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第1章ー11

 独英仏日、それぞれの軍司令部が不安を覚えてはいたが、3月21日午前4時40分、「ミヒャエル」作戦は発動された。


 これまでの数々の戦訓から、独軍は毒ガス弾を多用した。

「ミヒャエル」作戦発動に際して、使用された砲弾の約5割が毒ガス弾だった。

 そして、多数の毒ガスを混合して使うという悪夢の手段も当然のように使用された。


「炭鉱のカナリアか、本当に炭鉱のカナリアになったな」

 第1線の塹壕を僅かな部隊で守っていた英軍の将校は末期の息をしながら思った。

「部下もほとんどが死んだか。わしもすぐに逝く」

 塹壕の中を見回したところ、部下のほとんどは身じろぎ一つしていない、独軍の大量の毒ガス攻撃の前に少なくとも意識を失っているようだ。

 毒ガス溜まりの中で意識を失っては、天に召される以外の運命が待っているはずもない。


「だが、少なくとも後方に警報を発することはできた。戦友が自分達の敵を討っていることを天国から見せてもらおう」

 そう苦しい息の中から言って、英軍将校は重くなった瞼を閉じた。

 独軍の突撃部隊が前進してきたのか、新たなかすかな地面の揺らぎを英軍将校は感じつつ絶息した。


 午前9時40分、独軍の砲弾の雨は、突撃部隊の支援のために、前進弾幕射撃に完全に切り替わった。

 朝方から英軍戦線全体に垂れ込めていた霧は正午近くまで晴れず、このことも独軍の突撃部隊の前進を助けることになった。


 独軍の突撃部隊は、勇躍して前進した。

 だが、その前進は次第に困惑に変わった。

 英軍の塹壕内に残された部隊は余りにも少なかったのだ。

 表面上は独軍は快進撃を行っていたが、それが英軍の罠ではないか、と疑う者は増える一方だった。


「サン=カンタン地区で独軍の大攻勢が発動されました」

 英軍の最前線からの警報は、無線による暗号通信により、英仏軍司令部にほぼ同時に届いた。

「予定通り、第1線は突破されても仕方ない。第3線で阻止しろ」

 英軍のヘイグ将軍は指揮下にある全ての英軍に命令した。

「我々はすぐに動かせる部隊で救援に赴く。独軍の側面を衝く好機だ」

 仏軍のフォッシュ将軍は、英軍司令部に連絡した。


「英仏軍それぞれ予定通りに動いているようですな」

 3月22日の朝、日本欧州派遣軍の総参謀長の秋山将軍は、総司令官の林提督に独英仏軍の動きを報告した後で付け加えて言った。

「事前に入念に作戦計画を練ったからな。わざと独軍を突破させ、独軍の兵站に負担を掛けさせる。そろそろ独軍の最前線では略奪行動が起こる筈だ。そうなると独軍の前進はますます困難になる」

 林提督は透徹した目をしつつ言った。


 同じ頃、独軍参謀本部では楽観的な声が挙がっていた。

 完全な後方の独軍参謀本部では、独軍の最前線部隊の動向は完全には掴めない。

 表面上の快進撃に独軍参謀本部は浮かれつつあった。

「我々の心配は杞憂だったようだな」

 ルーデンドルフ参謀次長はほっとしていた。

 そして、新たな命令をルーデンドルフ参謀次長は下した。

「サン=カンタン地区を突破した独軍は扇状に展開して、更なる戦果の拡大を目指せ」

 後に独軍大敗の最大の原因となる命令が出たが、この時はそうは思われなかった。


「何と独軍が快進撃をしておるだと」

 独皇帝ヴィルヘルム2世は独軍参謀本部からの報告を受けてご満悦の有様だった。

「ヒンデンブルク参謀総長に大鉄十字星章を受勲せよ。そして、3月24日は国民の祝日としよう」

 独皇帝は勅を下した。


 ヒンデンブルク参謀総長は感激した。

 大鉄十字星章は、普墺戦争、普仏戦争時に参謀総長を務めたモルトケ将軍すら受勲されなかった勲章であり、ナポレオン戦争時のブリュッヘル元帥以来の受勲になる。

 だが、この受勲は戦後に大いなる皮肉となる。

 

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