プロローグー3
土方歳一少尉や岡村徳三少尉は日本海軍航空隊の編隊飛行を感嘆しながら見ていたが、木村昌福中尉は同じものを駆逐艦「樺」の艦上で眺めながら思った。
まともな航空支援が対潜作戦で欲しいものだと。
「樺」は、土方少尉達、日本からの欧州への補充兵を大量に乗せた輸送船団を護衛を担当することになった日本欧州派遣艦隊所属の駆逐艦の1隻だった。
「樺」を含めて、延べにしてだが駆逐艦12隻、それに旗艦として装甲巡洋艦「日進」からなる護衛艦隊でアレクサンドリアからマルセイユまで輸送船団の護衛を日本欧州派遣艦隊は完遂した。
最終的に輸送船の損害は0、護衛艦の損害にしても、駆逐艦「桜」1隻が損傷したのみで、英仏からの評価も上々、欧州派遣艦隊総司令官にして護衛艦隊の長官を務めた八代六郎中将からもお褒めの言葉を護衛艦隊の各艦長は賜った。
だが、木村中尉の内心は違う思いを抱いていた。
航空支援があれば、もう少しましな結果が得られたのではないか。
何しろ、日本海軍は輸送船団の襲撃を試みた独墺の潜水艦に一指も触れられなかったのだ。
「水中聴音機に感あり。感一、いや感二に増大。左舷後方、東南東です」
木村中尉は、思わず叫んだ。
「本艦は先程、変針したから、南南東だな」
艦長の堀悌吉少佐は冷静に判断した。
「船団司令部に打電。本艦は対潜制圧行動を試みる。本船団より南南東の方角に潜水艦を探知した」
「直ちに打電します」
通信長が、堀少佐に返答し、直ちに打電する。
「木村中尉は、耳を澄ませて、潜水艦を追い求めろ」
堀少佐からの命令とも激励とも取れる発言を受けた木村中尉はより耳を澄ませた。
だが、水中聴音機の雑音がひどい。
更に、船団護衛に当たっている駆逐艦に探知されたことに潜水艦側も気づいたのだろう。
輸送船団から離れる方角に向かっているようだ。
木村中尉は歯ぎしりする思いに駆られた。
同期の田中頼三中尉なら思わず当り散らしているだろう。
懸命に耳を澄まし出してから、1時間近くが経った。
木村中尉は思わず時計を観返したが、既に5分以上、潜水艦の発する音は自分の耳に入ってこない。
「すみません、完全に失探しました」
木村中尉は肩を落として、報告する羽目になった。
「仕方がない。輸送船に被害が出ていない以上、勝ちと思おう」
堀少佐の慰めは、木村中尉の心を却ってえぐった。
木村中尉は思った。
あの時、航空支援があれば、潜水艦を仕留められたのではないか。
完全に水没した潜水艦と言えど、水深数メートルに止まるうちなら、空からの目視で発見できる。
水上艦からの目視では、潜望鏡を上げていないと潜水艦はまず探知できない。
航空機と護衛艦の組み合わせで、潜水艦の脅威を排除できるのではないか。
木村中尉と似たような感想を八代中将も「日進」の艦橋上で持っていた。
「素晴らしい編隊飛行だな。海軍航空隊は艦隊と共にあるべきだ」
八代中将は述懐しながら、更に内心で思った。
「だが、海軍予算は限られている。海兵隊の航空支援は陸軍航空隊に任せられないものだろうか」
八代中将の思いも無理が無かった。
海兵隊の航空支援任務のために大量の航空機を海軍は買い込んでいた。
この世界大戦が終わった後も、海兵隊の航空支援任務のために航空隊の維持は必要だろうが、そのために海軍本体の航空隊の整備が困難になっては、海軍本体としては面白くないどころの話ではなかった。
そして、八代中将の思いは海軍本体の多くの士官が共有する思いでもあった。
様々な思惑が交錯していき、瓢箪から駒のような形で、日本空軍が誕生することになるのだが、それはまた後で語られる話である。




