プロローグー2
「新型エンジンを積むとこうも違うのか」
大西瀧治郎中尉は感嘆していた。
「機体は同じ筈だよな」
「同じ筈ですがね」
大西中尉の後席に乗っている草鹿龍之介中尉は多少不機嫌な声を上げた。
草鹿中尉が不機嫌になるのも無理はなかった。
大西中尉はこの機体に乗り込むや否や、すぐに慣熟飛行と称して曲芸飛行を行ったのだ。
宙返りから捻り込み等々、この飛行機を操っている大西中尉は次に何をするか考えて機体を動かすのだが、後席に乗っている草鹿中尉には大西中尉の考えが分からない。
大西中尉の曲芸飛行に結果的に草鹿中尉は振り回される羽目になった。
大西中尉が先輩なので遠慮しているが、草鹿中尉は完全に乗り物酔いを起こしていた。
「こんな曲乗りを楽しめたのだから、不機嫌な声を上げるな」
大西中尉は呵々大笑しそうなご機嫌振りだった。
「本当に米国製のDH4が、英国製とはエンジンが違うとは聞いていたが、エンジンの違いでここまで性能が違うとは思わなかった。これなら独軍の戦闘機と正面から戦ってもまず勝てるぞ。草鹿もそう思うだろうが、違うか」
「確かにそうですが」
草鹿中尉は歯切れの悪い回答をした。
乗り物酔いのせいもあるが、大西中尉がこんな機嫌の時はろくなことがないのが、草鹿中尉には長年の付き合いで分かっている、何を言いだすのか、と草鹿中尉は身構えた。
「教え子全員を連れてマルセイユ港まで訓練飛行をしよう。新型機のお披露目だ」
「それは、山本五十六少佐の許可が最低でも必要では」
大西中尉の提案を、草鹿中尉は止めたが、大西中尉は聞く耳を持たない。
「そんなもの、事後承諾でいい。行くぞ」
大西中尉は、教え子たち20名余りを強引に訓練飛行と称して連れだし、マルセイユ市上空で米国製のリバティエンジンを積んだDH4で編隊を組んでの曲芸飛行を行った。
当然、草鹿中尉は道連れである。
飛行場に帰投した後、許可なしに勝手に訓練飛行を行ったとして、大西中尉は戒告処分を食らったが、大西中尉は平然として、見事な曲芸飛行を披露して何が悪いんだ、と人を食った態度を取った。
結果的に、草鹿中尉は胃に穴が開くような思いをする羽目になった。
そして、土方歳一少尉や岡村徳三少尉が目撃したのは、この大西中尉達の曲芸飛行だった。
それを目撃して、土方少尉達は衝撃を覚えた。
「ここでは、次元の違う戦闘をしている」
土方少尉は独り言を言い、岡村少尉も無言で肯いた。
日本国内で土方少尉たちが学んできた陸戦は、二次元で考えるものだった。
しかし、欧州では航空機が陸戦に加わり、三次元で考えねばならないものに進化していたのだ。
もちろん、海軍兵学校で航空機の使用を教えていなかったわけではない。
海戦、陸戦で航空機が使用されることを想定して、兵棋演習等を行うことさえあった。
だが、あくまでも例外的に航空機が使用されるという発想だった。
日常的に航空機を使用するとは考えていなかったのだ。
土方少尉達はマルセイユ港に上陸して早々に日本軍機、数十機の編隊飛行を目撃することになって感嘆する思いを抱いた。
日本国内にある陸海軍の軍用機全てをかき集めた数に匹敵する数の航空機が、ここでは日の丸を着けて訓練飛行を行っている。
訓練ですらこの有様だ。
実戦ではもっと航空機が日常的に使用されているだろう。
しかし、それでも英仏米、更に敵国の独から見れば、これは蟷螂の斧に過ぎないのだ。
急激に拡張を果たしたとはいえ日本の陸海軍の航空隊の貧弱さは目を覆うばかりだった。
これを改善しようと日本陸海軍の上層部は頭を痛めていた。