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年が明けると仕事が更に忙しくなる。
ああ、早く休日になれ。頼む…。
毎年のことだけど、正直辛い。辛いよお。
どんよりした気配を漂わせながら会社からやっと脱出し、駅のホームで電車を待っていると、ふと派手な広告が目に入った。
『HAPPY VALENTINE』
ああ、そっかー。もうこんな時期かあ。あれ、そういえば今日って14日じゃね?
すっかり忘れていた。クリスマスの時より酷い…。我ながらやっぱり残念過ぎる。
そういえば部長がそこはかとなく期待した目でわたしを見てた気がする。
ああ、そういうことだったのか…。さらに仕事振られるんじゃないかと思って、そんな余裕ないっすマジでって感じで殺伐とした雰囲気醸しちゃったわ。
すぐ側に女性社員がいたら事前に話題が出て気づけたかもしれないのに…。女性が少ない製造業の悲しさよ。
とはいっても、本気でチョコ渡したい人なんていないし、チョコレート会社の商業戦略に乗ってやる謂れもないかな。
うん、と頷いて、フッと秀一くんの顔が浮かんだ。
秀一くん、元気かな。正月以来会ってないなあ。
インフルエンザも最近流行ってるし、体調崩してないといいけど。
あ、でもバレンタインっていったら秀一くん凄いことになってるんじゃない!?
なんといっても3年生なのだ。最後だし、同級生だけじゃなく後輩からもドッサリチョコをもらってるんじゃないだろうか。ついでに告白も。いいなあ。青春だなあ。
今度会ったら何個貰ったのか聞いてみよう。
その機会はすぐに来た。
その週の土曜日、久しぶりに秀一くんが遊びに来たのだ。もちろん勉強道具も持って。
さらにはお土産まで持ってきた。むしろこっちが本題だった。
「にしても、チョコのお裾分けって…。一体いくつ貰ったの?」
紙袋に入ったチョコレートの箱を手に取りながら、わたしは笑いを堪えながら聞いた。
「…いいじゃないですか、それは…。察してください」
秀一くんは少し不貞腐れたようにわたしを睨んだ後、そっぽを向いた。
どうやら散々周りにからかわれたらしい。よ!色男!
でもリアルに下駄箱開けたらラブレターとチョコが雪崩れてきた、なんてことがあるとは…。
秀一くん、凄まじ過ぎる…。
どんだけモテんねん。
それにしても、いいなあ共学!こういうイベントが青春!って感じに盛り上がって。
女子校なんてお菓子作ってくる人は多いけど、なんの胸キュン要素もないよ。
タッパーにドサっと入れてきて唐突に「食え。」だもんなー。
あなたのために作ってきたの!みたいな可愛い理由じゃない。公然とお菓子が食べられる日だから気合い入れて持ってくるだけだ。
ちなみにわたしはお菓子作れないんで、もっぱら食べ専でした。ごちでーす。
なにはさておき羨ましい。その下駄箱現場見たかった!
「杏花さんは…、誰かにあげたりしなかったんですか?」
「わたし?わたしはそもそもバレンタイン自体忘れ果ててたよ…。当日の夜やっと気づいたけど」
秀一くんが可哀想な人を見る目でわたしを見た。
やめろ!お前とは住む世界が違うんだ!そんな目でわたしを見るな!
「…まあ、そんなことだろうと思いましたよ。だから、これは俺からです」
先ほど渡されたチョコの入った紙袋とは別に、綺麗にラッピングされた箱を差し出された。
…はい?
「バレンタインは、別に女子から渡さないといけないっていう決まりはないでしょ?」
ニッコリと笑われる。
た、確かにそうだけども!欧米では男女関係なく渡すそうだけれども!
あまりにも不意打ちすぎて数秒間フリーズしてしまった。そのあと訳もなくカーッと顔が熱くなった。
ヤバイ!わたし、こういうの慣れてないんだよ!
秀一くん、なんでこんなにナチュラルに渡せるんだ!?仮にも好きな人にプレゼントするっていうイベントごとだよ!?
将来絶対女泣かせになるぞコイツは…。もうすでにそうかもしれないけど!
「あ、ありがとう…」
赤くなった顔も冷めやらないまま、なんとかお礼を言った。
縁がないのを見越して、リア充のお裾分けなのかな…。いやいや、秀一くんに限ってそんな嫌味なことするはずがない。
それじゃ、お世話になってる人全員にあげてるのかな。うん。秀一くん義理堅いし、きっとそうなんだろうな。
まったくもう、年上を焦らせるんじゃないよ!変な汗出ちゃった。
秀一くんはその後最近の陽介くんの様子や試験の日程などを話して立ち上がった。
これから図書館で勉強をするらしい。頑張れ、受験生。
「それじゃ、お邪魔しました」
「うん、気をつけてね」
「子供じゃないんですから。あ、それと杏花さん」
秀一くんは扉を開けながら振り返った。
「チョコレートはたくさん貰いましたけど、あげたのは一個だけなんです」
首を傾げて、秀一くんは照れたように笑った。
「すごく、緊張するんですね。こういうの」
それじゃあ、と言って秀一くんは去って行った。
心臓が跳ね上がったまま帰ってこないんですが!




