序章4「説得、そしてお披露目」
マキナが天幕へ入ると、今まさに直美が足につけられた鎖を引き千切ろうと自身の体に強化呪文をかけているところであった。身体強化呪文は一般的な魔同士の間では無粋とされているが、異世界人である直美はそのようなことを気にしない。
「おいおい、やめてくれ。鎖だってタダじゃないんだ」
マキナが慌てて声をかけると、見るからに不機嫌そうな声が返ってくる。
「なにかようですか女中さん?」
「女中……ああ鎧は脱いでるんだ。すまないがこれでも私は、君の居た軍隊を壊滅させた傭兵団の団長なんだ。名はマキナ・へーベンブルグ。いわゆる没落貴族と言うやつだよ」
「えっ!?そっそれはごめんなさい。私は元ジェレマインの勇者つき特級魔道士。ナオミです」
「それで異世界は東京出身の元学生だったね。こちらに来て何年になるんだ?まさかジェレマインの馬鹿共も、呼び出していきなり使ったりはしないだろ」
そう言われて直美は目を見開いた。まさか自分の出自をダイキが話しているとは思わなかったのだろう。
「ダイキはあなたを信用しているんですね」
「ああ、ついでに言うと、あの制約呪文も受けている。君とは嫁仲間という訳だ」
嫁と言うのは冗談であっても、そういって笑うマキナからはどこか本気の部分が見え隠れする。
「えーと、そう。それで私が呼び出されたのは数週間前です。シンヤ君……勇者はもう半年以上前に呼び出されたそうですけど」
「という事は、連中だいぶ余裕がないんだな。情報提供ありがとう。この情報は高くつくぞ。おっとすまない。本題を言うのをすっかり忘れていた」
マキナそういいながら、直美の肩に手を置いて目を見つめる。
「ようこそ、聖ファルベル=ヘレナ機動傭兵団へ。発音しにくいからみんなファルベナ傭兵団って呼んでるけどね。ダイキとの制約した以上、きみもこの傭兵団で生活してもらう事になる。ちなみに君の表向きの立ち位置は傭兵団つきの魔道士顧問だ」
「じゃあ裏向きは?」
そう答えると、マキナは少しはにかんでこいう言った。
「皆の認識としてはダイキの愛人辺りが妥当だな」
「愛人……」
「まあストーリーとしてはだな。勇者つきの魔法使いは、ダイキに一晩中こまされて、彼の愛人になりましたとさ。という感じだろう」
案外下品なんですね。そう言いたくなるのを我慢して直美はマキナをわからないように睨む。
「ま、ダイキの愛人と言ってる以上は変な輩も手出しはしないしいいんじゃないか? ある意味婚約指輪以上の最大の盾だぞ」
「まあ、そういうことなら良しとさせてもらいます」
「そうとなれば話は決まった。気づいているとは思うが、今ちょうどこの場所からホーム、傭兵団の故郷へ戻ろうとしていてね。もうすぐ片付けが終わるからそこで君を皆に紹介したいんだ」
直美は傭兵団に故郷があるとは思ってもみなかった。しかし彼女がいそう言う以上それは確実に存在するのである。
「それなら、この服が汚れちゃってるんで、他に代えの服とかありますか?」
「代えの服?フハハ、君やっぱり面白いな。かえの服はあるにはあるが、娼婦のものになるから多少露出度が激しいぞ」
戦争には長丁場になる者も多く、そうした場合は兵団の周りに物売りが物を売りに来る。無論それ以外にも様々な物達が兵隊と交流するのだ。要は戦争で小金持ちになった兵卒は格好のカモになるという事である。当然春を売る者達も、その中に混じっているのだろう。
「娼婦。まあこの際何でもいいです」
「じゃあえ~とこれに着替えてくれ」
「……これですか!?胸の部分の生地が……」
「そういうな。堂々としていれば何も問題はない。今着てるその修道士みたいな服はないんだよ」
直美は半ば強制的に、今まで来ていた桃色の悪趣味な鎧とその下に来ていた修道士用の服を脱ぎ捨て、胸の部分が特に強調されるようにデザインされた、しかし機能的で動きやすい類の服を着る。
「これを作った人は絶対に碌な人じゃない」
「そういうな。似合ってるぞ」
事実、美人は何を着ても栄える。ナオミも煽情的ではあったが、その服はあつらえたように“ピッタリ”である。よく言えば年頃の姫。悪く言えば高級娼婦のようである。
「では行こうか。向こうで皆が待っている」
着替えた直美をひとしきり眺めたマキナは、そういって嫌がる直美の手を引っ張ると、鎖を外して天幕に出ようとする。
「ちょっとお待ってぇ!!」
抵抗するも虚しい。相手は仮にも荒くれの傭兵団を束ねる兵団長。その腕力にこの前まで女子高生をやっていた美少女が抵抗できるはずもない。
直美は天幕を出た途端、昼の光に目を背ける。目が慣れると周りには既に傭兵団で埋まっていた。
「うおぉ!!出て来たぞぉ!!」
「スッゲェ格好!娼婦みてぇだ!!」
「馬鹿野郎。相手は魔道士様だぞ」
「貴族の姉ちゃんでもあんなに肌プルプルしてるもんなのかよ」
よく言えば好印象。悪く言えば散々な言われようで兵士たちが何重にも重なって、天幕を囲む光景は、何やら滑稽であった。
「全員注目。ってももう十分注目してるな。彼女こそ元勇者補佐をしていたかの特急魔道士様だ。色々あって今回彼女は我らが傭兵団の仲間になった。これに異議の間ある者は前へ出ろ!!」
実際問題、昨日まで殺しあっていた彼女に殺された兵の仲間がこの中に居るのは確実であった。しかし誰一人として前へ出る者はいず、全員が異議なしとばかりに黙る。
「意外だな。一人ぐらいは威勢の良いのがいると思ったが」
「そんなわけねえよ。この娘はジェレマインの執政どもに薬で操られてたんだ。」
意外そうなマキナに、いつの間にか彼女の横に立っていたダイキがそう言って、直美の頭に手を置く。
直美は一瞬拒否しかけたが、これがダイキの者であるから手を出すなとお言う、ある種の意思表示だと気付き、なされるがままになる。
「まあそう言う事だ。おまえの操られてたって事は全員知ってる」
「そうなんですか。えーと皆さんよろしくお願いしまふッします!」
下を噛みながらも大きな声で叫んだのが良かったのか、単にやりたかったからなのか、傭兵団は彼女の声にこたえてその全員が雄叫びを上げた。
「「「新しい仲間万歳!!!機動魔法傭兵団万歳!!!」」」
その様な気の早い言葉と共に、聖ファルベル=ヘレナ機動傭兵団は新たな強力な仲間を向かえ、故郷と呼ばれる場所に帰るのだった。
しかし彼女は知らない。この戦場はいわば最前線であり、ここから彼らの故郷まで何日もかかるということを。