第1章ー13
3月25日未明を期して、英仏軍の反攻が始まった。
4日の間、独軍は無理を重ねて進軍してきたが、遂に破断界を迎えようとしていた。
最前線の独兵の多くが略奪に走ったため、最前線の部隊の大部分が事実上混乱していたのも大きかった。
第1線から第2線、第2線から第3線と後方程厚みを増す英軍の防御の前に、進軍する独軍は少しずつ削り取られており、緒戦の奇襲の利を失った独軍は士気の低下も相まって、押されるようになった。
「何とかしろ。「マルス」を急きょ発動する」
ルーデンドルフ参謀次長は独参謀本部で吠えた。
「マルス」、英軍が最も集結しているアラス地区を攻撃する作戦である。
破たんしつつある「ミヒャエル」作戦参加部隊を側面から救うため、「マルス」を発動しようというのだ。
ヴェッツエル統合作戦本部長は、猛反対した。
「「ミヒャエル」作戦参加部隊は自力で下がらせるべきです。今から「マルス」を発動しては、博打で失った金を更に分の悪い博打で取り返そうとするようなものになります」
ヴェッツエル統合作戦本部長の反対も最もだった。
「ミヒャエル」作戦のために、「マルス」本来の作戦参加部隊は削られているのだ。
予定より少ない部隊で、英軍の防御が最も固い所を攻撃する。
失敗が目に見えているではないか。
「「ミヒャエル」作戦参加部隊を見殺しにしろと言うのか、戦友愛は無いのか」
ルーデンドルフはヴェッツエルを叱りつけた。
所詮は将軍対中佐である、ヴェッツエルは引き下がらざるを得なかった。
3月26日朝、「マルス」は急きょ発動されたが、ヴェッツエル中佐の懸念通りになった。
英軍の最も固い所を攻めるために、急きょかき集められた9個師団の独軍は英軍の防御の前に無慈悲に散る羽目になった。
3月29日朝、ルーデンドルフは「ミヒャエル」、「マルス」両作戦の完全中止、ヒンデンブルク・ラインへの独軍の撤退をあらためて指示したが、その決断は遅きに失した感があった。
同日、英仏軍の物量を存分に生かした反攻が本格化した。
北からは英軍が、南からは仏軍が進撃した独軍の側面を衝いて、独軍の挟撃を策した。
「後手からの一撃か」
マンシュタイン大尉は、英仏軍の手並みの良さに称賛の声を内心で呟いた。
「独軍の攻勢衝力を逆用して、懐深くに誘い込み、引き返し不可能な状況に陥らせるとは」
マンシュタイン大尉は更に内心で英仏軍を讃嘆したが、同時に決意した。
「何としても包囲されつつある独軍を救出して見せる。所詮はお互いに歩兵なのだ」
そう、歩兵同士である以上、退却に専念すれば独兵は逃げ切れるはずだ。
サン=カンタン地区が「荒地」である以上、独軍の速やかな進撃も阻まれたが、英仏軍の速やかな反攻も阻まれることになる。
フティエア将軍は衝撃を受けていた。
「ミヒャエル」、「マルス」両作戦に無理を重ねて72個師団を攻勢に投入したが、それに参加した突撃部隊は結果的にほぼ消滅しているはずだ。
浸透戦術を行う際に先鋒を務めるのが、突撃部隊である。
師団の中から精鋭を集めて突撃部隊を編成するのだが、先鋒を務めた突撃部隊が大量に消耗していることが指揮下にある各師団から報告されており、突撃部隊消滅と言っていい状況にあることが軍司令部では把握されつつあった。
「自分の指揮下にあるほぼ全師団がそのような状況下にある以上、自分以外の軍も同様だろう」
将軍は思いを巡らせた。
「突撃部隊が失われるということは額面以上に師団の戦力が失われる」
将軍は思わず空を仰いだ。
「我が第18軍は守勢に移らざるを得ない。それでも英仏軍の反攻を阻止しきれるか、微妙だな」
将軍は今回の作戦に後悔の念をひたすら抱いた。
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