25 *完結*
突然怒りの感情を向けられて、わたしはただただ戸惑った。
「しゅ、秀一くん」
「本当に、杏花さんって、タチが悪いですよね…。それ、わざと言ってるんじゃないですよね?」
「え?…えっ?」
「相手に気を持たせるような発言をしてるのは、杏花さんの方じゃないですか!」
は、はい!?
わたしがいつそんなことを!?
秀一くんがどうしてそんなに怒っているのか、そして何を言っているのか全く理解できず、何も言い返せずにいるわたしに、秀一くんは拳を握りしめてわたしを更に睨む。
「詳しくは知りませんけど、きっと佐藤さんも、それに陽介も、杏花さんの犠牲者ですからね」
「ぎ、ぎせいしゃ!?」
凄い言葉が飛び出した!
呆気にとられるわたしをどう思ったのか、秀一くんはふと口をつぐみ、鋭い眼差しでわたしを見据えた。
「…でも、俺も犠牲者になる気はありませんから」
ふいに秀一くんが、ぐ、と体ごと顔を近づけてきた。思わず後ろに手をついてのけぞる。
しばし無言で見つめあった。
…怖い。秀一くんが怖い!
この1年、秀一くんは礼儀正しく、真面目に、一定の距離を保ってわたしと接してきたと思う。
それはわたし自身も多少気をつけてきたことだし、秀一くんも自分に近づかせないように、必要以上に見えない境界線を引いていた、と思う。
間違っても、こんなことをしてくるような子じゃなかった。なのにどうして…!
「なんで逃げるんですか」
「だ、だって」
「ねえ、杏花さん。俺がどうして無意識に、勘違いさせるようなことを言ってるんだって思ったんですか?」
「そ、それは」
「もし俺が、わざと言ってるんだとしたら…、どうするんですか?」
「それは…!」
矢継ぎ早の質問に、何も答えられない。答えを用意してない。
これは罰なんだろうか。
可能性には蓋をして、見えないふりをしていた罰。
秀一くんは真剣な眼差しのままで、わたしを見据えている。
怖い。
なんだかちょっと泣きそうだ。
でも、じゃあ、わたしはどうすれば良かったんだろう。
だってあり得ないでしょう?10歳も離れてるんだよ?分かってるの?
「杏花さんは、俺の話を真剣に聞いて、一緒に考えてくれました。一緒にいると楽しくて、悩んでることがなんだかバカバカしく思えてくるほど、明るい気分にしてくれます。少し変なところもあるけど、優しくて思いやりがあって、そんなところが」
ゆっくりと言葉を紡いで、秀一くんは少し微笑んだ。
「俺は好きです。杏花さん」
「や、やめて…!」
耳まで赤くなってる自信がある!
全身がこれまでに経験したことがないほど熱い。恥ずかしさで死んじゃいそうだ!
何この言葉責め!?わたし何かしましたか!?
赤くなったまま固まっているわたしを見て、秀一くんは苦笑した。
「前に杏花さんが俺にしたことと同じことをしただけなんですけどね…」
「そそ、そんなことしてないよ…!」
全く記憶がないよ!!
「杏花さん、前に言いましたよね。人を好きになるって、けっこうシンプルだって。相手のことをもっと知りたいって思うことだって」
「え…、そんなこと言った…?」
言いました、と睨まれた。
あ、すみません…。
でも何偉そうなこと言ってるの過去のわたし!
タイムマシーンがあったら今すぐ戻って訂正したい!人は簡単に人を好きにはならない、良く良く考えろって!!気のせいってこともあるから!高確率で!!
「俺は、杏花さんのことをもっと知りたいって思ってるんですけど」
「しゅ、秀一くん、それはね、間違っても好意を持ってるってことじゃあないと思うよ?ましてや異性として、その、好き、ってわけじゃ絶対にないよ…!」
やっとなんとか反論すると、秀一くんは小首を傾げて「そうですか?」と笑っている。全く信じてない!
「まあいいです。杏花さんが救いようがないくらい鈍感なわけではないことがわかりましたから」
「ふえ?」
「あれだけ鎌をかけてスルーされたらどうしようかと思ってましたもん」
秀一くんは悪戯っ子の笑みでわたしを見つめる。
鎌、かけ…!?
じゃあ、じゃあやっぱり今までのあれやこれやはわざと言っていたってことなの!?やっぱりジゴロなの!?秀一くん!
「どうしてそんなこと…」
ぐちゃぐちゃになった感情を持て余して、わたしは両手で顔を覆った。
今わたしどんな顔してる?とてつもなく情けない表情を浮かべてるに違いない。年上の威厳はどこに行った。
秀一くんはわたしが優しくて思いやりがあるって言った。
でもそれは違う。
年上だから、優しくできた。自分とは全然違う世界を生きてるって思っていたから、親身になれた。自分とは関係ないから、話を聞いていられた。そんな部分もあるんだよ?
こんなの、もの凄く醜いエゴの塊だ。
それに見栄もあった。綺麗で優しいお姉さんだって思われたかった。だから掃除だって頑張ってやってたし、メイクも仕事行く時より丁寧にこなしてましたよ!
利己的で、プライドが高いだけの、つまらない女なんですわたしは!!
好かれる要素ゼロなんですよ!!
「杏花さんって、根本的に自分が他人に好かれるわけがないって思ってますよね」
「え!?」
「それで、嫌われないように頑張っちゃうタイプ。間違ってますか?」
「……」
絶句だ。
人の深層心理を的確に観察してる。なんでそんなこと分かるの秀一くん!
「まあ、その行動が本人の意図しないところで悲劇を生んでるわけですが…」
秀一くんは一瞬遠い目をした。
どど、どういうことなんでしょうか秀一先生…。
秀一くんはわたしに向き直ってさらに言った。
「ついでに、俺のこと子供だって思ってるでしょう」
「え、っと、それはだってまだ中学生だし…」
中学生は子供の範疇だと思いますけど!
「もう高校生です」
「高校生も…、子供だよ!」
「そして男です」
「し、知ってるよ!?」
本当ですか?と秀一くんは疑わしそうだ。
いやいや、間違っても女の子だとは思ってなかったよ?
「つまり、杏花さんは、俺のことをこれっぽっちも意識していないですよね」
「…う、う、ん…?」
意識、は、してなくないけど…。
秀一くんが同年代だったらな〜って妄想をしたことならあるよ?
きっと綺麗な彼女と学生の頃から付き合ってて、大体わたしくらいの歳で結婚するんだ…。そんでわたしは遠くからそんな二人を祝福してるんだ。
リア充街道まっしぐらな秀一くんしか想像できませんでした。はい。そんな夢なら見ましたけど?
「だからまずは、意識してもらうところから始めることにします」
困惑するわたしを置いて、秀一くんは薄く笑ってするりと手を伸ばしてきた。
胸のあたりまで伸びたわたしの髪の毛を一束つかんで口付ける。
「覚悟してください」
毎週末、わたしの家に通ってきていた少年は、もう少年なんかじゃなかった。
悩んだり、呆れたり、悟ったり、空模様みたいに目まぐるしく感情が流れて行ったけど。
こんなに晴れやかに、清々しく笑った顔を見るのは初めてだった。




