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3/3

その3 3月は蔵書点検

「一年って、あっという間だなあ」

 窓の外を眺めながら、ぼくはため息をついた。

「恋に落ちるのは一瞬だけど、恋が成就するには一年じゃ足りないよなあ」

「お……おお」

 後ろの席の伊吹雄紀が、びっくりしたみたいな声を出した。

 返事があるとは思わなかったから驚いた。どうやら、心の中で思っていたことばを口に出していたらしい。

 ぼくは畠山先輩が好きだ。

 出会いは四月の図書館オリエンテーションだった。

 図書館のしくみと使い方について、とうとうと説明する先輩がかっこよくて、一目惚れした。

 ぼくも図書委員になり、当番の時だけじゃ足りなくて、図書館に日参した。

 十月。文化祭の打ち上げで、好きだと告白した。先輩は「ありがとう」と言って、頭を撫でてくれた。だけどぼくは気付いてしまった。ぼくの「好き」と先輩の「好き」の意味が違うことを。

 先輩はぼくのことを後輩として好きなだけなんだ。

 ぼくは一生懸命アピールした。もちろん、図書委員会の仕事もがんばった。今まではそんなでもなかった読書も好きになった。先輩におすすめの本をいっぱい聞いて、いっぱい読んだ。

 本の中には、ぼくが今まで知らなかった世界があった。現実の世界ではとても出会えないような人がいた。思いもつかなかった考えがあった。

 ぼく史上、いちばん本を読んだ年になった。

 年が明けて、バレンタインデーというイベントがやってきた。

 図書委員会では、三月十四日のホワイトデーまでの間、チョコレートを中心にしたお菓子の本の展示をした。チョコレート菓子が自分で作れることもびっくりだったけど、借りてゆく人が結構多かったのにもびっくりした。

 ここ桜葵学園は男子校である。

 どこまでが本気でどこまでが冗談なのか、わからないけど。

 とはいえ、ぼくも畠山先輩にチョコレートを贈ったけど。ホワイトデーには、クッキーをもらったけど。義理で贈った奴らと同じものだったけど、うれしかったけど。

 次の機会は四月二十三日のサン・ジョルディの日だ。やっぱり図書委員なら、この日ははずせない。

 あまり日本では知名度が低いかもしれない。スペインではこの日、男性が女性に花を贈って、女性が男性に本を贈る、バレンタインデーみたいな日だ。

 この日はほかにもいろいろある。『ドン・キホーテ』を書いたセルバンテスの命日で、『ロミオとジュリエット』とかを書いたシェークスピアの命日で、ユネスコの「世界本の日」で、日本では「子ども読書の日」と法律で決められていて、「こども読書週間」が始まる日だ。この読書週間は秋の「読書週間」とはまた別だ。春が子どもので、秋は大人のって感じだろうか。

 何で高校生にもなって子どもの読書だ、という気もするけど、「子ども読書の日」を定めた「子どもの読書推進の推進に関する法律」というのの中に、子どもの定義を「おおむね一八歳以下」と言ってるからで……て、今はどうでもいいことなんだけど。

 とりあえず、四月二十三日には、かっこよく先輩に本をプレゼントするのがいいと思うのだが。

 だが。何を贈ったらいいだろう。

 先輩は本当に読書家だ。貸出冊数のトップはいつも先輩だ。それだけじゃない。カウンターでレファレンスとかしているのを見ているとすっごくよくわかる。たいていの本の名前と中身を知っているし、曖昧にしか覚えてなくても、タイトルの一部とかおぼろげな内容とかで、その本を見つけたりするし、こういうテーマの本というだけで、相手にあわせておすすめ本を紹介したりする。

 そんな人に、どんな本を選んだらいいんだろう。

 あたまがぐるぐるする。だからって、図書カード贈るなんてのは芸がなさ過ぎる。けど。けど、写真集とかだったら、悪くないかなあ。

 いろいろ考えていたら、一冊の本を思い出した。写真集のような、絵本のような本だ。いろんな動物たちの顔が並んでいる。同じ動物でも、みんな違う。人間の顔がみんな違うのと同じように。それぞれ個性がある。小さいときに親からもらって、お気に入りで、ぼろぼろになっても見ていた本だった。今でもときどき引っ張り出して眺めては癒やされている。あの本、今でも手に入るかな。先輩にあげたら……

 先輩、子どもの本だからってぼくのこと失望したりしないだろうか。いやいや。先輩は子ども向けの本だからって、大人向けの本より価値がないとか、そんな偏見を持つような人じゃない。きっと大丈夫だ。

 ぼくが拳を固く握りしめたときだった。

「うん、いいんだけどさ。気長にいった方がいいと思うぜ?」

 伊吹雄紀の声がした。

 またぼくは声に出して言っていたらしい。

「あ……あ……うん……」

「まっすぐぶち当たって玉砕でもしてみろ。おまえ、これからも図書委員でやっていくんだろう? 先輩とも顔あわせるんだろう? それ考えろよ」

「お……おお。ありがと……だ……大丈夫さ!」

 ぼくは胸を叩いて保証した。

 

 終業式の日の放課後、図書委員会があった。

 春休みは閉館する。だが、図書委員は休みではない。図書館を閉めてまで、というより、図書館を閉めなければできない仕事をするためだ。

「では、蔵書点検について説明をします」

 畠山先輩が眼鏡を指でくいっと直した。

「まず、準備として書架整理をします。うちのシステム上、その方があとの処理が楽なので。そのあと、ポッドを使った蔵書点検を行います。エラーが出た分の処理をしたあと、乱れた書架を整えます」

 最初にやる書架整理では、あくまでも準備のための整理なので、いつものように棚の前のラインにきっちりそろえなくてもよいという補足があった。

 図書委員になってから、図書館の本を押し込む人を見かけると、小さな本とかが紛れてしまうだろう! だから並べてあるんだよ! と言いたくなってしまう。

 以前、畠山先輩が言ったことを思い出した。

 図書館の本は請求記号順に左から右へと並べるのが基本だが、請求記号の付け方は図書館によって若干違う。たとえば、図鑑のシリーズを、内容でばらばらに分けるか、シリーズで同じところにかためるか、というのは図書館の考え方でも変わる。その図書館の利用者にとって、どっちが便利かというのも関係してくる。

 ここの図書館は、シリーズだろうが内容でばらばらにしてしまう方なのだが、それも、同じテーマの本はできるだけたくさん同じところに並べたいという図書館の方針があるわけで。

 そう言えば、夏頃、図鑑がシリーズの一巻からきちんと並び直されていて、当然請求記号順で見るとばらばらなわけで、あとから並べ直すのが大変だったことがあった。

「彼にとってはシリーズ順の方がしっくりきたんだろうが、うちの図書館では違う。自分の家の書架じゃないんだから、郷に入っては郷に従ってもらいたいものだな」

 畠山先輩は言ったものだった。

 や。そんな思い出話より大事なことがあった。

「いちばんがんばった人には、ごほうびがあるので、がんばってください」

 ポッドで点検した数が一番多かったら、何でも好きなことを願っていいと先輩は言った! どうしよう。ごほうびって何にしよう。心の暴走が止められない。

 うちの蔵書は六万冊。図書委員が各クラス一名で、五クラスあるから、一、二年生あわせて十名。司書さんと嘱託の人が二人いるから、全員で十三名。単純計算でひとりあたり四六一五冊。何冊やったら一番になれるだろう。でもきっとずさんじゃなくて、きちんとした仕事ぶりじゃないと評価されないだろうから、がんばらなきゃ!

 そして、ぼくはがんばった。

 畠山先輩が司書さんのネクタイを直すのを見ても、嫉妬で心が揺れたりしなかった。司書さんは先輩の従兄だし、多少親密の度合いが濃かったとしても、もう二年生に進級するぼくとしては、大人の余裕というか、そんな感じで、ほほえましく見ることができた。

 そして、無事、一番になることができた。

「有沢、おまえは何が欲しい?」

 畠山先輩が聞いてくれた。

「はい! 委員長! ぼくとつきあってください!」

 ぼくは思わず叫んでいた。

 畠山先輩はちょっとだけ固まったようだった。でも、すぐに笑顔になると聞いてくれた。

「どこか行きたいところでもあるのか? 本屋とか?」

「本屋! 行きたいです!」

「わかった。じゃあ、本屋に一緒に行こう」

 あれ? なんか違う気がする? 

 まあいいや。とにかく、先輩とデートだ! わあい!

 ぼくは心の中でバンザイをした。

J.GARDEN40のチラシに載せたものです。

いろいろがんばってみましたが、

このふたりはここまでしか進展しませんでした。

これ以上は一年ではとても無理でした。

ということで、ひとまずこのお話はここでおしまいです。

ありがとうございました!

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