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そんなこんなで、時おり彼女ネタで秀一くんをからかいつつ、週に一度の個人指導塾が何度か続いた。

最近ではうちに来る用事が増えたみたいで、ここに来ると開口一番「面白かった!」と言ってくる。


「特に最後の戦いの展開は熱かった!あそこで主人公が必殺技をやめて自爆一歩手前の禁じ手を使うなんて…!」


いつまで経っても遠慮がちで一歩引いたような態度を崩さないのでどうしたもんかと考えた結果、共通の話題があれば会話も弾むはず!と我が家の少年漫画を貸したらお気に召したらしく、毎回何冊か借りて帰ってはこうして興奮気味に感想を聞かせてくれるのだ。

普段はお固くて絶対敬語を使ってくるけど、この時ばかりはそれも忘れて生き生きとした表情をしている。やっぱり素晴らしいよねジャパニーズカルチャー!

しばらく楽しそうにしゃべっていた秀一くんは、わたしが微笑んで聞いているのにハッと気づき、気まずそうにうつむいた。


「す、すみません俺…、タメ口になってましたよね?」

「いーのいーの!そんなに気を遣わなくても!親戚なんだから~」


このやりとりも何回目だろうなあ。


「それよりもうすぐテストでしょ?ちゃんと勉強できてる?」

「あ、はい。それは大丈夫です」


真面目な秀一くんは勉強そっちのけで漫画にのめり込んだりしないらしい。半端ない自制心に感心。

わたしだったら最後まで読むまで止まらないもんな…。尊敬しちゃう。

国語はかなり出来るようになってきたので、テストで赤点取るなんてことにはまずならないと思う。

頭の出来が違うんだなあ。



その次の週、うちにやってきた秀一くんはなんだか元気がなかった。

いつもの感想トークもないし、話しかけてもどこか上の空。

これは何かあったな。家か?学校か?

わたしが聞いても良いことかなあ。

考えあぐねていると、秀一くんの方から話しかけてきた。


「杏花さん、ちょっと相談、というか聞いて欲しいことがあるんですけど、迷惑じゃないですか?」


迷惑じゃないかって!

こんな時でも相変わらずの気遣い屋で、わたしはちょっと呆れてしまった。


「もう、なんでそんな言い方になるかな?親戚なんだから遠慮しないでよ。なんだって相談に乗るから話してみ?」


怒ったような言い方になってしまったけど、これぐらい言わないと分かってくれないからなあ。

秀一くんはすみません、と思わずといった形で謝って、ポツポツと話し出した。



内容は、彼の彼女と、親友くんにまつわる話だった。

まず、この親友くん、名前は笹原陽介くんというらしいが、その子は秀一くんの彼女のことが好きだったらしい。

そのことは偶然体育後の更衣室で忘れ物を取りに来た秀一くんの耳に入ってしまった。


「陽介さあ、まだ鈴原さんのこと好きなん?」

「秀一に譲っちゃったことまだ後悔してるんじゃね?」

「好きだけど、仕方ねーよ。正直秀一に勝てる気しねーし。幸せそうだしさ。俺は鈴原さんの笑ってる顔見れれば十分なんだよ」

「ひゅー!カッコイイ!惚れちゃう!陽介俺と付き合ってーん」

「やめろ気持ち悪いこっちくんな!」


ギャハハ、と更衣室内は爆笑が響き渡ったが、秀一くんはそれどころじゃない。

真っ青になった。

まず、付き合ってしまえと葉っぱをかけてきたのは誰であろう、陽介くんだったのだ。

それに、更衣室の中にはまだ大勢の男子生徒がいて、大声で話されているその話題に驚く声は一切聞こえてこなかった。ということは、その事実を知らなかったのは秀一くんだけということになる。

どうして誰も教えてくれなかったんだ、と秀一くんは呆然とした。

そして、なんで気付かなかったんだ、と鈍感な自分を責めた。


それだけならまだ良かったかもしれない。

秀一くんの話には続きがあった。


その翌日、今度は彼女が友達と話をしているのを偶然聞いてしまったという。

話題は陽介くんのことだった。


「笹原さあ、絶対すずりんのこと好きだよねー」

「ねー。マジウケる」

「さすがすずりん!モテモテじゃーん」

「そんなことないよお」


鈴原さん、秀一くんの彼女は困ったような声で答えた。


「まだ告られてないんでしょ?笹原もかわいそー。あんなに頑張ってアプローチしたのに親友に持ってかれて!」

「いやそもそもすずりんが秀一くんに近づきたくて仲良くしてあげただけっしょ。ね、すずりん」

「えへへ、ま、ねー。告白されそうになった時は困っちゃったけど。そもそも笹原くんはあり得ないかな。だって」


ブサイクだもん、という言葉を聞いて、秀一くんは完全に固まった。

これがいつも可愛い自分の彼女の口から出た言葉なのか?と自分の耳を疑った。

その後も陽介くんについての聞くに耐えない陰口合戦が繰り広げられ、吐き気を我慢できずに秀一くんはヨロヨロとその場を離れた。

それから、学校で陽介くんにも彼女にも普通に接することができず、周りからは心配されるし彼女は毎日何度も電話をしてくるしで、もう秀一くんはどうしたらいいのかわからなくなってしまったようだ。


「俺、もう陽介も鈴原さんも何を考えてるのかわからなくなっちゃって…。笑顔の下で違うこと考えてんのかなって疑心暗鬼になって、そんな自分も嫌になってきて」


混乱してるんです、と弱々しく秀一くんは締めくくった。


うーん、偶然が重なって嫌な事実を知ってしまったようだねえ。悲劇だ。

秀一くんはどうやら負のスパイラルに陥っているようだから、ちょっと話を整理しようか。


「まず、陽介くんは良い子だね。親友のために自分が引き下がるなんてさ。わたしは漢だと思うなあ」

「でも、俺は話して欲しかったです。そんな大事なこと隠すなんて、親友って言えるんですかね…」

「親友だからって何でも話せるわけじゃないでしょ。陽介くんは秀一くんのためを思ってあえて身を引いたんじゃないかなあ」


ま、秀一くんはハンサムだし、彼女の鈴原さんもあからさまに秀一くんにラブ光線浴びせてただろうから、自己保身に走ったというのが正しいんだろうけど。ここは黙っておく。


「陽介くんも納得ずくのことだったんだから、秀一くんが気にすることないよ。むしろ気にしたら陽介くんの立つ瀬がないからさ」

「そう、ですね…。陽介…」


寂しそうに秀一くんはつぶやいた。

良い親友を持ったねえ。


「でも鈴原さんのことは…」

「…あー、あー、えっと、女子って怖いよね…」

「杏花さんがそれを言いますか」


だってわたしそんなコワイ女子って周りにいなかったもん!

いや、いるにはいたけど近づかないようにしてたもん!くわばらくわばら。


「俺、許せません。陽介のことをあんな風に言うなんて!利用した、とか、ブサイク、とか、陽介の気持ちを知ってるくせに!第一そういうこと言ってるあんたらの方がブサイクだ!」


顔を歪めて秀一くんは吐き捨てた。

うん、怒るのは当然だよね。わたしもその場にいたらブチ切れてただろうなあ。


「なんで俺、あの場で乗り込まなかったんだろ。でも…もしかしたら鈴原さん、その場の空気に押されてあんな風に言っちゃったのかもしれなくて…」


秀一くんは悩ましげにうつむいた。

中学生のくせに秀一くんは考え方が理性的だ。普通感情に任せてなんてヒドイ奴!って思いこんじゃうよね?こういう場合。


でも残念。十中八九、本音トークだったと思うよ?それ…。

気に入らない相手とかどうでもいい相手にはどこまでも残酷になれる部類みたいだからねー。話を聞いた限りでは。

恋する少年はまだ少し盲目でいたいようだ。


「女子っていうのはさ、見た目じゃ全然わからん生き物なのよ。誰しもトゲを持っているというか…。大抵の男の人が可愛いと思う女子は、故意に可愛く見せてる、ってことというか…。まあ、秀一くんも陽介くんもまだ若いし、女子を見る目はこれから養っていけばいいし」


とんだ蛇に捕まっちまったな、という意味を込めてごにょごにょ言ったら秀一くんは大きなため息をついた。


「要するに、杏花さんから見て鈴原さんは凄いトゲを持ってる、ってことですか?」


要するにそういうことです。はい。


「女子って怖い…」


わたしのセリフを今度は秀一くんがつぶやいた。


別れるの?と聞いたら、秀一くんは首を振った。

まだ鈴原さんの本心が分からないから、ということらしい。

実に理性的。きみ、ホントに中学生?

母子家庭だから、っていうのが全部の理由ではないんだろうけど、色々我慢しなきゃいけないことが多かったんだろうなあ。

周りよりちょっと早く大人にならなきゃいけない場面がこれまで何度もあったんだろう。

でも、それってなんだか寂しいな。

秀一くんはもっと我がままになってもいいと思うよ?


我がままを言える時期なんて限られてるんだから。

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