その1 4月はオリエンテーション
春。
桜、咲く。
ぼくは桜葵学園高等学校に入学した。入学できた。今まで一生懸命勉強したかいがあった。
この学校を選んだきっかけは、従兄の良輔兄ちゃんだった。良輔兄ちゃんは、ここの卒業生で、会うたびに、ここの良いところをいっぱい宣伝してくれた。校則がゆるいこととか、学生の自治というか、自由度が高いこととか、名物先生が多くて、寝てる暇もないくらい授業が面白いとか、文化祭とか全力で取り組むから、それはもう、面白いとか、そのくせ、親御さん向けにも、私学のわりにそこまで学費は高くないとか、でもけっこう偏差値は高くて、それなりに良い大学に入れるとか、良輔兄ちゃんも「勉強しなかったよ」と言っていたわりには、そこそこ良い大学に入って、今は遊び歩いている。しあわせそうだ。
でも、ここは、小中学校は一貫教育で、九十名しか入学できない。けっこうすごい倍率だった。高校は人数が倍になって外部からも半分取るから、少しは入りやすい。
ぼくは、小学校の入試に落ちてしまった。だから、高校には絶対入りたくて、がんばった。
そして、今、ぼくはここにいる。濃紺の制服が誇らしい。
うれしくて、にまにま笑いがこみあげてくる。期待があふれてくる。どんな人と会うのか、どんな日々が待ち受けているのか。ちょっとだけ不安もある。いろんな気持ちで胸がいっぱいだ。
周りを見回すと、桜並木の丘を登るひとは皆、同じ制服だ。濃紺の学ラン。男子校だから当たり前だけど。
みんなぞろぞろと校門をくぐる。
そして、ぼくの高校生活が始まった。
あっという間に二週間が過ぎた。学校案内や身体測定やオリエンテーションの嵐の中で、授業も少し始まった。良輔兄ちゃんの言ったとおり、結構面白い授業ばかりだった。
「今日のオリエンテーションは図書館に行くぞ」
担任の先生が言った。そして、ぼくたちは金魚のフンのように、先生のあとについて行列した。
事務室と職員室の隣に、三階建ての立派な建物があるなあと思っていたら、それが図書館だった。
中に入って、びっくりした。
でかい。本がいっぱいある。
真ん中が吹き抜けになっていて、二階は回廊みたいに周りをぐるりと囲んだ状態になっている。それが全部本棚で、本がいっぱい詰まっている。
一階にも本がたくさんある。本だけじゃない。雑誌とか、新聞とかも見える。椅子に座るよう指示されたので、適当に座った。
「今日は、図書館のオリエンテーションだ。説明は図書委員長の畠山君からしてもらう」
先生がそれだけ言って、奥に引っこんだ。
代わりに前に立ったのは、背の高い先輩だった。学年章がⅡなので、二年生だ。黒縁のセル眼鏡をかけて、本を一冊手にしている。先輩は、よく通る声で話し始めた。
「僕は図書委員長の畠山佑です。これから皆さんに、この図書館の使い方の説明をします」
よろしくお願いします、と頭を下げる。頭を上げたとき、目にかかる前髪をさりげなく指で払った。さらさらと髪が流れた。
うわあ、どうしよう。なんか、かっこいい。
ぼくはそう思った。
図書館の開館時間は基本的には九時から五時まで。週末は休館。
本の貸出は、最初に貸出カードを作るので、それ以降はカードと本を持ってカウンターに行けば、バーコードをなぞっておしまい。返却は本をカウンターか時間外返却箱に入れるだけ。貸出冊数の制限はないけど、貸出期間は二週間だから、期限は守るように。守れない場合はペナルティーとして、一定期間貸出ができなくなる。
そんな説明を、畠山先輩はとうとうと述べた。
よどみなくて、わかりやすくて、たった一年しか違わないのに、ずいぶん大人に感じる。あと一年したら、ぼくもあんな風になれるんだろうか?
ぼくは心の中で、ぶんぶんと首を横に振った。
スペックが違う。きっと、全然違う。
先輩の話は続く。
手にした本を見せながら話す。
背表紙にラベルが貼ってある。
そう言えば、小学校の図書室のも、中学校のも、本にはラベルが貼ってあった。白状すると、、ぼくは特別に読書が好きなわけではない。小学校の時は、読書の時間とかあって、みんなで図書室に行って、絵本を読んでもらったりしたこともあったけど、中学の時は勉強が忙しくて、ほとんど足を踏み入れたこともなかった。
でも。今は違う。
勉強はしなきゃいけないけど、昔と違って、余裕がある。
本を読むのも良いかもしれない。
この図書館に来れば、先輩に会えるかも……!
なんてことを考えていたら、先輩の話をうっかり聞き逃すところだった。
先輩は、ラベルの説明をしていた。
図書館の本は、数字で分類されている。
「日本十進分類法」通称NDCというのが、その分類法だ。ざっくり言うと、世の中のことを十個に分けて、0から9まで番号を振る。0は総記、図書館や本のことや、百科事典などさまざまなテーマにまたがるものをここに入れる。
1は哲学・宗教。2は歴史・地理。3は社会科学、4は自然科学、5は技術、6は産業、7は芸術、スポーツや芸能もここに入る。8は言語、9は文学だ。
たとえばこの本には、913と数字が振ってある。これは9で始まるから、文学の本だ。次の数字は1でその次は3だ。これにもそれぞれ意味がある。
数学の数字とは違う。9の中でまたテーマで十個に分けて、振った数字だ。今度はことばだ。1は日本、2はアジア、3は英米、4はドイツ、5はフランス、6はスペイン・ポルトガル、7はイタリア、8はロシア、9はそのほかのことばだ。
さらにまた91のなかを十個に分ける。1は詩歌、2は戯曲、3は小説、4はエッセイ、5は日記、6はノンフィクション、7は箴言、8は全集というふうにだ。
この本には913とラベルにあるが、これは、この本が日本の小説だということをあらわしている。さっきも言ったように、数字には意味がある。だから、ラベルの数字を読むときには、「きゅうひゃくじゅうさん」などとは読まない。「きゅう、いち、さん」と読む。それが図書館での常識だ。
このように番号を振ることで、本は同じテーマのところに並ぶようになる。探しやすくなるというわけだ。数字の意味を知っていると便利だぞ。
そして、手にした本がどんな内容かを紹介してくれた。
それは、日常の難題を数学で解き明かす少年の話だった。
もっと詳しく聞きたい、というところで先輩は話を打ち切って、
「続きが気になるひとは、自分で読んでみてください」
そう言って、笑顔を見せた。
「うっわ、ずるい!」
ぼくたちは思わず声を上げた。先輩は「ふふん」と笑った。
「君たちがこの図書館に来てくれるのを待っています」
そして、図書館のオリエンテーションは終わった。
「かっこよかったなあ、畠山先輩」
ぼくの思いは、隣の伊吹雄紀には伝わらなかった。
「そうか? 最後に、にやっとか笑われて、なんかおれはバカにされたみたいに思ったけどな」
「ええ~そんなことないよ! そんな笑いじゃないよ」
ぼくは一生懸命先輩のかっこ良いところを伝えようとしたけど、ぼくのことばは足りなすぎて、伊吹にはうまく伝わらなかったようだ。
その後、委員を決める時間がやって来た。
先生が委員の名前をずらずらと黒板に書いてゆく。そのなかに、「図書委員」を見つけた。
図書委員! 畠山先輩と一緒に仕事ができる!
「とりあえず、立候補するものはいるか?」
担任がクラスを見回す。
ぼくは迷わず手をあげた。
「はい! 有沢光、図書委員になります!」
J.GARDEN38の「透古堂」のチラシに掲載したものです。一部文字・語句の修正を行いました。
サブタイトルちょっと変更しました。(2015/10/20)