第1-1話 最強(ザ・ワン)
目を覚ますと見知らぬ森に、一人座り込んでいた僕は歩きもせず、ただ一人ぼーっと空を眺めていた。
何が起きたかも解らず、こんな土地に飛ばされ見渡すも視界に入るのは木や草ばかり、それに歩いた所で人に出会えるとも思えない。
漫画の主人公なら「状況を確認するためにも、まずは探索から始めよう」等と勇ましく歩き出すのだろう、だが僕にはそれが出来ない。
これまでの人生を悔いて、頭で思い描き「どうすればよかった」「あぁすれば良かった」等と、一人自問自答し頭を悩ませていた。
するとその時、周りの草むらからガサガサと何かが音を立てている。何かとてつもなく悪い予感がする、いや悪い予感は的中した。
全身茶色の体毛に覆われ、犬歯はサーベルタイガーの様に長く伸びた、まるで狼の様な生物が7匹、いや8匹だろうか僕の周囲を取り囲んでいる。
喉を鳴らし、此方に威嚇してきている様子は、あまり動物に詳しく無い僕でも「攻撃の意志」を感じた、通る度に吠えてきた近所の犬等比にならない程の、恐怖は僕の体を蝕み動けなくさせていた。
目の前の内の1匹が僕に飛びかかり、その1匹に釣られ他の狼の様な生物も飛びかかってきた。
どうやらここで僕の、第二の人生は終了らしいです。目をつぶり、これから来るであろう痛みに備えたその時
ブゥゥゥゥゥゥゥッ
何やら異世界に似つかわしくない、エンジン音の様な音が聞こえ、2つの車輪を携えた青い「バイク」に、それを操る全身真っ黒な服に身を包んだ男が、僕の頭上を飛び越えバイクの前輪で、1匹の狼の頭を粉微塵に粉砕してゆく。
その姿はまるで、小さな頃に大好きで見ていた「特撮ヒーロー」を、僕に連想させていた。狼は頭部を破壊され、脳漿を飛び散らせた後、ピクピクと2,3回跳ねた後動かなくなり、その場で絶命する。
他の飛びかかってきた狼は、その男がバイクの前輪が着地すると同時に、180度ターンをし後輪で狼達を吹き飛ばしていった。そう今僕を助けたこの人物こそ「異世界最強」の名を持ち、僕の人生観を大きく変えた先生とも言える人物だ。
男は周囲の安全を確認し、バイクからゆっくりと降り此方を見つめていた。ライトブルーのゴーグルに、鉄製のマスクの様な物を付け顔はよく解らなかったが、細身の体には服越しでも解るほどぎっしりと詰まった、重量感のある筋肉質な体。
身長は僕よりも高く170cmはあるだろうか、頭の先から靴に至るまで身につけている装飾品は、どこか高貴な方を連想させ気品に満ち溢れていた。
「君…大丈夫かい」
男は此方に歩み寄り手を差し出す、僕は手を掴み僕を引っ張り上げられる。お礼をしようと思ったが、声が出なかった。代わりに「あ…あ…」と拙い音だけが、発せられているのは自分でも情けなかった。
周囲に居た狼は激しく吠え、此方に敵意をむき出しにしていたが、目の前の男が少し振り向き「うるさいぞ」と、狼に怒る訳でも無くただ淡々と言葉を発したら、狼達は蜘蛛の子を散らすように退散していった。
「君はもしかして日本人…じゃあないか?それも花島学院の生徒だろ?」
彼は僕の姿形を見ただけで、ひと目で日本人という事を当ててしまった。
「は…はい、助けてくれて、あ…有難うございます。」
「いやいや礼には及ばないよ。でも日本か…懐かしいな」
昔を思いやる様に彼は言葉を描く、そして助けた事を押し付けるでも無く「当然の事をした」と当たり前の事のように振る舞う。
ゴーグルを外しマスクを取った彼の顔は、二十代中頃だろうか清涼感のある顔立ちをし、目はくっきりと力強い印象を与える。
「自己紹介がまだだったね。俺は順「赤岩 順」(あかいわ じゅん)、古い同郷の吉見だ、近くの村まで送ってくよ」
「あ…ありがとう…ございます。ぼ…僕は「岡野 仁」…って言います」
赤岩さんは、僕の自己紹介を聞くと直ぐにこう言ってきた、それはあまりにも図星で言い返せなかった。
「君もしかして「いじめられっ子」だろ」
「うっ…はい」
すると彼は優しく微笑み、頭をポンポンと撫でてきた。その手はとても暖かく、兄が居ればこんな感じなのかと薄ぼんやり考えていた。一人っ子で両親は多忙の身、頼れる友達も兄弟も居なかった僕にはとても新鮮だった。
「なら良いことを教えてやろう。君の様な「辛さ」を知ってる人間だからこそ出来ることがある。何よりこの世界はまだ俺の手の届かない所に、辛い思いをしている人が何万何十万といる。前の人生で出来なかった事を、今この世界で新しく初めてみたらどうかな」
「僕…だからこそ…出来ること」
「そう。そのために必要なのは少しの行動と、ほんのちょっぴりの勇気だ」
彼はそう言うと僕をバイクの後部席に乗るよう促し、もの凄い勢いでアクセルをふかした。僕が乗ると「喋ると舌を噛むぜ」とだけ彼は言い、森の中をフルスロットルで駆け抜けていった。
始動は前輪が浮き怖かったが、その後は時速200kmは出てるような速度で木々の間を縫い、崖は支障もなく飛び去る。彼の右胸が淡く青い色に光ったと思うと、バイクは更に速度を増し、音が少し遅れて聞こえた。
そして直ぐ様開けた草原の様な場所に出た、馬車が行き交いその横を僕等は追い越してゆく。時代背景は中世のヨーロッパ辺りだろうか、歴史に詳しく無いからよくわからないが、辺りを見回すとそんな風に感じ取れる。
そんなこんなで、5分も掛からない内に近くの村にたどり着いた。歩いて来たならどれだけ時間がかかっていたのだろう、考えただけでもゾッとする。
「仁君、俺は村長に用があるからこれで失礼するよ」
「ちょ…っちょっと待って下さい赤岩さん!」
何故だ。何故僕はここで赤岩さんを引き止めたんだろう、それに生まれて初めてだこんな大きな声を出したのは。
「ん?なんだい」
「ぼ…僕は、これから一体…どうすれば」
「それを決めるのは君の心さ、俺じゃないよ。君がどうしたいか、今何をすべきか、将来どうなりたいか、その決断次第で君の未来は何色にも変わる。俺が言えるのはそれだけさ」
赤岩さんは、そう言った後に「餞別だ」といってピカピカに磨かれた、金色のコイン1枚を僕に手渡し歩き去っていった。
このコインはこの世界の通貨で、この金貨1枚あれば贅沢さえしなければ暫くは暮らせるらしい。
彼の歩いていった先を見つめていると、何やら金色に光る装飾品が落ちている。ボタン?家紋の様な柄の入った、とても高価な物が落ちていた。
確信は無いが赤岩さんの物だと思った僕は、それを手に持ち歩きながら赤岩さんを探していた。
だが歩きまわり、村長の家も解らず赤岩さんの足取りも解らず、夕暮れを迎えようとしていた。
その時男女の2人組が僕に声を掛けてきた、最初は青い髪の僕と歳や身長は同じ位の、女の子が話しかけてきてくれた。
「ねぇ君、さっきから村の中をグルグル歩きまわってどうしたの?」
「え…あ…いや…その」
僕が言葉に詰まっていると、その後ろに居た、女の子と同じ青い色の髪をした、目の前の少し大柄な青年が啖呵を切り、少々怒気混じりに口を開いた。
「なんだよ、はっきりしねぇなぁ。もっとシャキッと喋れよ」
「うぅ…」
「もう!ダメよカイル!この子困ってるわ。可哀想よ」
「そうは言ってもよハナ、俺はこうゆうヘナヘナした男は大っ嫌いなんだ。」
女の子の方はハナ、男の方はカイルという名前のようだ。
ハナちゃんはとても優しく接してくれるが、カイルさんは僕のことが嫌いらしい。
「ぼ…僕は、あの、赤岩さんって人を探してて…」
「えっ!?お前あの最強と知り合いなのかよ!?」
カイルさんは突然目を輝かせ、僕の肩を掴み質問をして来た。
「い…痛いです、カイルさん」
「あっあぁ…すまん」
「もう、カイルったら最強さんの話しになると見境いがないんだから」
ハァ…とハナはため息を払い、カイルを叱ると言うより、言い聞かせる様に落ち着かせる。
どうやらこの2人の話しを掻い摘んで整理すると、赤岩さんは
三年前のイーリア歴824年に、約800年以上前から生きる最強の魔族を討伐し、そこから「赤岩探偵事務所」なるものを開設し、世界各国のありとあらゆる騒動を沈静化し、悪しきを許さず、弱者に手を伸ばす文字通りヒーローの様な存在だそうだ。
人当たりも良く、礼儀や義を重きに置き、受けた依頼は5人の仲間と共に完全にこなすという、超人じみた活躍をし今世界で「最強」の名を知らない者は殆ど居ない、程のビックネームとまでなっている。
だがそのプライベートは、辺境に住んでいると言う事しか明かされておらず、ミステリアスな一面もあるらしく、男性女性問わずファンが多いみたいだ。
カイルさんも、そのファンの一人らしい。
「カ…カイルさん!ぼっ…僕…赤岩さんに会いたいです!どうしたら会えますか?」
「んー…それは難しいんじゃないかな、最強は世界を飛び回ってるそうだし、家に行った所で追い返されるのが関の山かもな」
そんな話しをしていると、もう辺りには太陽の顔は見えず、代わりに月が顔を見せようとしていた時間だ。
その晩僕は、カイルさんとハナちゃんの好意に甘え家で一泊させて貰う事となった。
時はイーリア歴827年~春の月27日目
場所はここ、イーリア大陸最南端の村「トクルの村」から始まった。
To Be Continued