本編②の6「回復、そして貴族」
「気が付かれましたか?」
大樹の隣には誰かが座っているようで、彼が目を向けると、窓の日の光に反射してその姿は良く見えないが、恐らくは同じ年くらいの女性が目の前に座っていた。
「先程は助けていただいてありがとう御座いました」
そう言って礼を言う女性をよく見ようとすると、なるほどその顔は大樹が先程助けた町娘。しかしその恰好は先程彼女か来ていた同じような庶民の女性が来ていたような、何かで汚れても良いと言った感じの服装ではなく、たくさんのフリルと装飾品に包まれた豪奢な服を着ているではないか。
「これじゃあどっちが助けてもらったのかわかりませんね。自分は大樹と言います。此処は何処で貴方は誰か、できれば教えていただきたい」
大樹がそう言うと、特にその胸元に光るネックレスのルビーの光を大樹に浴びせかけながら、女性は話し続ける。
「失礼しました。私は名をエレノア・ジューク・ファルネウスと申します。爵位は父が伯爵位を持っている貴族です」
「貴族の方がどうしてあんな所へ?」
「ええ。私はちょっと町へお忍びで出かけてたんですけど、お目付け役とはぐれてしまいまして。そこであんな事件に巻き込まれたのです」
そう言うと大樹は思い出してきた。そう言えば自分は女騎士に殴られたのだと考えると、居たくなかった頬が痛み出す。
「それは不運でしたね。ところでそのお目付け役とやらの姿が見えませんが?」
「不愉快ではないかと思い下がらせましたが、お呼びしましょうか?」
「ええ、彼女にも謝っておかなければなりませんので」
「わかりました。だれか、シャルエをここへ呼んでください」
エレノアがそう言うと、外で控えていたのか、シャルエと呼ばれた先程の女騎士が入出する。
「先程はナイスパンチをどうも」
大樹は嫌味にならない程度にそう言うと、ベッドから立ち上がった。
「しっ失礼しました。あまりの事に、その」
「いや、まあ長髪のためとはいえ、護衛さんの前で人質を無視するような発言はいけませんよね。謝ります」
そう言って大樹が頭を下げようとすると、エレノアはそれを制した。近くで良く見ると、彼女の顔が大樹好みの凛々しいお姉さん系であったのは話の外に置くとして、彼女は大樹と握手を交わすと、大樹の赤くはれた頬をさすってこういった。
「いや、一発殴られるものと思っていたが、あなたの寛容さに感服しました」
「いや、それほどでも」
日本人らしいどっちつかずさを披露した大樹は、このままではさらに顔を赤くしてしまうので、シャルエの手を優しく振りほどくとエレノアに向き直る。
「ところで直美の姿が見えないんですが?」
「ナオミさん?ああ、お連れの方ですね。彼女は今父と話をなさっています。父は魔法学が好きなもので、彼女やあなたの魔法が気になると言っていました。できたらあなたも父と会っていただきたいですわ」
「それはもうよろこんで」
大樹はこの状況を異世界の神に感謝した。
本来ならば、あの悪党どもを捕えた後、憲兵が自警団に入れてもらい、まずは町になじもうと言う考えを持っていたのだが、大樹の予想を超えて、今目の前にはこの国の貴族とコネクションが築けるかもしれないという所まで来ている。
「楽しくなってきやがった……」
大樹はそう言って、エレノアとシャルエの後をついてゆく。
この館は相当の広さを持っているようで、耳を澄ましても町の喧噪が聞こえない音からも、この土地は町から離れ場所にある事が想像できる。
館の中は豊かな装飾品に囲まれて、宮殿の二文字が似合いそうであった。その様子は昔見たフランスの王宮かどこかのようで、唯一の違う点と言えば、これらの装飾品や作りが大樹が図鑑で見た者達のように実用性に賭けるようなデザインではないという事だけだった。
「ここが父の部屋です」
彼女が指差した部屋からは、直美と男性の声が聞こえる。エレノアがノックをすると、ドアは自動的に開き、中の質のいい木製の家具のとコーヒーのような香りが大樹の鼻をくすぐった。
「おお、気が付いたのかね」
肘掛椅子に座っていた壮年の男性が、大樹を見つけて嬉しそうに立ち上がる。
その恰幅の良い体格を包んでいるのは大樹の居た世界のスーツに似た服装で、彼の左目にはまり込んだ片眼鏡もあって、彼はさながら推理小説に出てくる探偵の様であった。
「介抱していただきありがとうございます。私は大樹と申します」
「いや~こちらこそ娘を助けていただいてありがとう。私はギール・ジューク・レ・ファルネウス伯爵だ。よろしく頼むよ」
そう言ってギール伯爵は大樹に握手を求める。この様な習慣は元の世界と同じようだと考えながら、大樹はその手は握り返した。
「それで、早速出悪いが~君たちは面白い魔法をつかうそうだね。聞くところによると、直美さん以上に君の魔法は奇妙だと言うじゃないか」
「え、ええ。まあ。私の能力はいくつかありまして~」
「ほう、いくつかとは幾つだね?」
「5つほど」
「なに!?君も5つもあるのかね!!」
そう言ってギール伯爵は思わずのけぞった。
「なにか……変ですか?」
大樹がそう言うと、今の驚愕でずれた片眼鏡を直しながら、ギール伯爵は咳払いをして、それからゆっくりと話を始めた。
「ナオミさんもそうだが、君たちは何処に住んでいたのかは知らないが、近代魔法学についての知識がまるでないね。いったいどこで魔法を覚えたんだい?」
そう言いながらギール伯爵は左手をかざすと、本御山に埋もれていた黒板とチョークに似たなにかが彼の目の前に飛んでくる。
「いいかい。才能という皿の上に乗った料理で、中身は自分との戦いだ。こうやってモノを動かすような基本的な物は年を重ねれば出来るが、君のような武器を花に、花を武器に変えるような特殊極まる物は、本来とっても難しいのだ。私が今から死ぬまでの全ての時間をかけようと、そんな魔法を完璧に使いこなす事は出来ないだろう」
ギール伯爵はそう言いながら、一人で複雑な図や絵を黒板に書いて力説する。
「はあ……」
「はあじゃないよ君。それに直美君ときたら実に多数の魔法や魔術を覚えていると言うじゃないか。それもまたおかしいことだよ」
「あの~魔法と魔術ってどう違うんですか?」
なんとなく大樹はそう言ったが、直ぐにそれが間違いだたと気付く。この手の人間に物事の意味を聞けば、確実に答えを教えてくれるだろうが、説明には多大な時間がかかるモノである。
「――――ええと、貴方はどこかで魔法を教えているんですか?」
「そうとも。私は王立の魔法学院で教鞭をとっているが?そんな事より今は魔法と魔術の違いをだな~」
この後数時間魔法と魔術との違いを抗議しようするギール伯爵を、新たな来訪者がノックもせずに現れて、大きな声で怒鳴りながら彼の肩をゆする。
「お父様。御気を静めてください!!暴走していましてよぉ!!」
彼をお父様と呼ぶ以上、この目の前に飛んできた女性は、エレノアの姉妹であるはずだが、彼女のようなおとなしそうな雰囲気はまるでなく、むしろその表情はやんちゃな子供のようである。ただ、その悪戯好きの少年のような表情とは真逆の、豊満なバストを強調したかのようなデザインのドレスを着た女性であるが。
「おお、ロレーヌではないか。どうしたんだね?」
彼女に頭を振り回されて幾分落ち着きを取り戻したギール伯爵は、首がしっかりとまだくっ付いているか確かめるようなそぶりする。
「まあ父様、楽しそうな客人がいらしたと言うのに、私に紹介もしてくれないのですか!?」
「いや~。わかった。大樹君、直美君。この娘は私の娘、次女のロレーヌだ」
「ご紹介に預かりました。次女のロレーヌです。妹を助けて頂いて本当にありがとうございます」
そう言って優雅にもスカートを持ち上げて礼をすれば、社交界の花形と言った風情である。
「大樹です。よろしくお願いします」
「直美です」
大樹達が日本風のあいさつで返すと、ロレーヌはギール伯爵の方に矛先を定めなおす。
「それで、お父様。彼らに助けていただいたお礼に何かしてあげませんの?」
「ん、ああそうだな。何のお礼もなしでは貴族の名が廃る。どうだね君たち。何かしてほしい事や欲しい物はあるかね?直美君から聞くところによると、君たちはこの都市に来て直ぐだと言うじゃないか。今晩泊まるあてはあるのかね?」
「いえ、残念ながらまだです。この度のアラージムのいざこざで、住んでいた場所を追われてしまいまして」
「それならば話はやい。しばらくここにいると良い。幸い部屋は沢山余っている。好きな物を使うと言い。詳しくはそうだな、メイドにでも聞くといい」
思ってもみなかった展開に、大樹はまたしても心の中で歓喜した。それと同時に、あまりにもうまくいきすぎている事について、若干の恐ろしさも感じる。
「ええ~そんなのいいんですか!?」
直美が率直な感想を述べると、ギール伯爵は頷いて、再びそれでと続けながら、魔法と魔術の違いについて話し続けた。
要は魔法とは大樹が居た元の世界ではありえなかった奇跡のような現象の総称で、魔術とはその中でも戦争利用が可能な物の事を言うらしい。少なくともこの世界ではそうであるらしい。そう、大樹の脳味噌にはそれしか入ってこなかった。




