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話を要約すると。


疑いだしたのはわたしの家に通い始める少し前だったらしい。

秀一くんは家事全般をほとんど全て自分で行っている。

料理や洗濯はもちろん、掃除も2人の共有スペースと秀一くんの部屋だけではなく、せっちゃんの部屋も小まめに掃除しているそうだ。

なので家の中にどこに何が置いてあるのかから、母親がどんな服や香水を好み、具体的に何を持っているのかまで把握していた。


おかしいな、と感じたのはとりわけ母親の帰りが遅かった週の休日、スーツにアイロンをかけようと取り出したら嗅ぎなれない香りをかすかにまとい、ポケットから無骨なライターが出てきた時だ。

こんな香りの香水は持っていないはずだし、タバコも吸わない。

ということは。

これまでにそんなことがなかったので、秀一くんは少し動揺したが、しかしホッとした。

これまで仕事一筋で頑張ってきた母親には、そろそろ別の幸せを見つけて欲しいと思っていたからだ。

夫の浮気を嗅ぎつけた妻みたいだな、俺。と冗談目かしながら、秀一くんは母親が恋人のことを切りだすのを待っていた。

だが何の音沙汰もなく日々が過ぎ、恋人いないのかと水を向けてみてもはぐらかされ、自分の勘違いだったのかと思い始めた頃。


今度は二股らしき証拠を押さえてしまった。


その日はたまたま母親が携帯を家に忘れて会社に出かけてしまった。

私用携帯だったのでそのままにしていたのだが、そのすぐそばで洗濯物をたたんでいた時、メールが2通、母親の携帯に届いた。

不幸なことに液晶画面にメールの差出人とタイトル、本文の最初の方が表示される設定になっていたので、秀一くんは目にしてしまったのだ。


1通目は、リョウという人から、昨日は楽しかった、またすぐ会いたいという内容。

簡潔な文章で男っぽさを感じる。

そういえば昨日、例の香水の匂いが母さんの服についてたなあ、やっぱり恋人いるんじゃん、と秀一くんは思った。


そして2通目。

トオルという名前で明日はデート、というタイトルのメールが視界に入り、秀一くんは思わず折りたたんでいた自分のパンツを握りしめたまま立ち上がった。

「なん…!?」

確かにさっきのメールの差出人はリョウで、でも今回はトオルだ。


…これって、二股じゃないか!?


さすがに慌てた。まさか自分の母親がそんなことをしでかすなんて信じられない。

翌日、母親はいまだかつてないほどオシャレをして、というよりいつもの年相応のキャリアファッションではなく、淡い色合いの若々しいカジュアルスタイルで意気揚々と出かけて行った。そこまで女性のファッションに詳しくないが、さすがにいつもと方向性が違うということはわかる。

それから、母親の洋服にバリエーションが出るようになった。

そして、いつものキャリアファッションの時には例の香水の匂いをしばしば感じたが、新しいカジュアルファッションの時には一切香りがつくことはなかった。

秀一くんは、時々母親の服の匂いをチェックするようになってしまった自分に悲しくなりつつも、二股の疑いを一層深めた。


さらにわたしが個人指導塾を始めてから、終わって家に帰ると必ず母親が出迎えることに少し違和感を覚えたそうだ。

これまでは休日も家にいることは滅多になかった。仕事や趣味でなんだかんだ週末も外出することが多かったのに、なぜ急に家にいるようになったのか。


そして違和感はもう一つあった。


帰ってみると、内装が少し変わっているのだ。

例えばテーブルに花が飾られていたり、カーテンが華やかなものに変わっていたり、つまり、誰かを部屋に呼んでいるような形跡がちらほらと嗅ぎとれることがよくあった。


決定的だったのはリビングに掃除機をかけていた時、ソファの下からネクタイピンを見つけた時だ。


絶対に恋人が来てる。

リョウか?それともトオルか?


これだけあからさまな変化があるのにも関わらず、母親に何度も聞いても恋人の存在は否定される。

もう、母親の考えていることがわからない。


母さん、俺たち、別れよう。




「だからもうわかんなくなっちゃって、冷たい態度をとってしまって…」


お、おう。最近の秀一くん、わかんなくなってばっかりだね。お疲れ。

そ、それにしても。


「しゅ、秀一くん、…つ、辛かった、ね…」

「…なんで杏花さん、震えてるんですか」

「ご、ごめ…、だっ、て…ッ」


ダメだ。我慢できそうにない。

わたしの顔を見て、秀一くんは、はー、と大きなため息をついた。


「人が真剣に話してるのに…。なんですか、その態度」

「うぐぐ、…ぶっはあ!!」


遂に耐えきれなくなって、わたしは大げさなくらいに吹き出した。

だって!だってそれどこの昼ドラ!?

今時昼ドラでもそんなベタな証拠の発見の仕方しないよ!?

ライターやネクタイピンを見つけた時の秀一くんの白目を剥いた姿が脳裏にハッキリと思い浮かぶ。

なんという主夫っぷり!

ぐはあ!ダメだ笑いを堪えきれない!

テーブルに突っ伏してひとしきり笑い、ようやく落ち着いてきたところでビールを一気に流し込んで体を鎮める。

くー、頭も体も冴え渡るー!


「ご、ごめんごめん、秀一くん。ほら、あまりにもシチュエーションがわたしのツボを押してきたもんで…。いやあ、ホント深刻な話だわ。二股だなんてねえ」

「…正直面白がってるでしょう、杏花さん」


えっ、ソンナコトナイヨ?

言わなきゃ良かった、という表情を浮かべて、秀一くんは白い目でわたしを見た。

だからごめんってー!


「でも恋人がいること自体は賛成なんだね?」

「ええ、まあ。これまで俺を育ててきてくれた分、これからは母さんの自由に生きて欲しいな、って思ってるんで。もちろん俺、まだ学生なんで偉そうに言えた義理ないんですけど。ただ、隠されてるのがなんか…、嫌なんです」


信用されてない感じがして、と秀一くんは暗い顔でつぶやいた。


「まあ、二股だったら俺に言えるはずないですよね…。というか、人としてそういう自由は認められない…」


ああ、なんだか空気が淀んでる。秀一くんの頭からキノコが生えてきそうだ。


「でも!まだ二股と決まったわけじゃないんだし!」

「ええ、そうですよね…」


秀一くんは力なく微笑んだ。

どうやら秀一くんの中では二股説がかなり有力らしい。

えっと、フォローしなくちゃ!フォローを!


「あ、ほら!リョウもトオルも女にもある名前だし!恋人らしき人がいるのは確実だと思うけど、二股ではないんじゃない?」

「ええ、そう信じたいですね。ちなみに母の携帯に登録されてる名前、二人とも名前の後にハートマークがついてるんですが」


あれはどういう意味なんでしょうねえ…、とついに秀一くんは遠くを見つめだした。

ダメだ、秀一くんの抱えてる闇はけっこう深そうだ。

藪をつついたら蛇が出てきてしまった!


でもやっぱりせっちゃんは二股するような女の人じゃないと思うんだよなー。

無難な線で考えると、一人は本当に付き合ってて、もう一人は付きまとわれてる、みたいな。

うん、あり得る。

せっちゃんにしろ、秀一くんにしろ、美人は大変だねえ。


しみじみ考えたところで、ぼんやり視線を彷徨わせている悩める青少年を現実世界に戻すべく、わたしは違う話題を振って明るい空気の復活を試みた。


「それにしても、CLAMP先生半端ないよねー」


復活の呪文はやっぱり、「絶対大丈夫だよ」かな?


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