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10年前の自分を思い出すのは難しい。

現在24歳。10年前は14歳。中学2年生。

何を見て、何を感じて、どんなことを考えていたのかなんてちっとも思い出せない。

だから、どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあっても、時間が全て解決してくれるよっていう言葉は、あながち嘘じゃない。

でも、君たちにとってはきっと、大人の言い訳にしか聞こえないんだろうね。



「え、家庭教師?」


久しぶりに母親から電話がかかってきたと思ったら、なんだか面倒そうな話が舞い込んできた。


「覚えてるでしょ?従姉妹のせっちゃん。その息子さんが来年受験らしいんだけど、塾に通わせてあげる資金がないらしいのよ。あんた、国語だけは得意だったでしょ?力になってあげてくれないかしら」


だけとはなんだ、だけとは!


「せっちゃんもほら、働きながら女手一つで育ててきたでしょ?困ったことがあったら頼ってねって何度も言ってるのに全部一人で抱え込んじゃってお母さん心配だったのよ。それで珍しく頼まれちゃったもんだからお母さん嬉しくって!」


相変わらずお節介焼きの母は電話口でまくし立ててきた。


「あんたもせっちゃんには小さい頃お世話になったでしょ?恩返しだと思って引き受けてくれないかしら。引き受けてくれるよね?」

強引な口調でそんなことを言う母の脳内では、たぶんこれ決定事項なんだろうなあ…。


従姉妹のせっちゃん。

わたしより15歳年上の彼女は結婚直後に旦那さんを亡くして、バリバリ働きながら子育てをしてきたパワフルなシングルマザーだ。

わたしがほんの小さい頃、まだせっちゃんが学生の時、母親が盲腸で入院したことがあって、せっちゃんがわたしを預かってくれたことがあった。他にも相談に乗ってもらったり、動物園に連れて行ってもらったりと、小さい頃何かと世話になっているのは本当だ。

ここ最近会っていなかったから、どうしてるのかなあと思っていたけど、息子がもう受験生だとは!時が流れるのは早いねえ。

とはいえ。


「でもわたし、高校受験したことないから教えられるかわかんないよ?仕事だってあるし、いつも家にいるとは限らないし」

「なに言ってんの!あんた週末絶対家にいるじゃないの!時々こっちに帰ってきたと思ったらやれ漫画を置いて行ったり持って行ったり。あんた社会人にもなってまだオタクなんでしょ」


オタクを病気みたいに言うな!

社会人だってオタクは山ほどいるわい!あとわたしはオタクじゃない!日本文化愛好家だ!


「とにかく、せっちゃん忙しいんだから週末ぐらいは面倒見てあげてもいいでしょ?たった一年だしさ。とりあえず挨拶がてら来週せっちゃんが秀くん連れてあんたんとこ行くから!細かいところはメールするからね!」


反論の余地をはさまず電話が切れた。ヒドイ。

絶対約束取り付けてから電話してきたでしょお母さん…。

わたしにもう予定があったらどうするつもりだったんだ!ないけど!悲しいことに予定ないけど!



そんなこんなで、気づいたら10歳年下の少年に、お勉強を教えることになってしまった。

家庭教師といっても、こっちに通ってきてくれるらしいから個人指導、というのが正しい。

あれ、ちょっと間違ったら卑猥な響きを帯びちゃうぞ?いやいや、間違ってもそんなことないけど。


息子の名前は秀一くんと言って、確か会うのは5年?ぶりになるのではないかと思う。

せっちゃんに似て小学生ながら整った顔をして、お行儀も良かったな~。

しかし今は中学3年生。家庭の事情も事情だし、グレてたらどうしよう!?

怖いなあ。親のことをクソババアなんて呼んだり、オラここでジャンプしてみろよチャリンチャリーンなんてことになってたら!

この年頃の男子に全く免疫のないわたしです。困った困った。

しかもあれでしょ、いつもエロのことしか考えてないんでしょ、男の子って。漫画で見たことあるもん!

やだなあ、お姉さんをエロの眼差しなんかで見られちゃったら!と考えながら鏡をマジマジ見て、下を見下ろしてみる。うん。とっても見晴らしがいいなあ。

最近の若い子は発育がいいっていうから、こんなおばちゃん対象外よね。うん。

あ、ちょっと涙が…。



そんなことばかり考えていたら、あっという間に週末が来てしまった。

ピンポーン、とチャイムが鳴る。


「はーい」


たぶん聞こえてないけどそう返事をしながら扉の鍵を解除して開ける。


「せっちゃん!」

「きょうちゃん!久しぶりねえ!5年ぶりかしら?」

「うん、たぶんそれぐらいじゃないかな?せっちゃん全然変わってないねえ」

「きょうちゃんは綺麗になったわね~。見違えちゃった!」

「またまた〜!立ち話もなんだから上がって上がって!」


わたしはそう言って大きく扉を開いた。

すると扉の影に隠れていたせっちゃんの息子、つまり秀一くんの姿が目に入った。


「あ、これが例の息子!秀一!大きくなったでしょ~?とはいっても身長はクラスで前の方らしいけどね!」


せっちゃんそれは本人気にしていることなんじゃ…。

ちょっと嫌そうな顔をした秀一くんは、ペコっと頭を下げて挨拶してきた。


「柏 秀一です。よろしくお願いします」


昔と変わらず礼儀正しいみたい。良かった~!

服装もポロシャツにカーディガン、下はラフなスラックスとちょっと良いところのお坊ちゃんって感じで、髪を染めたり、耳に穴を開けたりもしていないようだ。

わたしの記憶の中の秀一くんをそのまま大きくしました、という印象に、心底ホッとしてしまった。


「榎本 杏花です。よろしくね。ホント、大きくなったね~!」


言いながら中に二人を招く。

座布団を勧めてお茶を持って行くと、せっちゃんは感心したように部屋を見渡していた。


「きょうちゃん綺麗にしてるわね~!わたしも見習わなくっちゃ」

「慌てて片付けただけだよ~。普段はすんごく汚くて人様を呼べる状態じゃないんだよね」


正直昨日は戦争でした。ゴミとの。

せっちゃんはうんうん、としみじみとしたように頷いた。


「働いてたらそうなっちゃうの分かるわ~。うちは秀一がそこのところやってくれるから助かってるけど」


さりげなく息子自慢を入れてくるせっちゃんはとっても嬉しそうに笑った。

せっちゃんは今年で40歳になるはずだけど、とてもそうは見えない若々しさだ。

うーん、相変わらず綺麗だなあ。再婚してないのが不思議だ。

わたしだったらこんな素敵な女性と結婚したい。

わたしの歳にはせっちゃんもう結婚してるんだよな~。羨ましいな~。旦那さんが!


「で!さっそく本題だけど、無理言っちゃってごめんね?家庭教師の件。他に頼める人がいなくって」

「そんな、無理なんかじゃないよ!でもわたし、確かに昔は国語得意だったけど、今も教えられるかわかんないんだよね…」


なにしろ10年前ですからね!


「そこは大丈夫!秀一ったら他の教科は成績良いくせに国語だけはいつも赤点なのよ!なんでなのかしらね~」

「母さん!」


余計なことは言うなとばかりに秀一くんが口を挟んだ。

あ、ちょっと赤くなってる。かわいいな~。


「別に、国語が嫌いってわけじゃないし…。ちょっと苦手なだけで」

「去年はそんなことなかったんだけど、受験を意識しだしたからかしらね?とにかくきょうちゃんにコツを教わればなんとかなるわ!」


よろしくね!とニッコリ微笑まれる。

う、プレッシャーが…。


「ほら、秀一も改めて挨拶して!」


促されて、秀一くんはチラリと横目でせっちゃんを見て、ボソッとつぶやくように言った。


「…よろしく、お願いします」


その、せっちゃんに一瞬向けられた複雑な表情に驚いて、わたしは一瞬反応が遅れてしまった。


「…あ、えっと、お役に立てればいいんだけど、こちらこそよろしくね」



せっちゃんはその後仕事があるとかで、秀一くんを残してすぐに帰ってしまった。

ああ、早すぎるよせっちゃん!まだ二人っきりは流石に早すぎるよー!

と言うに言えず。

静まり返る室内。

目を合わせようとしない秀一くん。

だからこの年頃の男の子に免疫ないんだってば~!

それに、さっきの秀一くんの表情。

矛先の向けどころが分からない怒りをどうにか抑えようとしているような、それでいてどこか悲しそうでやるせなくて、そういう感情ひっくるめて全部諦めてしまっているようなそんな表情。

ようするに、中学生がする顔じゃなかったってことなんだけど。

せっちゃんと何かあったのかなあ。せっちゃん自身はけろっとしてたけど。

でも小さい頃に会ったことがあるとはいえ、ほぼ初対面の人が踏み込んでいいことじゃなさそうだしな~。

困ったなあ。


「えっと、秀一くんは志望校はもう決まっているの?」

「え?はい、決まってます」


とりあえず当たり障りのない会話から始めることにした。

志望校を聞くと難関公立高校だった。

そんじょそこらの成績では入れないってので巷では有名で、それが志望圏内に入るってことは相当頭がいいんじゃないの?秀一くん。


「それじゃあわたしが教えられることはないかもしれないなー」

「いえ、国語さえなんとかすればどうにかなるって先生には言われてて…。母さんも、本気なら家庭教師をつけてでもそこに行ってもらうって張り切っちゃって」


どうやら秀一くん、せっちゃんに無理矢理ここに連れて来られたらしい。

強引なところはうちの母にそっくりだ。家系かねえ。


「そっか。国語が苦手って言ってたけど、どうして?」

「…、答えが数学とは違って曖昧なところ、です」


秀一くんはちょっと沈黙して言いにくそうに答えた。

ははー、深読みして時間が足りなくなっちゃうパターンかな?

なるほどねえ。


「よし、じゃあ今日はとりあえず練習問題を解いて、一緒に答え合わせをしようか。わたしが教えられそうなところがあったら、来週また来てもらうとして」


まだ本決まりじゃないよ、という意味を言外に含めてそう言うと、秀一くんは素直に頷いた。


「はい。よろしくお願いします。先生」

「あはは、先生はやめてよ。せめて杏花さんで」

「すみません、杏花さん」


固かった表情が少しほころんで今日初めて秀一くんと目があった。

うおー、『杏花さん』だって!お姉さんときめくわー。


秀一くんはグレてもいないしマセてもいない、とっても素直で真面目な少年のようだ。

今の子はみんなそうなの?それとも秀一くんが特別?

わかんないけど、思っていたより楽しい週末を過ごせそうだ。良かった良かった。

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