本編②の4「関所、新しい連れ」
「ふーんそうなんだ。ふーん~」
マキナと別れてから、大樹の後ろで直美はずっとそう言っていた。
そう、直美は気づいたのだ。このままだと自分も花嫁候補になってしまうという事に。
大樹はというと、今後何らかの交渉のカードで、色恋沙汰が遣いにくなったと考えているだけの様で、先程の動揺も克服して、今は直美の機嫌を取っている。
「制約は強いらしいが、王様になったら何とか解除できると思うから。なんなら責任を……」
そう言うと、無言の平手が大樹の頬を打つ。大樹の顔には珍しい逆側からの平手あとが付いた。
「デリカシーとかないっていわれない?」
「あいにくそう言うもんは向こうに置いてきちまった」
そう言い訳しながら、大樹は森林の間に作られた小道を進む。小道と言っても大きめの馬車がすれ違えるほどの幅はある。所謂片側二車線道路ぐらいの幅の道路で。一方の先が紛争で荒れているとあっても、やはり時々人とすれ違う。
難民たちは何らかの横道を使っているらしく、この道に入ってから大樹たちは一度も難民を見ていない。
「難民たちいないわね」
直美もそれに気づいたのか、そう言うと辺りを見回し頭を掻く。
「通行税でもとるのか?」
大樹がそう言うと、丁度待ってましたとばかりに辺りの道が緩やかな斜面に差し掛かり、その先の先には砦のような幾つかの大きな建物があった。それらは皆石作りの頑強な砦の様で、デルタベンケルの兵士たちがこの場所からも見える。
「関所か?」
大樹は昔みた時代劇で見たことがあった。こういう場所で、ならず者や指名手配犯を止め、逃げた者は容赦なく殺されるのが常である。
デルタベンケルの関所近くには何代かの馬車と、商人らしき人々が列を作っている。
「一列に並べ。通行手形か身分を証明できない物は、難民避難所へと向かえ!」
そう言って数人の兵士たちが睨みを利かせていた。
「これはヤバイな。俺たちには身分なんてないぞ」
「私元勇者の魔法使いだけど?」
「お前の居た国はな、お前の想像以上に小国の田舎なんだよ。そんな所の勇者伝説なんて胡散臭いだろ」
そう言って大樹は列に並ぼうとする。すると兵士の一人が駆けて来て、大樹の前に立ちふさがった。
その巨躯は夕に大樹より二回りは大きく、その鋭い目つきは長年の尋問の末に身についたのだろう。その鷹のような目つきの前では商人どころか同量の兵士たちも怖いのではないかと、大樹は一人しみじみと分析する。そしてその兜で隠された顔には、彼の顔についた無数の傷の延長を隠しているようだった。
「おいお前達仲のいいこったな。馬の相乗りで駆け落ち気分か?」
そう言われ大樹は馬を下りる。馬から足を下ろすと、相手との目線の差はさらに広がる。
「俺の名はロオリだ。デルタベンケル32関所の一つを守っている。お前らは見たところ難民だろ。難民用の避難所へ行け。現在この関所は一部商人と貴族以外の通行を禁じている。無暗な難民受け入れは治安低下の第一歩だからな」
そういってロオリは鼻息も荒く。対する大樹は何を言ってみようかと頭を捻らせる。ナオミはと言うと、家牡鹿家で何とかできる相手ではなさそうなので、大人しく黙っていることにしたらしい。
「俺は、俺はとある国の没落貴族でな。今はこうして傭兵をしているが、10年も前はそれは大したものだったんだぞ?」
「お前のような小汚い貴族がいる物か」
「おいおい。そりゃ戦災に合えば仕方ないだろう?それにほら、この方はお礼状に高位の身分を持つ」
そう言って大樹は直美を指差さした。
「え!?」
動揺する直美を余所に、大樹は見た様な嘘を並べてゆく。
「彼女は、彼女はとあるやんごとなき身分のお方の娘で、彼女自身も高位の魔法使いだ。今まで遠方の地で修行していたが、この度修行の地が戦災に巻き込まれてな。それで俺が護衛として派遣され、彼女をここまで連れて生きた訳だ」
「高位の魔法使いだ~?今まで来たやつの中でも一番嘘が下手だなお前」
そう言ってロオリは手に持っていた長槍を大樹に向ける。
「そんなに崇高な魔法使い様なら、特大魔法の一つでも詠唱してみやがれってんだ」
そう言ってロオリは槍先平面で大樹の腫れた頬を叩いた。
すると、大樹は待ってましたとばかりに直美に向かって親指で合図を送った。
「え……!?いきなり?」
「いきなりだ。あまり周囲に害のないやつを一発頼む」
直美はそれを聞くと、観念したように馬から浮き上がる。
「浮き上がれるくらいで魔法使いっていうんじゃないだろうな?魔法使いってのは同時に沢山の魔術や魔法を操れると聞くぞ?」
「黙ってて」
直美はロオリを怒鳴り、その体の中に溜め込まれた魔力を彼女の意思によって具現化する。
「それ!タッマヤ~!!」
そう言って直美が右手を上空へと上げ、その魔力を最大限に拡大するように、更に周囲に拡散するようにして打ち出す。
純粋な魔力はこの空間い在っては脆く、上空に打ち上げられた塊は一瞬の輝きの後、塊を色とりどりの無数の魔力の粒にした。それらは瞬く間に分裂しながら飛び散ってゆく。それはまるで花火であった。
「それでたまや~なわけね」
大樹が納得する傍らで、ロオリが口を開けて花火魔法を見上げる。
「あんな大きな魔力の塊を……」
大樹が辺りを見回すと、砦の中から沢山の兵隊が此方へやってくる。彼女の魔法はいささか激し過ぎたらしい。
「おいおまえら!!」
そう言って大樹達は槍兵に囲まれた。その切っ先は全て二人に向けられており、明らかに殺される一歩手前だ。
「さっきの魔法はなんだ?まさか仲間への合図か!?」
「周囲を警戒。門を閉めろ!!」
今更ながら、ロオリは自分のせいで何やら大事になってしまった事に気づき、大樹達を囲んだ兵の中でも、一番老齢の兵士の前に立ちふさがった。
「すいませんおやっさん!あれは俺がやらせたんです」
「なあああにいいい?」
「え……あの女が高位の魔法使いだというもんですから…………」
ロオリがそう言うと、おやっさんと呼ばれた老兵の右拳が、彼の顔面をとらえたのはほぼ同時であった。
「ばっきゃろう!お前は余計なことすんなぁ!!」
「すいません!」
老兵の右拳は、明らかにロオリの顔面にえぐり込まれていたが、それで彼が失神するようなことはないらしい。
「で、あんた高位の魔法使いなのに名を明かせないとでもいうのか?」
「え、ええ」
直美がその剣幕にたじろぐと、その隣の大樹が一歩前へ出る。
「まあ色々事情があるんですよ」
「お前には聞いておらん」
そう言って老兵は今度は左拳で大樹の顎に裏拳を飛ばす。
しかし大樹もこの男が話よりも先に手が出る事を知っていたので、その裏拳を難なくさばくと、同時にもう一歩前へ出た。
「ほう、お前儂相手に挑発とはいい度胸だな?名は?」
ターゲットが大樹へ移ると、先程と同じような話し方で大樹は続ける。
「大樹。聖ファルベル=ヘレナ機動傭兵団の元特殊部隊長だ」
「ああ、ファルベナか。聞いたことがあるぞ。新しい団長、そう……アルスターだったか?あいつの所か」
「ああ、先代団長。アルスターは兵団内反逆の罪で処刑された」
そう言うと、老兵は一目散に剣を抜く。確実に大樹を殺しに来る動きだが、しかし強化された肉体を持つ大樹の方が動き始めが幾分か速い。老兵の剣が大樹の首を落とす前に、大樹は老兵の剣の柄に触る事が出来た。
「変化!」
大樹がそう叫ぶと、老兵の剣は一本の赤い薔薇になった。
「なあにいいい!?」
その光景に信じられないと言う顔をする老兵。そしてそれを見た兵士たちが槍を大樹に向けて勢いよくつき出す。
大樹はその円形に囲まれた陣形を突破すべく、空中へと飛び上がった。そして頭の中で細く絞った火炎を思い浮かべると、圧縮した火炎放射を兵士の槍先に集中して吹きかける。
当然傭兵達の槍は高熱を受けて先端の金属部分が溶解しはじめる。当然ながら、不自然に溶けかかった槍は使い物にならなくなる。その木製の部分は発火して、兵士たちは手にした槍を急いで捨てた。
「ヤメイ!!」
老兵がそう叫ぶと、周囲の兵士はその腰に下げた剣に手をかけるのを止めた。
「おまえが相当の使い手だという事はわかった。しかも儂が見たことのない魔法ばかりだ」
「それはまあ俺たちは遠方出身だからな」
大樹が何ともないと言う風に答えると、老兵はため息をついてこういう。
ロオリもやっとの事で辺りを鎮めようとしはじめた。
「お前ら武器をしまえ。これ以装備を溶かされたら予備が追いつかん」
そうして大樹と直美は、そのまま老兵とロオリに挟まれる形で、関所の砦内へと連れられてゆく。
その手に手錠や手縄がついていない以上、一応最低限の信用はあるらしい。
「儂の名前はドロウゾだ。一応言っておく」
そう言ってドロッゾは手じかにあった椅子を足で引きよせると、それを二人に進めた。
この黒々とした岩で出来た砦の内部は狭かったが、その部屋は一応人を連れてゆくだけのスペースがあるらしく、その部屋に置かれた使い込まれた武器などからも、ここがドロッゾの部屋らしいことがわかる。
「で、お前は本当にファルベナに居たのか?」
「ああ。ファルベナは今先々代の団長の孫娘が仕切っててな。上手くいってたんだが数日前に解散した」
「解散?」
ロオリが水を入れたジョッキを持ってくると、大樹は一口水に口を付けて話し続ける。
これはこの辺りの風習で、相手を信用していると言う意思表明である。
「拠点が教戒騎士団の襲撃に合ってな。壊滅だ」
「なんでまたあんな変態どもに目をつけられた?」
「それは詳しくは言えないが、向こうさんにはその場所が価値がある物だったらしい」
「ほう、その価値ってのはアラージムがひっくり返るほどのか?」
そうドロッゾが言うと、直美がハット息をのむ。この襲撃と各地の反乱は、果たして偶然なのだろうか。
「そこまではわからない。で、あんたは俺たちをここから通してくれるのか?」
大樹がそう言うと、ドロッゾはその鎧に覆われた胸を叩いてこう言った。
「安心しろ、とは言えんな。まあこの先の道を通すにしてもだ。さっきも言ったように貴族と正規の商人か通行証や何かを持っていないとな」
「それはないな。手形は燃えてしまった」
大樹の嘘と真実の微妙なさじ加減に、直美は素直に感心する。
「燃えただと?手形には保護呪文の一つでもかけておけ」
「村ごと焼き払われたんだ。今は身一つなんだよ」
ドロッゾはそう言われると、もう一度大きなため息をついた。
「わ~かった。わかった。ロオリ!こっちへ来い」
そう言うと、ロオリが大樹たちの前へやってくる。
「こいつらどうしてもここを通りたいらしい。まあ見ての通りの腕だが、それだけで信用は出来ん。なのでこれをお前に託すことにした」
そう言ってドロッゾはロオリへ手紙を渡す。
「これは?」
「こいつにはお前の生存を持ってこいつらの身分を証明するという文章だ」
そう言ってドロッゾは立ち上がると、詳しい事はロオリに聞けと命令し、自分は元の業務へと戻ってゆく。
「どういうことなの?」
「ええとな。お前達は今から俺と共にデルタベンケルの主要都市、グランマイスナーへと向かうことになるがいいか?」
「それはいいが……?」
大樹がそう言うと、ロオリは嬉しそうに彼の肩を叩く。
「な~らよかった。この手紙と俺が居れば、お前達の身柄は一応保障される。その後は王立の機関へとよってもらうが、手続きはそれだけだ」
「で、その機関でお前が俺たちの身分を決定すると?」
「まあ非常時だからな。型っ苦しいのは我慢してくれ」
そう言うと、ロオリはその場で服や装備を肩に担ぐと大樹達を急がせて、そのまま門の反対側へと降りる。
「じゃあ今から短い間だけどよろしく。報酬はないが、個人的はほしいかな。ここから向こうまでの旅費も俺持ちって事ぁ無いだろ?」
「手持ちはあんまりないぞ?」
「野宿は嫌よ……?」
三者三様の疑問符と共に、この奇妙な三人組は王都へ向かうのである……




