする気はさらさら無いし、俺にもそんな気持ちは全くない。西谷にも口止めをしたしで、今日の部室には散々これまで聞こえていた作戦会議の声は無く、つまらない何処かの部活の快活な声のみが響いているはず。

 例え西谷がうっかり広めてしまっていたにせよ、まさか今日丁度来ている訳がない。

 海柱さんを後ろに連れながら階段を降りて、普通棟の右側から行くお決まりのルートを使う。

 中庭の右側はやはり使う人は少なく、海柱さんもその一人なのか興味深そうにへーと、左とさして変わらない辺りを見回していた。

 扉を越えて部室棟に入り、三番目の部室。

 そこで俺が扉に身体を向けて立ち止まると、彼女もぴたっと足を止めて同じ扉を見た。

「ここ?」

 そうと頷けば、彼女はふーんと息を吐いて廊下の奥を見たり、窓越しの中庭を見たりと廊下からの景色を目に入れていく。

 ここに来るまでの短い間、一切の会話は発生しなかったが、彼女も俺みたくそういうのは気にしない性質らしい。

 と、呑気に扉の前で考えている時間ではない。

 中に部長しか居ないことを祈りながら、そっと扉に手を掛ける。

 俺が動きを見せると辺りを観察していた彼女も期待に沿う場所かどうか確かめる為、捻られた身体を前に向かす。

 ガラガラと扉を退ければ、テーブルに座る部長とその前に腰掛ける一人の制服姿の生徒。

「…もう新しいのやってるんだ」

 横目に写る彼女の瞳が、まるで水を得た魚の鱗のようにきらりと光り輝く。

「何故…」

「あ…合宮(あいみや)くん」

 音に反応した部室内の二人がこちらに顔ごと目を向けると、海柱さんが、依頼人の名字らしい言葉をぽつりと呟く。

「海柱さんと八つ橋くん」

 部長を睨んでいた俺もそちらを見れば、座っていたのは何処か男子の制服に違和感を感じる彼彼女だった。

 文化祭は基本彼彼女はジャージ姿ていたが、あっちの男女兼用の服の方が何でか似合っていると感じる。

 しかし、今まで聞いてこなかったから知らなかったが、名字のはあいみやらしい。

 あいみやは、俺と彼女の事を優しげな声であぁと呼ぶ。

 それにちょっとぶりと会釈で伝え、海柱さんがあいみやと数言話している間、部長の隣の席に行って、どうしてまた部室に依頼人らしいのを入れているのかをひっそり問い詰めた。

「まさか、また手伝いやるつもりなんですか…?」

「いや、俺だってもうあんなのはやりたくない…。だがな、さっき部室に来たら扉の前にいて、一応文化祭でピンチを救って貰った身ではあるし、追い払おうにも追い払えずにで…こうなった」

「とりあえず、話だけと」

「あぁ。というかお前はなんで彼女を…」

「いや…ここが告白を手伝う部活じゃないのを見せに来たんですけど…」

 どう考えても今の状況は、真実を見せるどころか彼女の考えを補強してしまっている。

 あいみやと話す彼女の横顔は本当に生き生きしていて、これまで何度も見てきた冷静な表情とのギャップで惹かれてしまうから指摘もしづらい。

 話す二人は同クラスもあってか話は弾んでいたが、俺達の視線に気付くと、海柱さんは近くから椅子をがたがた引っ張ってきて俺の隣に陣取る。

 つまりはこれからあいみやが言うのだろう依頼を彼女はまた手伝う気で、分かっているだろうが部長に断りますよねと目配せをする。

 部長はそれにほんの僅かに頷くと、前みたく入部届けを取り出さないまま依頼についての詳細を求めた。

「それで、まずは名前から良いか?」

「は、はい。えっと…自分は合宮(あいみや)(あおい)って言います」

 自分の名前の漢字がどういう漢字なのかや、属しているクラスを付け加えて簡単な自己紹介は終わる。続けて、依頼内容かと思ったが、部長は違うことを尋ねた。

「依頼の前に、なんだが…この部活の事を誰から聞いた?」

 聞かれた合宮は質問の意図がいまいち分かっていないらしくえっとと口にしてから、ここをバラした人間の名前を言い放つ。

「西谷くん、からですけど…」

「西谷…」

「恩を仇でだな…」

 ここの部活の場所までを知ってる人間が部員を除けば西谷だけなのを考えれば、必然犯人は彼になるのだが、口封じしたばっかりでこれは…。

 部長もため息を吐いて困ったようにあいつ…と、額に手を当てていた。

 俺達が静かに怨んでいるのを見て海柱さんは停滞してしまうと気にしたのか、単純に好奇心からか我先にと話を進める。

「やっぱり、話しに来たのって…告白?」

「……うん」

 告白という言葉が場に現れると、合宮の顔の色がぽっと真っ赤に染まる。

 こくんと縦に振られた頭は完全に上がる途中の俯きで止まり、はらりと垂れた髪がその赤い頬を綺麗に隠す。本当こうして見る分には女子である。だが、この学校は女子にはズボンは配布されていない。

 しかしスタジアムでの出来事を蘇らすに、彼は鹿島先輩の相当熱心なファンかと思うが、恋というのは別口なのだろうか。あまりそういう特定の誰かに熱中するような事がない為、両立出来るのかとか未知の部分がある。

「その…て、手伝ってくれるの?」

 当然ながら来た質問。

 西谷がここをどんな風に説明したかは読めないが、文化祭の事を考えれば、具体的な説明こそ省いても手伝ってくれる部活との認識にはなる。

 しかし、それは間違い。

 部長に再度目配せをして、この部が決めた決断を、申し訳ないが合宮には受けてもらう。

「合宮…だったよな?悪いんだが…実はここは…」

「うん、任せて。西谷くんみたいに絶対成功させようね」

 部長の声を奪い取り、勝手に海柱さんは引き受けると言ってしまう。

 慌てて部長はいやとかそのとかしどろもどろながら断ろうとするが、合宮は緊張していたのか胸をほっと撫で下ろしていて、こちらの焦りように気付いていない。

「海柱さん…だから別にここは告白を…」

「八つ橋、大丈夫。私もちゃんと手伝うから」

 むんっと落ち着いた表情のまま意気込む海柱さん。

 彼女に視線を向けている間、後ろから「お前も責任あるからな…」と不満丸出しの文句が小声で飛んできて、自分の顔がうっと苦くなる。

「どうしますこれ…?本当に、またやるんですか?」

「今から断れるか…?」

「それで、合宮くんの好きな人って?」

 俺達の意思を全く意に介さずに、海柱さんは意気揚々と、椅子から少し前のめりで情報収集を始めてしまう。

 部長も何でか入部届けを棚から一枚ひょいと取り出して、西谷の時みたく裏面にすると、まっさらな部分をメモ代わりにとペンも取り出した。

「…なんでやる気なんですか」

「違う。やるつもりは無いが、万一(まんいち)やるしかなくなった時に何も書いていなと危ないだろ」

 そう言って部長はペンでさらさらと合宮のフルネームを書き、依頼内容の項目欄も慣れた様子で作り上げる。

 状態はもう手伝う前提。

 俺も部長も良くできた日本人らしく、話を無理矢理ぶったぎる勇気もない。

 じゃあまぁ俺もと、恥ずかしそうに話し出した彼の声に耳を傾けた。

「二年生の…先輩なんですけど…」

 俯いたまま漏れ出る彼の言葉を三人が三人、黙って受け止める。

 何かに遠慮するような控えめな声は、こちらが迂闊に喋れば聞き落としてしまいそうだった。

「二年か」

「名前は?」

 しっかりと声が終わったのを聞いてから、二人は質問をする。依頼の項目には二年と書き加えられていた。

「……その」

「?」

 当然ながら、自分の好きな人をほぼの他人同然の奴に話すのは、西谷みたく躊躇いたくなる。

 しかし、恥ずかしさもそうだが、彼の表情はそれとはまた別の感情も混じっているようで、まるで恐怖のような、例え難い感情。

 彼の心境を写したのか、下向きの瞳がわずかに右往左往している。

「か…」

「か?」

「鹿島…先輩、です…」

「ん…?鹿島?」

 と、ふと中庭の方からカキーンと鳴った、小気味良いバットの音。

 その音が部室に振動のように伝わり反響し、消えそうになった瞬間、次に真上から響いたパリンとガラスが砕け散るような大きな音。

 無論、俺以外の三人もその音を耳にする。

「なんだ?今の?」

 部長は立ち上がると扉を開け、中庭を覗く。

 俺も続いて椅子から見てみれば、野球部のユニフォームらしいの着た二人組がいて、片方がバット持ち。音のした上の方を困ったような固い表情で眺めていた。

「ちょっと見てくる。八つ橋、メモ交代」

「え、あ」

 部長はそう言い残すと開けた扉から部室を飛び出す。音もそうだが、話が込み入りそうなの察して逃げたんじゃなかろうかと思ったが、俺もと追いかけようにも怪しまれそうで、どうしようもなく席にそのまま腰を張り付ける。

 部長の席の前に置かれた紙とペンを手に取った。

「合宮くん…二年生の鹿島って。あ、女子にもいるの?」

「ち、違くて…変に思われる事を言ってるのは分かります。…でも、そのサッカー部の鹿島先輩…です」

 途切れ途切れの言葉には震えが含まれていて、俯く顔は一向に上がる気配を見せない。

「そうなんだ…」

「…はい」

 特別リアクション見せるような事は何もせずに、海柱さんは淡々と質問を続けた。

「好きになった理由とかって聞ける?」

「中学の時だったんですけど、今みたいにサッカー部で活躍してる先輩を見て、最初は憧れみたいな…けど、気付いたら気持ちが変わってて」

「…八つ橋、メモ」

「あ、あぁ…」

 海柱さんの視線でハッとし、依頼項目の中に依頼人の名前と部活、そして今言った言葉をそっくりすらすらと写していく。

「ほ、他にも話した方が良いですか?」

「んーん。とりあえずは良いよね?」

「後はまぁ、部長と話して」

「ん。じゃあ合宮くん、もうこれで終わり…帰して良いの?」

 前の西谷の時を思い出して多分大丈夫と頷くと、合宮はがたりと席を立ち上がって、またねと手を振り部室からとたとた去っていった。

 扉ががらりと閉まれば、流れたのは沈黙。

 しかし完璧な沈黙という訳ではなく、廊下からざわざわと声が入ってくる。

「ね、こういう場合ってどうするの?」

「いや…」

 単純に告白をさせてどうこうなるかと言われれば、怪しい部分はある。

 まぁとりあえずは部長が来ないことには始まらないと返し、時間をゆっくり流れさせていると部長ががらっと扉を退けて戻ってきた。

「どうでした?」

「んー、中庭の奴等が打ったボールが三階の窓割ったらしくてな。結構人集まってたぞ。…それより合宮は?」

「あ、いや一通り聞いたので」

 部室内を見回して尋ねてきた部長に伝えて、書いたメモ用紙を軽く持ち上げる。

「そうか。…しかし、やっぱりあの鹿島か」

「部長、どうするの?」

 部員でも何でもない海柱さんが首を傾げる。

 俺からメモを受け取った部長はそれにうーむと唸るだけで、席に戻るとひたすらにメモ用紙とジッと見つめ合う。

 依頼人もいなくなったのに三人で横並びなのも配置的に違和感を感じ、部長が悩んでいる間にテーブルの反対側の席に腰かけた。

「…やるのであれば、一捻りはいるだろうな」

「でも、文化祭みたいな大きいイベントってしばらくは無いですよね」

「いや、二年にはある」

「修学旅行」

 海柱さんがぽろっと言うと、部長はその通りと頭を振る。

「それっていつです?」

「来週の、あー…水木金曜の三日だな。京都をあちこち回る。…土産は八ツ橋で決まりだな」

「……」

 部長の言葉に海柱さんがくすりと笑う。それを話している場合じゃないと不満げな視線を送ると、案外すんなりとお土産話は止めてくれた。

「でもそれって、合宮くん関係ないから。告白とかには厳しいかも」

「だが、情報収集は出来る。班は違うが…上手く話せるよう一人の時とか狙ってみる」

 意気込むのは良いのだが、前提の話が間違っていないだろうか。

「部長、この依頼ほんとにやるつもりなんですか?」

「ん…いやそうじゃないが…かと言って、今から断りにも行けないしな…」

「まぁ…そうですけど」

 中途半端にも自分を良い人間と思ってしまっているため、勝手であれ受けたのを断るのには中々精神が必要。

 しかし受けるのもこれまた精神を必要としそうで、板挟みで頭をこんがらがせていると真剣な声が海柱さんから放たれた。

「…勝手に受けたのはごめんなさい。でもこれは、やっぱり受けた方が良いと思う」

「まぁな。合宮からすればほとんど他人の俺らに自分の秘密を暴露したんだ。断ったら、追い詰めることにも繋がるかもしれない」

 部長までもが同調し、多数決では不利決定。

 …確かに、文化祭が終わってからそう日にちも経っていないのに彼はここを訪れた。

 もしかしたら前々から悩んでいて、(わら)にもとここに来たとも考えられなくはない。

 何より手伝って貰った身でもあるし、何処かのサッカー部の西谷みたいに恩を仇で返したくはない。

「…分かりました」

「ま、合宮は西谷よりも話を聞いてくれそうな感じもするしな。これが本当に最後になってくれるだろう」

 そうであって欲しいと、心の内で強く願った。

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