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その2 10月は文化祭

「なあ伊吹、聞いてくれよ!」

 伊吹雄紀は出席番号が次なだけで、ぼくと前後の席になった奴だけど、とてもいい奴だ。親友といってもいい。小学校から桜葵学園の持ち上がり組だけど、高校から編入組のぼくにも親切で優しい。持ち上がり組の中には、編入組に先輩風を吹かせて、上から目線の奴がいるのだ。

 四月、入学して最初の図書館オリエンテーションで、ぼくは図書委員長の畠山先輩にあこがれて、図書委員になった。あこがれ、というより、一目惚れだった。

 カウンター当番の日じゃなくても、毎日のように、ぼくは図書館に出入りした。そして、貸出の時の、畠山先輩の鮮やかなバーコードスキャンさばきや、返却本を書架に戻すときの迷いのない足取りとかを見た。それは、やっぱりかっこよくて、誰かに話したくて、そういうとき、ぼくは伊吹に話すのだ。そして、伊吹はちゃんと聞いてくれるのだ。

 五月だった。この日も、ぼくは椅子ごと後ろを向くと、伊吹の机に弁当箱をどん、と置いた。腕まくりをする。ぼくの制服は大きすぎる。それというのも、制服を作るとき、「絶対身長も伸びますから!」と洋服屋さんが保証したのだ。「絶対」の根拠を知りたいものだ。ぼくも、今のままの身長で大人になるとは思いたくないけど、ぶかぶかの制服を着て過ごすというのも、せつないものだ。あんまり言いたくないが、ぼくは一五八センチしかない。せっかくの濃紺のかっこいい制服なのに、畠山先輩なんて、すっごく似合ってて、かっこいいのに、伊吹だってそれなりにかっこいいのに、ぼくの制服姿はちょっと残念なのだ。

「早く食べてしまえよ。どうせ今日の放課後も図書館行くんだろ?」

 伊吹が言ってくれた。

 ぼくは一生懸命先輩のかっこよさを宣伝中だった。

 放課後、レポートの資料を探しに来ていた三年生に、先輩は的確な質問で内容を絞り込み、適切な資料を提供していた。その話をしていたら、あっという間に昼休みが終わりかけていた。

「そうなんだよ! 今日は委員会なんだ! えへ! 楽しみ!」

「委員会が楽しみっていうのも、何というか、おまえ、偉いよな」

「そうか?」

 今日はどんな内容の委員会なんだろう。わくわくが止まらなかった。


 議題は文化祭についてだった。

 文化祭は十月中旬の土曜日に行われる。図書委員会も例年図書館で催し物を行っている。秋と言えば「読書の秋」だし、読書週間とかもあるし、図書委員会として、やはり参加せざるを得ない、というのが理由らしい。

 七月の期末考査が終われば、本格的に準備にかかる。だからそれまでに、企画を立てなければならない。準備は一、二年生中心だ。三年生は自由参加だ。

 いとこで桜葵学園の卒業生の良輔兄ちゃんに「文化祭はみんなが全力で楽しむから本気で面白いぞ」と言われたことを思い出した。ということは、ぼくは、全力を出さなきゃいけないってことだよね?

 そんなことを思いながら、畠山先輩の説明を聞いていた。

 黒縁のセル眼鏡の奥の目つきが違う。いつにもまして鋭い。でもそれがかっこいい!

 毎年、一年生は展示、二年生はイベントを中心に企画する。

 去年の一年生の展示は「秋」というテーマだった。ベタなテーマだから平凡な展示になるかと思ったら、実際の展示の様子を写真とリストとかの資料で見せてもらって、びっくりした。とんでもなかった。「秋」という言葉をはじめ、気象や俳句はもちろん、小説や、「秋」という文字が入った言葉や名前が出てくる本まで、さまざまなジャンルのいろいろな本が集められ、コーナーごとに分けられ、すべてのコーナーに行ってスタンプを制覇するとプレゼントがあるスタンプラリーをしていた。さすが、畠山先輩の学年だ。

 今年、ぼくたちはどうしようか。一学年は五クラスで、図書委員は各クラス一人ずつだから、全部で五人だ。ぼくたちは一生懸命考えた。

 やっぱり秋に文化祭だからって、去年と同じ「秋」がテーマじゃ、面白くない。というか、それこそベタすぎて、先輩に合わせる顔がない。文化祭があるのは十月。十月の行事、といえば……

 ぼくらは思いついた。

 ハロウィンがあるじゃないか! ハロウィンの本、というのはどうだろう?

 まず、どんな本があるか探してみることにした。図書館を見渡して、書架から探すのはあきらめた。六万冊からどうやってハロウィンの本を見つけ出せるというのか。てんぱってぐるぐるしていたら、視界に畠山先輩が入った。

「先輩! ハロウィンの本ってどこにありますか?」

 眼鏡がきらん、と光ったような気がした。

「検索しろ。調べ方は教えたよな?」

「あ……! そうでした! すみません!」

 そうだった。顔から火が出るかと思った。恥ずかしい。つい先週のことだった。図書館の本の情報は全部コンピュータに入っているから、書名、著者名、キーワードで検索できるって教えてもらったのだった。そのとき、小学生みたいな会話をしたのだった。

「OPACで調べることが出来る」

「おぱっく?」

「On-line Public Access Catalog」

「へ?」

「オンライン蔵書目録。本の題名や書いた人がわかれば、所蔵していればどこにあるかがわかる。キーワードで探すときは、検索する言葉をうまく使わなければヒットしない。インターネットと同じようなものだな」

 実際ハロウィンで調べてみたら、案外少なかった。でも、ハロウィンという言葉で連想するテーマまで広げれば、もっといろいろ展示できそうだ。

 ぼくたちは知恵を絞って考えた。

 たとえば、ハロウィンと言えばカボチャだから、カボチャの本とか、「いたずらかお菓子か」って言うくらいだから、スイーツの本とか、カボチャの育て方とかもあってもいい。本の紹介のPOPを作って、テーマごとに、いくつか島を作って、スタンプラリーをひねってクイズにしたらどうだろう。それで、飾りもハロウィンぽくしたら楽しそうだ。おばけかぼちゃとか、ゴーストとか、魔女とか……お菓子の現物とかって、展示には使えないかなあ。そんなことを話し合っていたら、意見もアイデアも本も、いろいろ出てきた。

 畠山先輩に報告したら、「いいんじゃないか。やってみろ」と言ってもらえた。

「企画書と予算書と日程スケジュールを来週までにまとめてこい」

 その厳しさもすてきです、という言葉は飲み込んだ。

 実際本を探すと、なかなか冊数が揃わなかった。

「ブックリストを使ってみるか?」

 さりげなく委員長がぼくたち一年生の前に数冊の本を持ってきてくれた。ブックリストには、テーマ別にいろんな本が紹介されていた。手分けして検索して、本を見て、展示するかどうか決めた。

 二年生は、去年と同じラインナップで、ビブリオバトルと古本市と書庫探検ツアーと研究発表の展示をするらしい。

「びぶりおばとる?」

「有沢も参戦するか? 展示の宣伝になって盛り上がるぞ? ブックトークでもいいがな」

 畠山先輩がにやにやしながら言う。

「ぶっくとーく?」

 目を白黒させていたら、副委員長の(なかば)さんが助け船を出してくれた。央さんは、畠山先輩よりもっと背が高くて、少し猫背だ。いつもほんわりとほほえんでいて、目尻が優しげに下がっている。

「ビブリオバトルは、本の紹介をして、読みたいと思わせた方が勝ち。ブックトークは、テーマを決めて本を何冊か紹介する方法だよ。有沢はまだ初心者だから、ビブリオバトルの方がいいんじゃないかなあ?」

「ありがとうございます! じゃあ、ビブリオバトルで……」

 あれ? なんだか、気づかないうちに参加することになってしまったぞ。

「じゃあ、有沢のおすすめの本、楽しみしているよ」

 畠山先輩に言われたら、がんばるしかない。

 研究発表は電子書籍について、壁に紙で大きく貼りだして、下にはタブレットにスライドショーみたいにして研究成果を流すらしい。

 書庫探検ツアーは、後学のためにということで、事前に一年生を連れて行ってくれることになった。ここは歴史も古いから期待していいぞ、と言われた。そりゃあ、もう、期待するしかなかった。

 それから、文化祭までは怒濤の日々だった。本を選んで、POPを作って、展示をして、クイズを考えて、スタンプラリーを考えて、ビブリオバトルのための本を選んで、どう紹介するかを考えて、文化祭のポスターを作って、飾り付けをした。

 そして当日。

 ぼくは、ビブリオバトルでチャンプ本に選ばれてしまった。

 ぼくが選んだのは、がんこじいさんとちょっと変わった女の子のハロウィンの話だった。チャンプ本に選ばれてコメントどうぞ、と言われたので、

「図書委員なのにチャンプ本に選ばれてしまってすみません! 展示やってます! スタンプラリーとクイズやってます! 見てください!」

 と宣伝しまくった。

 全日程が終了して、片付けのあとで、打ち上げだということで、司書室で委員会全員でジュースで乾杯した。お菓子も山盛り用意されていた。ハロウィンぽく、オバケの形のカボチャのクッキーとかもあった。閲覧室は飲食厳禁だけど、司書室はだいじょうぶなのだ。

 ぼくは畠山先輩のそばに行った。はじめての文化祭が大盛況で終わったこととか、ビブリオバトルでチャンプ本に選ばれたこととか、先輩のおかげだから。言わずにはいられなかった。

「先輩、いろいろありがとうございました。あの……ぼく、先輩のこと、大好きです!」

 思いがあふれだして、言ってしまった! 

 でも、すぐに恥ずかしくなって、下を向いてしまった。

 耳が熱い。絶対、真っ赤になってる。どうしよう。なんか、あたまが真っ白になるくらい、何も考えられない。

「あ……ああ。ありがとう。よくがんばったな」

 先輩の声が頭の上から聞こえてきた。

 そして、先輩の手がぼくの頭をなでてくれた!

 「舞い上がる」という言葉は、きっとこんな状況を言い表すためにあるんだ。そんなことを思った次の瞬間に、冷静に突っ込む自分がいた。

 ちょっと待て。おかしいぞ。

 なんか、これって、もしかして、普通の先輩後輩の「好き」だと思われてないか?

 どうやらそんな感じじゃないか?

 あれ? ぼく、先輩のこと、本気で好きなんですけど……?


 思ったことは、言葉にならなかった。

J.GARDEN39の「透古堂」のチラシに掲載したものです。テーマがスイーツだったので、ほんのちょっとだけ、スイーツが……

一部修正を行っています。

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