二重人格
「いやぁ……もう、いや」
気がつくとそこに私はいた。目の前に広がるのは、ぐちゃぐちゃに潰されている大好きな彼の頭。それに、腸や胃といった内蔵。さらにその奥には、手や足といった胴体がバラバラに切断されて切られていた。
もちろん、私の体には真っ赤な彼の返り血がべっとりと付着している。先に向かえば向かうほど、血は濃くなり、色は黒くなる。手には、彼の頭を潰したと思われる割れたワインのビンが握ってある。
壁にはあの時と同じく『まだ?』という文字が書かれてある。
「あぁ、やっぱりあなただったのね……わかったわ。約束……だもんね? 今、行くわ」
私はある小さな村に生まれた。そこは村と呼ぶには少し人が足りない気もするが、人はそこそこにいた。私の家は二階建てで、すぐ近くには小さな池がある。
私が産まれた時は、父も母も祝福してくれた。私は幼稚園を卒業し、小学生に上がり、すくすくと育ち、小学1年生になった。
それから3年後、私に妹が出来た。小さく、可愛く、そして、初めての妹だからとても愛おしいかった。
だが、母は妹を産んだ時に、収まっていたはずの持病が再発し、死んだ。
それに続き、父は仕事が上手く行かずになり、クビ。酒を飲むようになってから、気性が荒くなり、幼い妹にずっと当たっていた。
「やめて、おとうさん!」
「うるせぇ! お前のせいで母さんは死んだんだ!」
母が死に、産まれてこの方、父の汚い言葉しか聞かなかった妹の言葉遣いはもちろん汚かった。それでも、私は愛した。
それが私が出来ることだった。
妹もそれがわかってくれてたのか、私によく慕ってくれた。
「やめて、お父さん! コトハに強く当たらないで!」
「黙ってろ、カナ! 同じようなことをされたいのか!!」
私はコトハを守る様に前に出て、手を広げた。
お父さんは迫るが、私は守るべき子がいるから何にも怖くない。
「ちっ……」
そう言って父は外に出た。
「あ、ありが……とう。おねえちゃん」
「ふふっ、なにかあったら私に頼りなさい! 絶対に1人にはしないから!」
胸に手を当てて少しドヤ顔で胸を張った。
「あっ……うんうん、何でもない」
「なによ? なにかあるの?」
「ううん、だいじょーぶ」
そう言ってコトハは自分の部屋に戻っていった。
次の日、朝からコトハと2人で学校に向かう。これがいつもの日常。
「じゃね!」
「うん」
コトハと別れて、教室に向かう。時間はチャイムが鳴る10分前、いつも通り席につく。男子達は運動場で騒ぎ、女子達はそれぞれグループを作って教室で話している。
「あ、おはよう! カナちゃん!」
「おはよう、サキちゃん!」
同級生と挨拶を交わし、雑談をしていると朝礼のチャイムが鳴った。男子達は急いで帰ってきて、席につく。あとは先生が来るのを待つだけだった。
だが、先生は何時まで経っても来ない。それに何故か、救急車とパトカーの音が聞こえる。
「なんか、外が騒がしいね……」
「だね……なんか怖いね……」
サキちゃんとそんなたわい無い言葉を交わしていると、扉が物凄い勢いで開けられた。そこには息を荒くして立っていた先生がいた。
「川島さん! 今すぐ来て!」
いきなり、私が呼ばれ焦っていると――
「えー……皆さん、これより廊下には一切出ないでください。繰り返します。廊下には一切出ないでください」
と、アナウンスが入ってた。いきなり過ぎて、何がなにか分からなくなった。
「いいから早く来て!」
先生に言われるがままについて行き、たどり着いたのは学校の裏の出口。
「あれ? 先生、職員室じゃないの?」
そう聞くと、先生は俯いた。そこに、何故か救急隊員が現れた。
「あなたが川島コトハさんの御家族ですね? ご同行願います」
「え? え?」
ますますなにがなんだか分からなくなった。言われるがままに救急車に乗せられた。そこで待っていたのは妹であるコトハだった。
「!?」
酷かった。手足は変な方向に曲がっており、顔はぐちゃぐちゃ。さらに、あちこちから血が出ている。咄嗟に吐きそうになるのを抑えた。酷い悪臭だった。実の妹なのにまともに見ることが出来ない。
「なんで……なんで、なんで!? 先生、なんで!?」
「……すまない、川島。どうやら、妹さんはいじめらていたらしい」
申し訳なさそうに言う先生。必死に救命処置をする救急隊員。いじめらて、ぐしゃぐしゃになった妹。何が何だかわからなくなり、そして――
「か、川島さん! 川島さん!」
気を失った。
目を覚ますと知らない天井。そして、腕には点滴が刺されている。扉が叩かれた。
「失礼します。あぁ、川島さん。起きていらしたんですね」
「あの……ここは?」
「病院ですよ。その……妹さんは残念でしたね……」
「え?」
その時、全て思い出した。鮮明に浮かぶコトハの体。脳から離れない血と内蔵の匂い。
「うっ……」
吐きそうになるのを必死に抑える。この気持ち悪いのを早く吐き出したいことで1杯になった。
「大丈夫ですか!?」
「と、トイレ……」
看護師に連れられ、吐いた。気持ちと一緒に流れて行く感じがして、少しに楽になるような感じがしたが、そんなことは決してなかった。口には胃酸の酸っぱく、強烈な嫌な感じが残っている。吐いたせいか、悲しいせいか涙が出る。
「その、ごめんなさい。知っていると思っていたので……」
「消えて!1人にして!」
看護師は黙ってその場を立ち去った。なんとも言えぬ感情がこみ上げて来た。そして、また吐いた。
「オェェ……うっ……オェェェェ」
5回ほど吐いた。といっても3回目ぐらいからは何も出ず、唾液が垂れるだけになった。トイレの水を流し、入念に口を濯ぐ。それでも強烈な匂いと、胃酸独特の酸っぱさが残るが、マシになった。
自分のベットに戻ると見覚えのある背中があった。
「こんな所で何してるの……お父さん」
「カナ……父さんは、父さんは……」
あれだけさんざんコトハに当たったときながら、今になってしょげている。
「ふざけないで! コトハは半分お父さんのせいで死んだもんだよ!」
「どういうことだ?」
「コトハはいじめらてんだよ。そんなこともわからないの? はは、親失格だね。もういいよ。私、出て行くわ」
そう、決めた。今決めた。もう、この人についていけない。ついて行ってもろくなことにならない気しかしない。
「もう、出ていってよ……」
「……わかった。1度、家に帰って来なさい」
お父さんはそれだけ言って帰っていった。お父さんは、何も言わない。言う資格がないのだから……。
それから私は2日後に退院して、家に帰った。
家の中にはお父さんの姿は無く、代わりに旅行用カバンとお金と手紙が置いてあった。
カバンを開けてみると、服や歯磨きセットなど今後に使えるものが入ってあった。
お金は100万円。お札で扇ぎたい気持ちを抑えて数えた。
「ちょうどある……あ、手紙……」
しっかりと封がされており、開けるのに一苦労した。
「ええっと……」
『 川島カナへ。
今更こんなことを言うのもなんだけど、お父さんが間違っていた。こんなことになるなんて思わなかったんだ。許してくれとは言わない。出ていくと言っていたので必要な物は全て用意した。お父さんはこれから働くことに決めた。幼いカナには厳しいかもしれないが、頑張れ。
――父より』
短い文章だが、それでも気持ちは伝わった。泣いた跡。それに、ゴミ箱には何回もやり直したであろう沢山の紙が丸めて捨ててあった。
読んだ手紙の下にもう1枚紙があった。内容は一人で生きていくには難しいからと、住み込みで働ける場所が書いてあった。
「……ありがとう、お父さん」
久しく忘れていた父への感謝の気持ちを思い出した。「ありがとう」という言葉がこんなにもきな臭い気持ちなるとは思わなかった。
「せっかくだから、1日ここに居て、お父さんに礼を言って出ていこう」
そのうち帰って来るだろう。そうに違いないと思った。だが、夜の11時を回ってもなかなか帰ってくる気配はなかった。それに加えて、私はまだ幼い。眠気が襲ってくる。
「ふぁ〜。今日は寝よう」
シャワーを浴び、ベットに入ると眠った。
「おまえの……おま…………んだ!」
変な夢を見た。人を刺している夢。否、実際に刺していた。
「きゃぁあああああ!!!」
目が覚めた私はお父さんの腹の上に乗り、包丁を持っていた。
お父さんはいくつもの刺し傷が残っており、全身が血で全体に溢れかえっていた。そして、その横には「早くおいで」というメッセージが残されていた。
「なに?……なんなのよ、これ! お父さん! お父さん!」
泣いた。私はまた泣いた。さっきの悲鳴が聞こえたのか、ドアを激しくノックする声が聞こえる。
「おい、大丈夫か!?」
ドンドンドンドンドン。激しくドアが叩かれる。私は、助けを求め、ドアを開けた。
「な、なんじゃこりゃ!? ご、強盗か!? だ、だだ、大丈夫かい嬢ちゃん?」
ちょび髭を生やしたおじさんは慌てていた。直ぐに警察が来て、現場を抑えた。何度か質問されたが全てわからないで通した。実際にわからなかった。なんであんなになっていたのか。どうして、私の家族がこんなに死んでいくのか……。
事件は未だに解決せず、私の身柄は、お父さんの残してくれた住み込みで働けるところに移すことにした。
それからはや8年。年月は経ち、私にもついに恋人ができた。せっせと働く毎日、初めの頃は失敗も多く、すごく怒られたがそれでもめげずに頑張り、看板娘として今は働いている。
初めは嫌われていた大家さんにも今は気に入られて、実の娘の様に扱われている。そんな幸せな毎日を過ごした。だが、そんな私にも悩みがある。
「はぁ……」
「ん? カナがため息なんて珍しいな。どうした?」
「え? そう? そんなことないよ〜」
今はデート中。付き合って1年目。よく、お店に来てくれて徐々に会話を交わしていくうちに好きなった。そして、一昨年の夏に告白して付き合うことになった。
「いいから、言ってみな」
「え〜うーん、わかった。あのね、時々変な夢をみるの」
「夢?」
「そう、ずっと待っている夢を見るの」
そう、1人寂しく膝を抱えて待っている夢を見る。
「え、なにそれ。誰を待ってるの?」
「わからない。ただ、週に一回は必ず見るの……」
「なにかストレスか?」
「もぅ〜何言ってのよ!」
そんなたわい無い会話を繰り返すだけで楽しかった。私に取っては最高の幸せ。最高の瞬間だった。
「ねぇ、今日こそ行く?」
「え……うーん。うん。今度こそちゃんと行く」
彼からの夜のお誘い。前は行こうとしたら、心配性の大家さんからタイミングの悪い電話が掛かってきて、結局は行けなかった。
時刻は7時。食事を終え、向かう。大家さんには適当に理由をつけて遅くなるとだけ伝えたから、電話はかかってこないだろう。駅から10分。少し歩くとホテルに付いた。
「こういう場所は実は俺、初めてなんだよね……」
「嘘! 結構詳しいと思ってたのに……」
「まぁ、お互いに初めてということでお互いに大人の階段登ろう!」
無理やり誤魔化しつつも、2人で一緒に入り、フロントで鍵を貰って、部屋に入った。
中は結構広く、大きめのベットが1つ、テレビが1台、あとは消灯が2個ベットの端に付いており、真ん中にはフロントへドリンクなどを注文する電話などが置かれていた。
ここに入れば一生住めるのではないかと思うほど充実しており、そのすごさに圧倒され、お互いにゴクリと息を呑む。
「ど、どうすればいいんだ?」
「えっ……そんなこと言われても……あ、とりあえずお風呂に入って来るね!」
私は場を逃れるために必死に逃げた。服を脱ぎ、扉を開けると真っ白な空間だった。湯気がもやもやと出ており、湯は張り巡らされている。シャワーから出る水が頭から流れ落ちてゆく。
「はぁ……こんなにすごいとか聞いてないよ……」
少し温もり、出ると彼は酔っ払っていた。
「おう! 早かったな!」
ベットに寝転がりながら、ワインを片手に持ちがぶ飲みしていた。顔は真っ赤に若干だが、呂律が回らなくなってきている。お酒が弱いくせに意地を張って飲むところが彼の悪い癖だ。
「何飲んでんのよ!」
「えー。いいじゃねぇーか!」
もう、目が半開き状態になっていた。そして、その数秒後に彼は落ちた。それでも彼の凄いところはきちんとワインが倒れないように置いておくというとこだった。
「全く……こういうところだけはしっかりしてるんだから」
私は彼が飲んだワインの残りを飲む。バスタオル1枚だけなので冷えるがそれでも構わない。雰囲気を作ってあげたがそれも無駄に終わってしまったのだ。だから、これはやつ酒。
「あ、これ美味しい」
味わって飲む。気がつけば空になり、やることが無くなった。時刻は11時。お酒のせいかだんだんと眠くなってきた。
「ふぁ〜。もう、寝よう……」
寝るのはもちろん、彼の腕の中。とても大きく、安心する。しっかりと包み込んでくれるような大きな体。とても愛おしい感じがする。そして、それの感情はとても懐かしい。
「コトハ……」
妹の名前が不意に出た。意識した訳ではなく、ただ単に呼んでみただけだ。
「おやすみ」
1人、そう呟き、意識を暗闇へと落とす。
また、夢を見た。今度は待っているではなく怒っていた。
「……を取る……許さない!!」
そんな怒っている夢。なかなか醒めなかった。ただ怒っている夢を見ていた。
その子は振り返って――
「約束、守ってね?」
と、そこで目が覚めた。
「いやぁ……もう、いや」
気がつくと、そこに私はいた。目の前に広がるのは、ぐちゃぐちゃに潰されている大好きな彼の頭。それに、腸や胃といった内蔵。さらにその奥には、手や足といった胴体がバラバラに切断されて切られていた。
もちろん、私の体には真っ赤な彼の返り血がべっとりと付着している。先に向かえば向かうほど、血は濃くなり、色は黒くなる。手には、彼の頭を潰したと思われる割れたワインのビンが握ってある。
壁にはあの時と同じく『まだ?』という文字が書かれてある。
「あぁ、やっぱりあなただったのね……わかったわ。約束……だもんね? 今、行くわ」
私はカーテンを破って、細くし、強度を高め、天井から吊るす。輪っかを作り、首が入れる様にする。
「約束は守らないとダメだよね? 私が愛した相手はあなたが殺しちゃうのよね……あなたのためにも、私が愛した人のためにも、……待っててね、お姉ちゃん、直ぐにあなたを迎えに行くわ」
私は輪っかの中に首を入れて、宙にぶら下がった。




