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うら若き秀一少年の悩み 2

女子は怖い生き物だ。


俺は最近つくづくそう思う。

俺を変な目で見てくる鳥海先生、人を平気で貶す鈴原さん、二股疑惑のある母さん。

彼女たちは普通にしてたら美人で可愛くて魅力的に見えるかもしれない。

でも本当はそんな綺麗なだけのものじゃない。

きっとその外見は彼女たちが故意に見せかけてる偶像なんだ。

裏では、とんでもないことを考えていたりする。本当に怖い。


唯一の救いは杏花さんだ。

なんというか、こう、裏表がないんだよなこの人…。考えてることがすぐ顔や行動に出るから分かりやすい。

ホッとするというか癒されるというか。



花火大会に誘われて一緒に行った時、杏花さんは案外子供っぽいことが分かった。

あれがやりたい、これが食べたいと思いつきですぐ行動するし、わたあめは口の周りにベットリつけながら食べるし、ヨーヨーを振り回しすぎて人にぶつけるしで目を離したら何をしでかすか分からない。

やんちゃな子供を持ったお父さんみたいな気分になっちゃったよ…。

俺にそんな生暖かい目で見られていることに気付かない杏花さんは、楽しそうに笑っている。

これで裏では腹黒いことを考えてたりしたら俺、軽く人間不信に陥りそうだな。

信じてますよ、杏花さん…!



家に帰った後、母さんがどうして杏花さんの家に泊まってくるように言ったのかが分かった。

確かに少しイライラが態度に出ちゃってたかもしれないけど、そんなに心配されていたとは…。

でもこれはどう突ついてもはぐらかしてきた母さんが悪い。一度ちゃんと話をしなきゃな。


「ありゃ、もうこんな時間か!そろそろ寝よっか」


杏花さんは時計を見て伸びをした。結構長い時間話し込んでしまったみたいだ。

ふと、そこで女の人と二人っきりなんだということに気付いた。

いや、勉強を教わってる時もいつも二人っきりなんだけど、今日はそういうのとは違う。これから寝るわけだし…。


あれ、でも、どこで寝るんだ!?


杏花さんのベッドと、いつも勉強で使っているテーブルなどでスペースは一杯だ。

ま、まさか一緒にってわけないだろうし、でも杏花さんのことだから何も考えてなかったっていうのもあり得る!ここは断固として別々で寝るって言わなきゃ、


「どしたの?」


悶々と考えていたら、ひょいと顔を覗き込まれた。と同時にシャンプーの香りがふわりと漂う。

ドキッとしたのはもう条件反射だ。

俺も一応思春期を迎えた男子ですから!陽介にはいつもジジくさいって言われるけど!


「あ、いえ、寝る場所確保しなきゃなと思って…」


顔、赤くなってないよな?と思いつつボソボソ言うと、杏花さんはうん、と一つ頷いた。


「そうだね。布団出すから座布団とかテーブルとか端に片してくれる?」


どうやら一緒に寝る気は微塵もないようだ。正直ホッとした。

良かったそういう常識がちゃんとあって…!


ちょっと残念な気持ちが心の片隅に転がってるような気がするのは無視だ。


それにしても杏花さん、本当に俺のこと男として意識してないよな…。

いや、されても困るんだけど。鳥海先生みたいなのは勘弁してほしい。

でももうちょっと警戒してもいいんじゃないだろうか。俺だってもう力は杏花さんより強いし、男だ。間違いが起こらないとも限らない。

相手が俺だから良いけど、普段男の人をこんな風に気軽に泊めたりしてないよな…。心配だ。


「それじゃ、電気消すよ〜」


寝る支度を終えた杏花さんが洗面所から戻ってきた。

歯磨きをして、何かゴソゴソやってる気配がしたけど、特に外見は変わっていない。いや待てよ、そこはかとなく胸元がいつもより寂しいような…。

もしかして、ノーブラ…?

って何まじまじ見てるんだ俺っ!


「おやすみー」

「…っ、おやすみ、なさい」


パチンと電気が消される。

杏花さんがゴソゴソとベッドに潜り込んだ気配がする。

皆さんのご想像通り、その後俺は悶々として全く寝付けなかった。

そんな時は般若心経を心の中で唱えるのが効果的だ。

色即是空ー。

…ダメだ。眠れない。






杏花さんは褒め上手だ。

それは毎回の家庭教師で重々承知していたことなんだけど、不意打ちでやられるとかなりドキッとする。


今日もそうだ。

こんな相談しても困らせるだけなのは知りつつ、鈴原さんと別れてからずっと考えていたことを杏花さんに話した。人の感情って考えれば考えるほど難しい。


好きってなんだ。付き合うってなんなんだ。友達とはどう違うんだ?


案の定、杏花さんは困ったように眉を下げて、俺の相談を聞いていた。

考えすぎなのは分かってるけど、一度引っかかると答えを出すまで気になってしまう性分なんだ。


杏花さんは好きって気持ちは案外シンプルなものだよ、と言った。そして、好かれる理由も何気ないきっかけだったりする、とも。


「みんなが秀一くんを好きなのは、秀一くんがすごく魅力的だからだと思うよ?」


本当に不意打ちだった。

杏花さんは俺のことをそんな風に見てたんだって思うと、全身が熱くなる。

なんだこの言葉責め。恥ずかしすぎる!


「杏花さんって…」


思わず言葉が漏れた。

杏花さんって誰にでもそういうことを言ってるんですか…?

ちょっと気になってしまった。

うーん、この邪気のなさそうな顔を見ると普通に言ってるんだろうな…。末恐ろしいな…。

逆に、杏花さんが好きになる人ってどんな人なんだろう。

好きな人にも平気で「わたしが思うあなたの素敵ポイント」を言えるんだろうか。

杏花さんの頭の中には照れという言葉は存在しないのか?


自分に置き換えて考えてみる。例えば杏花さんの良いところ。

裏表がなくて、無邪気で、ちょっと抜けてて、案外世話焼きで、優しくて、一緒にいると楽しくて癒される。


…言えるか?本人に。

否、言えない。


きっと恥ずかしすぎて逃げ出しちゃうよ、俺…。

その時俺は、杏花さんも怖いところがあるな、とうっすら感じた。




しかし俺は、しばらくも経たないうちにその考えを改めることになった。

怖いどころの話じゃない。

鳥海先生よりも、鈴原さんよりも、母さんよりも。

杏花さんは危険な人物だ。





陽介が杏花さんの漫画目当てで家まで引っ付いてくるようになってから、数日。

唐突に陽介がこう言い出した。


「杏花さん、もしかしたら俺のこと、好きなのかもしんない…」


…。はあ?


唐突過ぎて言葉も出ない俺を尻目に、陽介は面白いほどの百面相を披露していた。


「だってすんげー俺に優しいし、なんていうか視線?が俺のこと好き、って言ってるみたいなさ!この前なんか頭なでなでされちゃったし!どうしよう俺!?ちょっとグラグラ来ちゃったよ!俺には心に決めた人がいるのに…!」


く、と涙を堪える仕草をする陽介。

盛り上がってらっしゃるところ悪いけど、杏花さんにはこれっぽっちもその気はないと思うぞ、陽介…。

どうやら俺みたいに普段から褒められてたらそこまでの威力がない杏花さんの攻撃を耐性なく受け止めたからか、盛大な勘違いをしてしまったようだ。


「落ち着け、陽介。絶対ないから。杏花さん誰にでもそんな感じだから」


目を覚ませ、陽介!

しかし俺の忠告も虚しく、陽介は恋に恋する乙女も裸足で逃げ出すほどのピンクオーラを撒き散らしている。


「こ、告白とか、されちゃったらどうしよう…。俺応えられないよ。好きな子いるし…!でも、でも、悪い気はしない、っていうか…」


…戻ってこーい…。





それからというもの、陽介は期待に胸を膨らませながら杏花さんの家に通った。

だがしかし、杏花さんの態度は変わることなく。

あんなに意味あり気な視線を浴びせられてるのに何も察しない杏花さんって、一体…。


陽介があまりにもモジモジチラチラするので、全く勉強に集中できない。俺のイライラもピークに達していた。

第一ここはわざわざ杏花さんが俺のために時間を作ってくれてるんだぞ!?なんで陽介に邪魔されなきゃいけないんだ。

俺と杏花さんの時間だったのに…!


あまりにも腹が立ったのでついつい陽介にキツイ口調で注意してしまった。


「陽介、いい加減にしろよ。俺は勉強をしに行ってるんだぞ。不純な動機でついて来られても迷惑だ。杏花さんだってきっと困ってる」


陽介はきょとん、とした顔で俺を見て、茶化すように笑った。


「また〜。秀一、拗ねるなよ。いくら杏花さんが俺を好きだからって、秀一から先生を取る気はないからさ」


イライラもここまで来るとピークを超えて大気圏に突入した。

ブチッと何かが切れる音が聞こえた気がする。

俺は俯いた。スッと顔から感情が引っ込んでいくのが分かる。


「陽介…」


その低い声に、陽介の肩がビクリと震えた。


「あ、ごめ、秀一、」

「しばらく俺に声をかけるな。勉強に集中したいから。お前もちょっとは受験を本気で考えろ。中卒になるつもりか?おばさんが心配してたぞ」


俺を本気で怒らせたのが分かったのか、陽介は青い顔をして震えている。


俺ははあ、と大きなため息をついた。


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