表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゴリラの面接官

作者: 秋田 槌男

 その一・ゴリラの面接官現る


 そのニュースは日本中を瞬く間に駆け巡った。

全国紙からスポーツ新聞、ネットニュースにまとめサイト、テレビに至るまで殆ど全ての報道メディアがそのニュースを取り扱った。

ゴリラの面接官現る。大企業として有名な兎山九彩株式会社は人事改革として、就職面接の面接官にゴリラ(京都市左京区岡崎京都市動物園出身・推定無職)を採用したことを発表した。

当時のインタビュー映像にある記者と関係者の対談の一部を再生する。

「この度、兎山九彩株式会社は面接官としてゴリラを採用したとのことだが?」

「事実になります」

「ゴリラは希少動物として保護されている種ですが、御社としての見解をお伺いしたいのですが」

「この度我が社が採用いたしましたニシローランドゴリラのニッシーさんは京都市動物園で繁殖されたものであり、生物保護的観点から見ても問題はありません。政府からのコンセンサスも得られております」

「ゴリラを面接官に採用するのは日本の企業で初の試みだと思われますが、それについてどう思われますか?」

「近年の就職活動では写真の加工、自己PRでの創作等、企業の面接官を欺こうとする風潮が蔓延しております。そのため、我が社としては人の目で見抜けないセンスや野生の勘、真実を見通す目をもってその実力を発揮してもらいたいと考え、採用に至りました。初の試みではあると思いますが、我が社としては寧ろ誇らしい限りです」


 その二・就活サイト「シューナビ!」にて


 就活生みんなが憧れる大企業「兎山九彩株式会社」が面接官としてゴリラを採用したことが話題になっています。シューナビ!記事担当者もこのニュースを聞いた時とても驚きました。

しかし! 兎山九彩株式会社への就職を狙う人たちにとっては他人事ではないハズ! そこで、ゴリラの面接官対策を上げていきます!

実はゴリラは温厚な生き物です。特定の時期を除けば繊細で、ストレスを感じやすい性格なんです。気遣いを忘れないように気をつけなければいけません。

第二に、ゴリラは雑食性です。バナナが好き、というのは偏見でしかありません。基本的に果実等の植物を食べますが、現地アフリカでは何とシロアリやアリを食べて動物質を補充するんです。意外でしたか?

私が書ける情報はこれぐらいですが、実際はゴリラも色々だと思います。この記事だけではなく色んな媒体から情報を吸収して、目指せ内定!

(担当・中山辰広)


 その3・兎山九彩株式会社内部


「なんであの企画が通っちゃうんだよお……」

 兎山九彩株式会社で働き始めて十年目。俺は同期たちとの出世レースで遅れを取り、半ば閑職と化していた人事部へ配属され、見たくもない就活生たちの顔を見て、嘘臭い自己PRを散々聞かされてきた。場合によっては例の人事改革とやらで人員削減の対象にされていてもおかしくなかった。その空気を敏感に感じ取っていた俺は転職活動をして無事内定を獲得。そして、会社を去る前に一度砂をかけてやろうと意気込んで作った企画書がこのゴリラ面接官案だった。

「この案は現在の我が社の人事改革の一環として、面接官にゴリラを採用しようというものです」

 幾度と無く行ったプレゼン。適当に作ったはずが人事部長の目に止まり、その次に還暦間近のベテラン専務の目に止まり、若い社長の反対を会長らが押し切る形で実行となった、いや、なってしまった。会長らはその強力なコネクションでもって動物園からゴリラを連れて来て本気でこの案を実行する気らしく、俺は関係会社に引っ張りだこ。そこらじゅうでこの今にも大爆笑してしまいそうなゴリラ面接官案を真顔で説明するハメになっている。事実、新人たちの前でプレゼンを行った時は一人耐え切れずに大笑いし、他の社員も同様に笑いを堪えているような有様だった。ちなみに大笑いした新人は首になった。

勿論、転職活動の成果は全てパアになった。というより、会社から引き止められた。この下らない企画書だけで四桁万円のボーナスを支給するつもりらしい。そうして会長やその他年寄り連中は

「これこそイノベーションだ」

 と、今にも外れそうな入れ歯をふがふがと言わせながら大声で主張するのである。若い社長が人員整理を行いたがる気持ちが心底よく分かった。

しかし、ゴリラ面接官騒動のど真ん中に居る俺はこの一件でほとほと会社に嫌気が差していた。ボーナスを貰いほとぼりが冷め次第、俺はこの泥船(近々、動物園になる)から降り、真っ当な人生を歩んでいくつもりで居た。


 その4・ゴリラの面接


「それでは、第六次面接を開始させていただきます」

「うほっ」

 面接官は三人。いや、二人と一匹である。対面に座る青年は就活生風な清廉すぎて逆に厭味ったらしい笑みを浮かべながら、元気良く返答をする。

「本日はどうか、よろしくお願い致します!」

 その声に、ゴリラはびくりと反応した。ゴリラは臆病なのだ。面接の構成は、今まで幾度と無く繰り返された月並みで誰も彼もが一度は聞いたことがあり、就活生であれば耳にタコが出来てたこ焼きのバーゲンセールが出来そうな質問を連発した後に、一定時間のこれまたありがちな自己PRタイム。そして最後にゴリラのために設けられたフリータイムがある。勿論、この就活生も第六次までの面接をくぐり抜けたいわば修羅であり、この程度のベーシックな面接などは余裕でこなす。しかし、困惑したのはゴリラとのフリータイムである。サークルの友人や早期内定組らがゴリラの面接官を笑い飛ばすが、彼本人としては全く笑えない問題であり、人生を決めるいわばデッドオアアライブの瀬戸際なのだ。勿論、彼はゴリラ対策を真面目な顔で進めてきたが、いざ目の前にすると頭が真っ白になって何も出来なくなる。当たり前だ、他の場所でゴリラの面接官なんぞ相手にしたことがないのだから。

フリータイムで絶句してしまった青年は悲しいかな、書きたくて書いたわけでもない昔ながらの手書きの履歴書のコピーに不採用と赤文字を入れられてしまう。

青年が去った後、月並みな質問を吐き出すボットと化していただけの男性は

「いいじゃないか。振るい落とすのに丁度いい!」

 と、したり顔で言い放った。

次の青年は、フリータイムでゴリラの顔をまじまじと覗き込み、好奇心に負け頭を撫でた。するとゴリラの面接官は

「うほっほー!」

 という叫びと共にその青年の頭を七二〇度、つまり二回転させてしまう。裏で控えていた救急スタッフが彼を担架で運び出すが、手遅れなのは間違いあるまい。

次。彼は独自の解決方法を持ち込んだ。フリータイムはその名の通り自由だ。ならばバナナでゴリラを買収してやろうと意気込み、フリータイムになってバッグからバナナを取り出した。しかし、このゴリラの面接官は美食家であった。百均で買ったバナナなぞは受け付けないぞとばかりに彼の胸に華麗なストレートパンチをかまし、救急スタッフの仕事を生み出した。

その日最後の青年は、ゴリラのイメージそのままにドラミングによって会話を試みたが、ゴリラの世界においてドラミングは威嚇で使用するものである。彼の末路が如何なるものになったかは読者の想像にお任せしよう。そして、今日面接を担当した男性は、この日の就活生のうちの一人が兎山九彩株式会社のリクルーターによって探し出され、わざわざ嘆願してまで会社の面接を受けてもらっているなどという事実は知ってすらいない。


 その4・今


「はは、そんな会社あるわけねーだろ」

 今年、高校二年になる息子はそう言って私の言葉を一笑に付した。

「嘘みたいだよな。でもこれ本当なんだよ」

「嘘つくなよ。親父、もうボケたのか?」

「そんなわけないだろう」

 勿論、彼がかつてゴリラ面接官案のプレゼンをそこらじゅうで行っていたことは、ボケによって忘れ去ってしまったわけではない。

今、兎山九彩株式会社は存在しない。

若い社長が改革によって会社の新陳代謝を図ろうとしたが、ゴリラ面接官案によって会長やベテラン達の地位が向上してしまい、その後も改革は頓挫を続け、最終的に会社は倒産した。

かつてゴリラ面接官案を出した元兎山九彩社員である彼も今では立派な父親としての人生を送っている。改革に失敗した若い社長も新規事業を立ち上げ、また世間に知られるようになってきた。

ゴリラのニッシーはその後、京都市動物園へと戻され、ストレスの影響かやや短命である三十年でその激動の生涯を終えた。

最後に、会長やベテラン社員達の行方は杳として知れていない。


 了

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ