サマーバケーション
「夏だ、海だ、水着だー」
気のない声ではしゃぐ楪。
え、楽しんでるの?本当に来たかったの?
海に行きたいと言い出した張本人は、水着を着ることなくタンクトップの上にパーカーを羽織っている。
何で海に来たし。
紅羽が早々に海に飛び込もうとしているのを、肩を掴んで止める。
パラソルを立てて荷物を置いている楪の手伝いをさせて、しっかり念入りに準備体操をさせる。
「楪ちゃん、泳がないのー?」
グッグッと筋肉を伸ばしていた紅羽が楪に問いかける。
楪はパラソルの下で日焼け止めを塗っていた。
麦わら帽子まで被って完全に日焼け対策をしている。
腕に日焼け止めを塗りながら乾いた笑みを浮かべる。
「人は水に浮くように出来てないんだよ」
………要するにあれか、泳げないのな。
金槌なんだな。
私が見つめるとあからさまに顔を逸らす。
そう言えば普段自由人だから忘れるけど、この子すごく運動音痴なのよね。
泳げない癖に何で海よ。
楪が弾かれたように立ち上がり私の肩に掴みかかる。
「プールになんて行ったら、強制的に泳ぐコースじゃない!」
海も泳ぐコースだよ。
面倒くさいな、アンタ。
ふわふわした天パをポニーテールにした彼女は、ぴょこぴょことその髪を揺らす。
泳ぎたくない、泳げない、海が好き、馬鹿みたいな理由をダラダラ述べる姿は本物の馬鹿だ。
そんなの昔からだけど。
知ってるけど。
「せめて水着だけでも着たら?」
私がそう言うとそれにも首を横に振る。
ブンブンとすごい勢いで。
首が落ちそうだ。
「無理ですごめんなさい無理です」
無理とごめんを交互に言い続ける楪。
何でよ。
私が訝しめば二人といると霞むよ、とか意味の分からない事を言い出す。
これ以上話していても仕方ないので私も泳ぎに行こうと、準備運動を始めた。
紅羽は既に海に飛び込んでいる。
荷物番をしながら、持ってきた本を開く楪。
それで楽しいのかアンタは。
私は海へ潜り開放感を堪能する。
あー、でもこういうのは久々かもしれない。
「琉月ちゃーん」
ザバザバと海水を掻きながら紅羽が近付いてくる。
手には小さな四角い箱。
カメラのようだ。
水中カメラのようで撮ってくるように楪が頼んだらしい。
……これが目的か。
海から楪を睨めば、それに気付いた彼女は笑いながら手を振った。
あぁ、はいはい。と溜息を吐きながら紅羽の手からカメラを奪う。
そしてそのまま海に潜りなおす。
紅羽の「いってらっしゃい」が聞こえた。