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第一話

 初小説でございます。カメ更新になるかと思いますが、なるべく早い更新が目標です。誤字脱字には気を付けてますが、あったらスミマセン。合間の時間潰しになれたら、幸いです。

 二月も半ば。この寒空の下、薄い栗色のおさげが揺れている。

「ちょうだい、ちょうだい、ねぇちょうだい」

「無理、絶対無理!!」

 さっきからおさげ――町子は、追いかけてくる少年から逃げるために全力疾走している。

 この白装束を身に纏っている裸足の少年に、声をかけたのはつい先刻のことだった。


────────────────


 ――宮瀬町子は長年お世話になった園に別れを告げた。幼い頃に両親を交通事故で亡くし、親戚中をたらい回しにされたが小学三年生の頃、最終的に"ひまわり園"に預けられることになった。

 園に預けられたことが嫌だった訳ではない。園のみんなはとても良くしてくれた。しかし、町子は早々にここを出ようと決意したのだ。

 なぜなら、当時のひまわり園には捨て子が多く、町子より手間のかかる赤ん坊がたくさんいた。家事もそれなりにやらされてきたが、流石に赤ん坊の世話はしたことがない。オシメを変えるのも、離乳食を与えるのも、全てにおいて失敗続きだった。そのうち町子は赤ん坊の世話を焼かなくなった。年の離れた新しい子が町子の代わりに赤ん坊の面倒をみるとこになったから。

 町子にとって、役に立てないことは存在を否定されたことと等しい。それを自覚してからというもの、町子の心には疎外感がつきまとっていた。

 高校生で自立しようと、必死に勉強し学費免除で公立の高校に入学。園長の勧めで高校近くに下宿することにした。

 正直、一人暮らしなんて経済的にも余裕がない町子にはありがたい話である。最後まで気遣ってもらったことに対して、申し訳なく思いつつ素直に感謝した。

 勧められた下宿先は他にも学生が多く、共同生活をしている。先月空きができたとのことで町子は手続きに来ていた。手続きが済めば今日から家は下宿先になる。向こうは生活用品があらかた揃っているので、町子は引っ越しにしては身軽に大きめのボストンバッグと学生鞄を提げているだけだ。

 やけに寒いな、と思いながら手編みの白いマフラーを巻き直す。このマフラーは園を出て行く時に、同室だった里子にもらった。肌触りが良く、里子の人柄を表すように温かだ。

 ふと、気配を感じて路地の先に目をやると白い塊があった。雪だるまかと思ったがどうやら違うらしい。あれは人間だ。しかも幼い男の子。

「ねぇ、君、大丈夫?」

 町子は、うずくまる少年になるべく優しく話しかけた。少年は小学生くらいだろうか。町子は昔の自分と重なってしまい、無視することができなかった。

「お母さんはどこにいるの? 寒くない?」

「…………」

「あの…」

「おねえちゃん……だれ?」

「えっと……、町子っていうの」

「……"マチコ"。ふぅん、いいなぁ、ほしいなぁ」

 そういうと少年は垂れていた頭を勢いよく上げ町子を黒く虚ろな瞳にとらえた。その目がとても怖ろしく感じた。目を逸らしたいのに逸らせない。

「ぼくね、それ、おとしちゃったんだ。マチコおねえちゃんのやつちょうだい?」

「ど、どれのこと?」

 町子はだんだん怖ろしくなってきていた。全身が粟立ち、戦慄いた。名前を呼ばれたあたりから体がとても重い。少年は黒い瞳をぐにゃんと曲げてケタケタ笑いながら町子に向かって指さした。

「その、おいしそうな、しんのぞう」

 ―――ヤバイ、逃げなきゃ……!

 とにかく走らなければ、と焦る気持ちとは裏腹に少年との距離は一向にひらかない。

 まるで夢の中で走っている感覚。あの水の中を走っているような重い足取り。町子はよくそんな夢をみてるので、これも夢なんじゃないか、と思いはじめた。さっきから路地を通っているのに人っ子一人いない。

「マチコおねえちゃんの、とっても、おいしそうだなあ」

 相変わらずケタケタ笑いながら町子を追ってくる。少年とは思えないスピードだ。あれは、絶対人間じゃない。

「追いつかれちゃう……!」

 町子は小学校も中学校もスポーツは何もやっていなかったので、そうそうに体力が切れてきた。

 どこかに身を隠せる場所はないかと走りながら辺りを見回す。聞こえるのは靴音と荒い息と、笑い声。

 脇道に森が見えた。もう、走りすぎてここがどこだか分からなかったが、少年を撒くのには調度いいかもしれない。鬱蒼と生茂る木々と獣道が不思議と怖くはなかった。


────────────────


 暫く獣道をデタラメに走っていたら、少年は町子を見失 ったようだった。しかし後ろを気にせず、ただひたすらに 走っていたため、少年を撒いたは良いが、町子まで少年を 見失ってしまった。

 息を押し殺して少年の動向を探る。撒いたあとは、ここ からどうやって元いた道に戻るかだ。少年に気付かれない ように、忍び足で森を徘徊する。

 ――いったいどれくらい時間が経ったのだろう。森に入 るまでは確か太陽は真上にいたはず。森のなかは薄暗く、 今が昼なのかすらわからなかった。

 もう、嫌だ。町子はただただ、そう思った。恐ろしい少 年には命を狙われるし、慣れない地を走り回され、挙句は 森で迷子。まだ若干中学生の町子にとっては重いことだろ う。ついには町子は膝をついて、視界は水の中になった。 ポタポタと目から溢れた水たちは外に流れていく。

「マチコおねえちゃんみぃーつけた」

 不意に声をかけられて、町子は後ずさってしまった。 声の方へ視線を向けると、あの少年がいた。

「かくれんぼは、もう、おわり?」

 足が動かない。腰が抜けてしまったようだ。このまま、 食べられてしまうのだろうか、そう町子が思った時少年の 姿が急に消えた。

「悪戯はそのへんにしなさい」

 とても落ち着いた声が少年に向けられている。見ると、 少年から町子を遮るように青年が立っていた。

「あれ、みどりのおにいちゃんだ。ぼくのたいせつなもの 、みつかったの?」

「ああ、みつかったよ」

 そう言って青年は、袖口から細筆を取り出した。

「わあ! ほんとうだ、ありがとう! これがないと、は くりおにいちゃんにしかられちゃうんだ」

 少年は途端に満面の笑みを浮かべた。出会った時のよう な恐怖を感じるものではなく、年相応とした無邪気な笑み だった。

「おだいは、ほんとうにいらないの?」

「いらないよ、君からはね。化かされたら困るし」

 少年は、なんだーつまんないのー、と不貞腐れていたが 不意に町子の方を見た。

「さっきはごめんね、マチコおねえちゃん。あそんでくれ てありがとう」

 それだけ言うと、身を翻してさらに奥の森へと進んでし まった。町子はあまりのことに、ただ唖然としてした。

「――大丈夫かい?」

 落ち着いた声は今度は町子に向けられている。 年は二十代くらいだろうか。深い森を思わせるような黒 髪が、白い首筋にかかっていて、千歳緑の着物にもよく映 えている。とても綺麗な人だな、と町子は思った。

「君も狐に化かされるなんて、ついてないね」

「狐?」

 突拍子もないことに、町子は驚いた。狐とは、あの動物の 狐だろうか。

「あの子は俺に待たされて、退屈してしまったんだよ。そ れで遊び相手にされた君は気の毒だけれど……」

 青年はとても申し訳なさそうな顔をしていた。

「でも、怪我も無さそうだし、良かった。もう狐に化かさ れることはないから、この森も直ぐに抜けられると思うよ 」

 それじゃ、と言って青年は踵を返してしまった。町子は やっと我に返って、お礼を言い忘れたことに気がついた。

「あ、あの! お礼を……!」

 町子は必死に青年を追いかけた。向こうは歩いている筈 なのに、何故か追い付けない。木や草むらが通せんぼして いて、青年の姿を隠してしまいそうだった。

「ちょっと! 待って下さい!」

 一際大きな声でそう叫んだら、青年が肩を揺らしこちら を振り向く。それがやけに遅く感じた。

「君、ついてきてしまったのか……?」

 気が付くと、そこは開けた場所だった。さっきまで無我 夢中に追っていたから、周りを見ている余裕などなかった が、町子はどうやら後ろにある錆色の鳥居をくぐってここ に来たようだ。鳥居はとても大きく、近くでは視界に収ま らない程だったので、見落としていた。奥に木造家屋のお 屋敷が見える。青年の家なのだろうか。 町子は跳ねる息をなんとか整えて青年に向き直った。

「さっきは、助けてくれてありがとうございました」

 ぺこりと丁寧にお辞儀をしている町子に青年は呆気に取 られていた。

「それを言うために……ここまで?」

「いけませんか」

 目を見開く青年に対し、町子は強気になる。それが面白 かったのか、青年はくつくつと笑っている。

「いや、君は面白いね。育ちの良いお嬢さんだ」

 町子は「親切にされたら、お礼を言いましょう」という 園の教えで育った子であったため、これくらいは普通のこ とだと思っていた。それに、親戚中をたらい回しにされた 挙句の園育ち。町子は初めてそんなことを言われたのでな んだか恥ずかしくなって居た堪れなくなった。

「そんな、お礼を言っただけです。すみません、呼び止め ちゃって。本当にありがとうございました」

 足早に立ち去ろうと元来た鳥居をくぐった――はずだっ た。

「え、なんで……?」

 くぐって真っ直ぐ進んで来たが、どうしてか戻ってきて しまう。何回試しても、試しても、ダメだった。

「君も何か、失くしているんだね」

「失くしてる……?」

 何を言っているのだろうか、と怪訝な顔をしている町子 に、青年は信じられないかもしれないけどね、と言葉を続 けた。

「ここには失くし物をした者が不思議と迷い込んでくるん だ。故にここは迷い屋と呼ばれている。俺はその迷い屋の 主、忘」

 忘と名のった青年に手招きされて

「おいで、君の失くし物を見つけよう」

 町子は信じがたかったが、ここに居ても仕方なかったの で忘の後に続いて奥の屋敷へ招かれた。


────────────────


 中は思ったよりも綺麗だった。古い造りの木造平屋で、入ってすぐが客間らしい。

「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね」

 忘は町子に緑茶と和菓子を渡しながら尋ねてきた。

「町子です。宮瀬町子」

「町子さん、ね」

 忘は紙に町子の名前を書いている。見ると隣にも名前が書いてあり、"失くし物"の欄には"細筆"と書かれていた。先刻の少年のものだろうか。

「町子さんは何を失くしたの?」

 町子は黙ったままで、しばらく沈黙が続いた。再度、忘が町子に話しかけると町子は重い口を開いてこう言った。

「えっと、失くし物なんて……ないんです」

「ない?失くし物が?」

 忘は深い緑の瞳を大きく見開いた。どうやら、そんなことは初めてらしく、忘自身も動揺していた。

「ならなぜ、ここから出られないんだ?」

「出られないことと失くし物は関係があるんですか?」

 問われた忘は当然のように答えた。

「商売相手はだいたいが妖怪だし、人が安易に入り込まないように結界をはっているからね。しかも失くし物してる人は、不安定だからすぐ妖怪に付け入られる。そんな状態の人を外にほっぽっておけないよ。だから出さないようにしているんだ」

 にっこりと笑う忘。町子は忘が何を言っているのか理解に苦しんだ。妖怪?結界?ゲームの話だろうか?

「だから信じられないかもしれないって、言ったろ?でも事実だからね」

「じゃあ、本当に私は失くし物をしていて出られないんですか?」

「そうなるね」

 あっさりと話を前に戻されたが、そんな非現実的な話をどうやって信じてもらうのだか。そんな疑いの目で見ていたら忘は苦笑いをした。

「そんなに見られても……」

 改めて言われると羞恥が込みあげて、それを誤魔化すために町子は咳払いをひとつした。わかりました、と小さく呟く。

「出られないのは事実ですし、嘘なら出来すぎてますもんね」

「信じてくれるんだ?」

 少しからかった口調の忘にムッとするも、町子は勿論です、と言い切った。

「あ、でも私、本当に心当たりがないんですが……」

「失くし物というけれど、失くし物は物だけとは限らないんだよ。人とか、行方不明の友人とかいないかい?」

「そんな人いませんよ……」

 なんだか段々馬鹿馬鹿しくなってきた。しかし、目の前の男は他人の失くし物なのに真剣である。ただ入寮の手続きに来ただけなのに、こんなことに巻き込まれてしまって……。

 「ああ!!!」

 突然立ち上がり、大声を上げた町子に忘はおっかなびっくりしてしまった。なんだなんだと、忘は町子を凝視していると、

「い、いいい今って何時ですか!?ていうか、ここ時計ないじゃないですか!!」

「さ、さあ……。外の時間は気にしたこと無いからわからないけど、たぶん夕刻をまわると思うよ」

「ゆ、夕刻!?下宿先の手続き約束は五時なんですけど!!」

 思い出した自分の用事の期限に青ざめる。ガックリと肩を落とす町子を見て、忘もなんだか気の毒になってきた。

「町子さん、落ち着いて。まだ夕刻に間に合うかもしれないよ」

「出られないじゃないですか!」

「一時的にならここから出してあげられるよ」

 忘のその言葉に、町子はすがった。何でもいい、ここから出られるなら。町子には三年間の生活がかかっている。

「まず、町子さんの身代わりを作らなくちゃ」

「身代わり?」

「そんなに難しくないよ。そうだね、町子さんのそのリボンをくれる?」

 それは町子がしていた高校の制服のリボンだった。それを忘はしゅるりと抜き取ると、筆に墨をつけリボンに何かを書き始めた。

「えっ!?そ、それ高校指定の正装リボンなんですけど!!」

「じゃあ、丁度良いね。肌身離さず持つものだから、身代わりにはピッタリだろう」

 忘が書いていたのは町子の名前だった。忘はそれを自分の手首に括りつけた。これで本当に身代わりになるのだろうか?というか、墨は落ちるのだろうかと町子は心配になった。

「さ、もう大丈夫。外に出ようか」

 忘に手を引かれ、屋敷出て錆色の鳥居を抜ける。するとあの鬱蒼と茂っていた木々の迷路はそこにはなく、一本道が出来ていた。出たところはあの少年と出会った路地だ。

「はい、ちゃんと君の居場所まで来たよ」

「あ、ありがとうございます……」

「君の身代わりは一時的だから、あまり長くは持たないから気を付けてね」

 何を気を付けるのかイマイチ分からなかったが、はい、ありがとうございます、とだけ返事をしてすぐに駆け出した。本当に時間がない。途中にあった公園の時計を見れば四時半だった。ここから下宿先まで三十分……町子はとにかく全速力で走る。


 ――間に合え、間に合え。

 弾む息そのままに、町子は走った。


────────────────


 下宿先についた頃には辺りは暗くなっていた。

「よく来てくれたわね、宮瀬さん」

 若い大家さんが言う。緑茶を町子に受け渡した。

「い、いえ。遅くなってスミマセン……」

「気にしなくていいのよ」

 ニコニコと笑いながら大家は町子の向かい側に座った。

「どうしたの?宮瀬さん」

 大家はさっきから顔色が悪い町子を気にしていた。町子は口早に話す。

「入居の話は……無かったことにできませんか?」

 突然素っ頓狂なことを言い出した町子に、大家は目をぱちくりさせた。何故、どうして、の問いかけに町子はすみませんとしか謝らなかった。

 一刻も早く、ここから離れたい。町子の頭にはそれしかなかった。

 なぜなら客間の隅、子供がこちらを凝視しているからだった。否、子供の姿をしているだけだ。頭からはコブのようなデキモノがいくつもあり、髪はない。大きな牙が邪魔をして口は半開き。ヨダレがだらしなく垂れている。

 明らかに人ではない"ソレ"がこの家には沢山いた。玄関、階段、押入れ、ちゃぶ台の下――それらがもれなく町子を見ている。

 ――何あれ…今まであんなの見たことない!!

「宮瀬さん、大丈夫?具合悪いんでしょ?せめて一晩でも泊まっていきなさいよ、遠慮せずに」

「い、いえ……大丈夫です!お邪魔しました!!」

 勢いよく下宿先を飛び出した町子。すると町子を追って何匹かが出てきた。

 せっかく住む場所が決まりそうだったというのに、アレのせいで滅茶苦茶になってしまった。町子はひたすら走りながら己の運命を恨んでいた。

 自分は何か罰当たりなことをしてしまったのか?

 今日の運勢は稀に見る最悪だったのか?

「本当、ツイてない…!」

 アイツらを振り払うためにデタラメに走った。どこに向かえば良いのか、ここらの地形に疎い町子が頼れるのは何もない。

 曲がり角を曲がると、そこは袋小路。追手から囲まれてしまった。ヨダレを垂らし、ニタニタと笑う姿が恐怖で、足が動かない。この中で恐らくリーダー格なのだろう一匹が町子目掛けて飛びかかる。固く目を閉ざした。もう、神頼みしかなかった。

 ――お願い助けて神様!

「マチコおねえちゃん!!」

 声の方を向くとそこには狐がいた。出会った時のように人の姿はしていなかったが、あの少年だとすぐにわかった。狐の知り合いは彼しかいないからだ。

「間に合って良かったよ。大丈夫?町子さん」

 緊張が解けて、力無く座り込もうとする町子を後ろで忘が支えた。気が付くと追手は一匹もいず、いたとされる場所には紙切れが数枚落ちていた。

「みどりのおにいちゃんがはしるのおそいから、あぶなかったんだよ」

「すまない、久々にあんなに走ったから……」

 ゼイゼイと息を乱す忘から必死さが伝わる。嬉しさと何故か恥ずかしさが混じり、町子は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、ありがとうございます、と言った。

「あの…、どうしてここに?」

「身代わりが報せてくれたんだよ」

 町子の疑問に忘が答える。忘が言うにはリボンに黒いシミが出てきたらしい。焦げた跡みたいになったリボンは朽ち果て、身代わりの役目が成せなくなったと言う。

 ついでに言うと、狐少年――名を白太と後で聞いた――は忘にお代を払ってないことが、彼の"おにいさん"にバレて、払い戻りに来たところに丁度居合わせたようだ。

「そういえば、なんであんなお化けみたいなのが急に襲ってきたんだろう……」

「お化けみたい、じゃなくて本物だから。ああいうのは視えてる人間を喰らうのが主なんだ」

 ゾっとした。本当に命を狙われていたなんて……。

「でも、小さいから力のあるものからは逃げる小心者だよ。もう現れることもないから安心して」

 にっこり微笑む忘。自然と町子にも笑顔が戻った。

「何故襲われたかなんだけど、やっぱり町子さんの失くし物が原因だと思うな。不安定だからどちらの世界からも感化されやすいし」

「マチコおねえちゃんはニンゲンだからあいつらにとってダイコウブツなんだよ」

「じゃあ、失くし物を探して見つけなきゃ、またお化けに襲われるってこと……?」

 そうなるね、と二人から声を揃えて言われてしまった。座り込みたい町子だったが忘に支えられていたため、それも叶わない。本格的に泣きたくなってきた町子をよそに忘は話を続ける。

「下宿先に御札でも貼ってみる?後は外出に魔除けのお守りとか……」

「下宿先から逃げてきたんです……。お化けが沢山いたので……」

「え、そうだったのか?じゃあ住むところは?」

 何故こうも痛い所を遠慮無く突いてくるのだろうか。悲しさを通り越して既に虚しさに変わっていた町子である。はんばヤケクソに、ないです!と答えると忘から思いもよらぬ言葉が出た。

「うちに住むかい?」

「はい?」

 空耳かと疑ったがそうでは無いらしい。知り合って間もないのにそこまでしてくれる意味がわからない。普通ならどんな事情があっても、お化けの類に詳しすぎる怪しい家に暮らしている怪しい人物に、信頼は置けないはずなのだが……。

「それがいいよ!みどりのおにいちゃんのところならゼッタイあんぜんだね!」

「もちろん、町子さんが良ければなんだけど……。どうかな?」

 彼の纏っている雰囲気からなのか、警戒心は無かった。寧ろ町子にとって、これまでにない安心感がある人物であった。この時、何故こんな気持ちになったのか不思議で仕方なかったが、直感がそういっていたのだ。

 ――この人ならきっと大丈夫。

 こうして町子はこの奇妙な出逢いに戸惑いながらも、居候することになったのだ。後にこの巡り合わせが世界をも巻き込むことになるのだが、それはまだ先の話――――――。

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