表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
“あの日”  作者: 一条 幸
5/9

2月(下旬) 感情の暴走

 2月15日 (金曜日)


 昨日は疲れすぎて家に帰ると直ぐに力尽きてしまい記録が書けなかった。


 結局あの後、

 私はミナミモールまで走り彼を探したが見つからなかった。


 そもそもあの広い敷地の中で

 彼を探し出すのは至難の業であった。


 諦めて帰ろうとした時

 信号待ちしている車の列中に彼の車を見つけた。

 彼は車が好きで、やけに凝っているので彼の車だと一目で分かった。


 窓ガラス越しに微かに見えるその横顔は、

 彼と鈴木美奈にそっくりだった。


 確認しようとバレない様に近づいたが、

 彼の車は私を避けるかの様に行ってしまった。


 私は家に帰り、ふと我に返る。


「私、何しているんだろう。」


 自分の行動や気持ちに整理が追いつかず

 思わず声に出てしまう。


 このままでは私、

 いつかおかしくなってしまう。


 不安に駆られて余計に整理が出来ない。

 そもそも整理する為のピースが全く揃っていなかった。


 まずはピースを集める事から始める事にした。




 ◇◆◇◆◇




 2月19日(水曜日)



 この日

 1番の親友である咲良とランチという名の

 恋愛相談の約束をしている。


 咲良には5つ上の夫が居る事もあり恋愛に困った時はいつも決まって相談していた。


「陽向~!遅れてごめんね。」


 目の前に現れた咲良は、顔の前で両手を合わし謝罪の言葉を述べている。


「全然構わないよ、私の話に付き合ってもらうんだから。私こそ忙しい時にごめんね。」


 咲良は家事や子育てと私の数倍忙しいはず。

 その証拠に化粧も薄く、髪の毛は束ねてあり、チャームポイントの癖毛が見えない。


 そんな中で予定を開けてくれた、

 それだけで嬉しかった。


「全然いいんだよ、取り敢えず頼もうか。」


 咲良は昔と変わらない優しい笑顔だったが、

 裏側に何か黒い闇の様なものが見える気がした。


 家事や育児に疲れているからだろうか。



 私達は飲み物とケーキを頼んだ、

 本当は昼飯の予定だったが美味しそうなケーキに惹かれてしまったのだった。


「女子ってこういうものでしょ?」

 そう言いながら2人で笑い合っていた。


 お互いが食べ終わった頃自然と本題へ入った。


「永遠くんに浮気相手がいたなんて…。」


 酷く驚いている咲良に私は何と反応したらいいか分からず、ただ俯く事しか出来なかった。


「陽向はきっと、永遠くんと浮気相手の関係が気になっているんだね。

 それでその関係に嫉妬しているんだと思う。」


「嫉妬…?」


 詳しく咲良に聞くと、

 嫉妬とは一つの感情であり愛する人の愛情が他に向くのを憎み恨む事だという。


 まさに今の私にピッタリな言葉であった。

 新しい感情を知った私は少し胸がスッキリした気がした。


「私は彼らの関係に嫉妬していたのね。」


「嫉妬はね、愛しているからこそ生まれる感情なんだよ。それだけ永遠くんのことを愛していたっていう証だよ。」


 胸が苦しい。

 知れば知るほど苦しくなると分かっていても知りたくなってしまう、まるで底なし沼の様だった。



 あれからどれ位の時間が経ったのだろうか。


 私が顔を上げるとそこには心配気な顔をした咲良が此方を見つめていた。


「落ち着いた?」


 そうだ、私は色々な感情が入り交じって思考回路が完全に停止していた。

 それでいて凄く苦しかったのだ。


「大丈夫。ごめんね、有難う。」


 怖くて時間を見ることは出来なかったが、

 きっと長い時間俯く私をその優しい目で見守ってくれていたのだろう。


 その後、私達は他愛のない会話をしてまた会うことを約束した。

 そして別れを告げ彼がいるあの家に帰ったのだ。




 ◇◆◇◆◇




 2月26日(水曜日)


 嫉妬という新しい感情を知り約1週間が経過した。


 私はずっと彼の事や感情の事など色々な事を考えていて、すごくすごく苦しかった。


 その結果、

 彼にこの思いを伝える事を決意した。

 暗黙のルールなんて私から破ってやる。


 浮気の事から後をつけて全てを見た事、

 証拠はないが私の脳内に確りと刻まれている。


 いつもは受け身だが、これからの私達の関係性の為にも言うべきだと思った。


 これで壊れてしまえば仕方がない、

 私達は合わない運命だったのだ。


 そう思えるほどに私は成長したのだ。

 この成長を無駄にはしない。


 彼は今出張中で明日の晩に帰ってくる。

 明後日、2月の終わりの朝に告げようと思う。




 ◇◆◇◆◇




 2月28日(木曜日)


 カーテンの隙間から零れ落ちる眩しい光に導かれる様に目を覚ます。


 体を起こしていつもより念入りに顔を洗う。

 彼が起きて来るまでの間

 緊張して落ち着いて居られなかったのだ。


 気がつけば意味も無く机の周りを

 1周、2周とぐるぐる回っていた。


 じわじわと加速する鼓動が鼓膜を通り脳にまで伝わり全身がドクンドクンと震えている。


 ガチャ

 寝室のドアが開く音がした。

 振り向くとそこには眠たそうに目を擦る彼が立っていた。


 もうこの姿も見れなくなってしまうのかも知れないと思うと言うのを一瞬躊躇ってしまう。


 彼は私の方を見て何か言いたげな顔をしていたので首を傾げると、口を開いた。


「なあ、

 本当はもう気づいてるんじゃないのか…?」


 3週間程前にも聞いた様な言葉。

 まさか彼からもう一度聞いてくるとは思っていなかったので一瞬戸惑ってしまう。


 ここで言えばいいじゃないか。


 あの時言えず聞き返したのも

 私の逃げ道だった事に今になって気がつく。


「永遠が浮気してるって事?」


 静寂とした空間に息苦しさを覚える。

 私は怖くて彼の顔を未だに見れずにいた。


「……うん」


 本当は心のどこかで期待していた。

 勘違いじゃないか、何かの間違いじゃないか、

 しかし今の一瞬で全てが壊れてしまった。


 私の心と共に。



「陽向、あのな…」


「もういい、聞きたくない。」


 気がついたら彼の話を遮っていた。

 急いで彼に目を向けると彼俯いては口を噤んでいる。


「嘘だって、言ってくれないんだね。」


 彼は私の言葉を聞いて一瞬口を開いたが

 直ぐに閉じて鞄を持った。


「行ってきます。」


 彼はこの重たくて押し潰されそうな空気から逃げ出すかの様に行ってしまった。



 この「行ってきます」を最後に

 彼がこの家に戻ってくる事は無かった。




 ◇◆◇◆◇


 あの日まで後約2ヶ月半。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ