プロローグー4
「無事に土方提督の長男は、フランスに到着したらしいな」
土方歳一少尉がマルセイユに到着して数日後、第1海兵師団司令部を訪ねてきた林忠崇元帥の最初の一言に、土方勇志少将は思わず畏まって林元帥に答えた。
「非才な息子ですが」
「海軍兵学校を無事に入学、卒業できたのだから、大したものだ」
林元帥は笑いながら言った後で続けた。
「わしも老いるわけだな。あのわしの大恩人の土方歳三提督の初孫が海兵隊士官に任官するとは。しっかり第3海兵師団で鍛えてもらえ。鬼貫が鍛えてくれるぞ」
「私の息子のことをそこまで把握しておられるのですか」
土方少将は思わず驚いた。
「大恩人の孫で海兵隊に入っている以上、当然、わしは把握しておるぞ」
林元帥は何でもない事のように答えた。
土方少将は更に驚いた。
まさか、そこまで息子のことを把握してもらえているとは思いもよらなかったのだ。
息子にとって、林元帥は雲の上のような存在だ。
林元帥がお前のことを知っているぞ、と息子に伝えたら、さぞ喜ぶだろう。
「私事はそれくらいにして、本題に入るか」
林元帥は、あらためて土方少将を見据えた。
「秋山総参謀長から提案があったのだが、英仏から提供してもらえる戦車を集中運用してはどうか、と考えているのだ」
「ほう」
林元帥の話に、土方少将は驚いた。
「戦車と言う新兵器を提供してもらえるとは。どれくらいもらえるのです」
「200両ほど、全て戦闘用の戦車だったかな。補助用はまた別途という話だ」
林元帥はさらっと言ったが、土方少将は驚愕した。
「ちょっと待ってください。200両ですか。カンブレーで英軍が投入した戦車が補助も含めて500両も無かったはずです」
「いいことではないか。それだけ期待されているということだぞ」
林元帥は春風駘蕩のような気配すら漂わせた。
「期待され過ぎのような気がしますが」
土方少将は半分、呆然とした表情を浮かべながら言った。
日本陸軍に戦車は1両もないのに、海兵隊が200両以上も戦車を保有してどうするのだ。
「更に米国から大量の自動車も提供されることになった。1個師団だけなら完全自動車化が可能だ」
林元帥は上機嫌な顔で更に言ったが、その言葉の中に含まれた1個師団、という言葉が耳に入った瞬間、土方少将は嫌な予感が急に膨らんだ。
土方少将は林元帥の話をさえぎることにした。
「その1個師団は、第1海兵師団ではないでしょうね」
土方は声の中に警戒の色を潜ませた。
「ありゃ、ばれたか。さすがは土方歳三提督の子だ」
林元帥は呵々大笑した。
「第1海兵師団を完全自動車化して、戦車も全て集中配備する予定だ。現代の伝習隊は、戦車を先頭に立てて、完全自動車化されて敵と戦うわけだ。いやあ、わしも老いる筈だ」
「さらっと怖いことを言わないでください」
土方少将は気が遠くなりそうになった。
補助を含めれば戦車200両以上を保有して、完全に自動車化された海兵師団だと。
10年ほど前の日露戦争時には考えられもしなかった師団ではないか。
それを自分が率いる。
名誉極まりないことだが、自分にそれができるだろうか。
「心配するな。第1海兵師団が最前線に赴くのは早くとも8月、わしとしては9月以降のつもりだ」
林元帥は、土方少将の気を少しは楽にするつもりなのか、言葉を続けた。
となると、半年程は時間がある、土方少将はほっとしたが、林元帥の次の言葉に打ちのめされた。
「その代り、それだけ地上部隊と航空部隊の連携が進むだろう。精いっぱい頑張るように」
土方少将は唸った。
実際、この世界大戦が始まってから、地上部隊と航空部隊の連携は進歩する一方だった。
半年後にはどうなっているだろうか、土方少将は不安がこみあげた。