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“あの日”  作者: 一条 幸
4/9

2月(上旬) 感情の種類

 2月1日(金曜日)


 日付が変わり本来なら帰る予定だったのに…。


 私は彼が何故此処に1人でいるのか、

 理解が追いつかず頭が混乱している。



「陽向、こんな時間に此処で何してるの?」



 直球過ぎる質問に思わず息が詰まってしまう。



「仕事が遅く終わったから外食に行ってたの。

永遠こそこんな所で何してるの?」



 必死に取り繕った言葉は震えていた。

 ばればれな嘘にも程がある。


 しかし彼は行き詰まることなく淡々と答えた。

「仕事終わりだよ、今日は残業だったんだ。」


 嘘だ。

 鈴木美奈と会っていたに違いない。

 確証もないのに何故か絶対的自信があった。

 しかし私には追求する勇気も資格も無かった。



「そうなんだ、お疲れ様。」

 またあの時と同じマニュアル笑顔で言ってしまった事を少し後悔している。


 彼の嘘や行動は毎回想定外な事が多い、いや多すぎるのだ。

 そんな彼には、これが本心で無い事すらも見抜かれている気がしていた。


 お互いが嘘と分かっていながらも追求しない。

 これが私達の暗黙のルールなのだから。


 しかしこの出来事が切っ掛けで

 私達は約5年半で築き上げてきたお互いの信頼を無くしてしまったのだった。



「帰ろっか。」



 この帰り道私達は、話すことも目を合わす事もなかった。


 彼の歩幅がいつもよりも広く感じた。




 ◇◆◇◆◇




 2月2日(木曜日)


 リビングの電気がパチリと付き目が覚めた。

 リビングに向かうとそこには彼がいた。


「おはよう。」


「………。」


「永遠、おはよう。」


「………。」


 名前を呼んでも反応がない。

 しかし聞こえていない訳では無い、それだけはこの異様な雰囲気から感じ取れた。


 昨日の事で怒っているのかと考えたが、

 私には怒られる理由が分からない。


 私には感情が無いが、怒りの意味は知っている。知っていても経験した事が無いのだ。


 だからこの時、

 どうすればいいのか私には分からなかった。


 この異様な空気に息が詰まり苦しい。


「なあ、

 本当はもう気づいてるんじゃないのか…?」


 彼は寝起きの掠れた声で私に問いかけた。

 突然の彼からの問いかけに思考回路が停止する。


「…何の事?」


 少し間が空いたのは何も分からなかったんじゃない。私には思い当たる節がありすぎたのだ。


 彼が何の事を言っているのか、答えには何通りもある。

 その中で他の答えを言ってこれ以上息苦しくなるなんて勘弁して欲しかった。


 すると彼は呆れ顔で盛大にため息をついた。

「会社に行く」

 そう言い残して、家を後にした。


「聞いてきて答えを教えてくれないのね。」


 ガチャ、

 ドアが開く音と同時に放った言葉。

 彼にこの声が届いていたかは分からない。

 しかし、あわよくば聞こえていて欲しいと思っていた私は貪欲だ。


 しかし、この思考も私の逃げ道である事にまだ気づいていなかった。




 ◇◆◇◆◇




 2月14日(木曜日)


 今日は日本中が騒がしく感じる。

 テレビ、新聞、スーパー、コンビニ。

 身近な所は全てバレンタインデー一色だった。


 そういえば去年のバレンタインデーは彼からペアリングを貰ったんだっけ。

 もう大分と昔の事のように思い返していた。


 あの時彼は、

「バレンタインなんて関係ないから!

 あげようと思ったらたまたまこの日だったんだ、決して女々しい訳では…!」

 頬を紅く染め必死に私に説明していた。


 偶に出るお茶目で可愛いところも私は嫌いでは無かった。


 しかし今こうやって思い返してみると

 私にはその姿も笑顔も、見せてくれなくなっていた事に気が付く。


 鈴木美奈はもっと他の姿も見ているのだろう。

 そう思うと何故か胸が締まる感覚に陥る。


 そして嫌いではなかった彼の可愛らしい姿も、笑顔も嫌いになって仕舞いそうだった。


 私には感情がないが全く無いわけではなくて

 少しはある。

 とは言っても生きていく上で困らない程度だ。


 そんな私に最近感情の種類が増えた気がする。


 何かは分からない。

 でも彼が鈴木美奈の隣に居る事を考えただけで胸が締まるような感覚に陥るのだ。


 初めは病気を疑ったが、この症状が出るのは毎回その事を考えた時だけだった。


 だからこの胸の苦しさには

 私のまだ知らない感情が隠れていると思った。


 私にはその感情を知るのに

 まだ知識と経験が足りなかった。


 そんな事を考えながら、薬指に未だ付けているペアリングを見つめ彼の帰りを待っていた。


 ピロンッ

 携帯の画面が鈍く光っている。

 ソファーから腕を伸ばし携帯を手に取る。


「お姉ちゃん、牛乳買い忘れちゃったから買ってきてくれない?今 手が離せなくて。」


「家の鍵は空いてるから!」


 と妹から2件のメール。


 そもそも別宅にいる私では無く母親に言えばいいのに。


 まだ外は冬の余韻が残っている。

 この寒さの中、家を出る気は無かった。


「私は家も近くないんだから、お母さんに頼めばいいんじゃない?」

 家に残る為の口実だった。


 妹からの返信は直ぐだった。

「お母さんいま熱出してて。

 お姉ちゃん今ミナミモールにいるんだよね?

 それならついでに買って来てよ!」


「お金返す返すからさ!」


 ミナミモールとはこの辺りでは有名な大型ショッピングモール。

人混みを好まない私には一生縁が無い場所だった。

 妹は一体何を根拠に言っているんだろう。


「私、今日は一日中家にいるよ?」


 意味が理解出来ないまま送ったメールの返信は

 驚くものだった。



「さっき私がミナミモールに買い物に行った時永遠お兄ちゃん見たの。

 だからてっきりお姉ちゃんと買い物に来ているんだと思った。」


「違ったなら大丈夫!有難うね!」


 一体どういう事? 彼は仕事へ行ったはず。

 彼の事を溺愛している妹が見間違うはずも無かった。


 まさか…。


 私は家を出たくない気持ちが嘘だったかのように素早く立ち上がった。


 コートを羽織りマフラーを巻き

 急いで家を飛び出した。


 二度と踏み込むことは無いと思っていた

 ミナミモールに向けて。


 握ったドアノブは冷たく、

まだ肌寒い外の気温を感じた。



陽向にはペアリングが「未だ」ついている。

そう、永遠にはもう付いていないのだ。


気持ちの変化をお互いが言える日は

来るのだろうか。

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