本編②の2「焦土、村の惨状」
火の力は恐ろしい。拳ほどの大きさの炎を起こす事が出来るならば、山火事を起こす事も出来る。山火事を起こす事が出来れば、街中で火事を起こす事など更に容易い。
「そんな馬鹿な……」
大樹は不思議な悪寒に身を震わせた。戦火と言う字があるように、戦の形跡は馬で走っている間に何度も見た。
彼らが見た敵軍。それはアラージムを滅ぼした者達。そうそれもまた、アラージムの兵だった。
いわゆる内戦、クーデターと呼ばれるものであろう。各地の戦闘を見るに軍隊の一部が王国に反旗を翻したのか。または後継者争いか。
そのための混乱は各地に広がった。
その結果が、今起こっている蛮行である。
「グヘヘ。オネエチャンこっちコイよ」
そう言って荒くれたちが村娘を裸にひん剥き、その体を弄ばんとしている。直美はそれを見て大樹に止めるように言ったが、大樹は無視して進もうとする。
既に一昼夜馬は走り続けている。もし此処で馬を止めれば、そこで強化魔法の副作用で、馬は絶命するだろう。
「大樹!!」
そうまでして急ぐ大樹を見かねた直美は、すれ違うさなかに神経系の攻撃魔法を荒くれに放つ。
「女の敵!!」
そう言って彼女は瞬時に魔法を荒くれ達の立つ地面に放つと、地面から生えた鋼鉄の茨が、荒くれ達の股間の貫いた。
「ギャアハ!?」
「なんじゃこら!?」
驚くのも当然。痛みはまったくないのだ。しかしその体の大事な部分には、確実に鉄の茨が突き刺さり、全員の股間から大量の血液が流れだしている。
「あっれ~おっかしいな~」
そう言いながら、一人、また一人と、荒くれ達はその場に力なく崩れていく。
「直美、魔力を残しておけ!これから会う人間すべてを助けて回るつもりか!?」
「でも!!」
その先は言葉にはならなかった。それでも直美はその場で苦しむ人々を見ては居られなかった。
「やっぱり私お降りる」
「馬鹿な……いや、わかった。好きにしろ!」
大樹の許しをもらうと、直美はもう一度馬に魔法をかけると、自分の体に浮遊呪文を唱え、そのまま先程の荒くれ達の居た場所へと飛んで行った。
「あ、そうか。ここで制約呪文で脅せばよかったのか……」
自分もまだまだ悪に成りきれない。そう大樹は感じながら、馬をさらに加速させる。
そして数時間後、やっとの事で大樹は見知った道にたどり着いた。
「やっと見えてきた。村だ……」
そう、見慣れた風景、と言っても数回しか見たことがなかったが、明らかに大樹の知る道、ソルネーヤ村に続く道だ。
その細い一本道に曲がると、段々と山が見えてくる。そして、その先の山を越えた場所が、ソルネーヤ村だ。
「うッ……!」
そこで大樹は見てしまった。恐らくは村人の者であろう、焼け焦げた死体だ。その焼け方は明らかに焼き殺されており、死体は村の前に磔にされている。
「クソが!!」
大樹は馬を加速させようとする。しかし、死体を見た一瞬。そのさなかの減速が、馬の最後の命の灯を消したらしく、馬はその場に力なく前足を付くと、そのまま崩れ落ち絶命した。
「村は?」
馬から跳ねるようにして降りた大樹は、村の方角へと走る。身体強化が施された体は、馬ほどとは言わないまでも、十分な速度で村へと近づいてゆく。
そして、その道中見るのは、大量の死体。中には見覚えのある顔もいて、大樹は吐き気を催す。
そして、大樹が村に帰って来たとき、そこに村などなかった。
「馬鹿な。馬鹿な…………」
村のあったあ場所を見て、大樹は先程ノルドやジークがそうしたように、その場に思わず座り込む。
村に入る時点である程度分かってはいたが、それでも足に力が入らない。
「村がないだと!?」
村の会った谷には、火がつけられたのか、あるいは切り崩されたのか。家何も残ってはいなかった。家のあった場所には老若男女供関係なし高く積まれた死体の山があり、そのいくつかは既に燃やされきって、まだ微かに炎が燻っている。
「エルは!ネーアは!?」
半ば錯乱した大樹は、その場でエルやネーアの姿を探す。すると、焼けた巫女服を握りしめた、原型の解らない焼死体が、死体の山の中から大樹を見つめていた。
「嘘だ!!」
大樹は死体に思わず近づく。そしてその下の手を握る。
「そんなネーア……」
そう言ってネーアの亡骸の前で、大樹はこの世界で初めての涙を流した。
「おい!おまえ!!」
「まだ生き残りが居やがった!!」
すると、泣き崩れる大樹の姿を、まだそこに残っていた敵兵たちが見つけたようで、大小数人の兵士が大樹を囲む。
「おいおい。遅かったな傭兵。仲間はどうしたみんな死んだか?」
そのうちの一人、やはり大樹が最初に見た甲冑。教戒騎士団のそれを身に着けた男が、大樹を殺せと部下に命令していた。彼の目には、急いで帰還したが間に合わなかった、村出身の傭兵にでも見えたのだろうか。
「悪く思うなよ」
「そうだ。命令だからな」
そう言って、教戒騎士の部下たちは、安っぽい武器を振り上げて大樹を殺そうとする。刹那、大樹は剣を放り投げると、向かってくる者達の内の一人を串刺しにして飛び上がる。
そしてそのまま大きく息を吸い込むと、火炎の塊を地面に吐きつけた。
「魔法か。防御!!間に合わんだと!?」
教戒騎士は防御の魔法を習得していたようだが、彼の詠唱や準備が終わる前に、大樹の放った炎はさながら地を這う蛇のように、大樹以外のその場に生きる者全員を、傍に積み上げられた死体と同じ有様にした。
「クソが。糞共が!!!!」
大樹は空腹など感じない。それ以上の感情が、大樹の体を支配していた。その圧倒的な悲しみは、この村に来てから、直美を見つけるまでの半年を共にした、ある種のたくさんの家族たちを失った瞬間だった。
「それ以上叫ばないで。貴方は普段から殺し合いをしているのでしょう?今回はたまたまあなたが殺される側だったってだけよ」
いつの間にか大樹の手に収まったタブレットから、キュウの声が響く。
「ウルサイ。神に仕える化け物に何がわかる……」
「化け物。そう人ではないけれど、私達も身近な人が死ねば悲しいわ」
「そんな事はどうでもいい。どうでもいいんだ」
そう言って大樹はタブレットを投げ捨てた。タブレットは地面に当たるその時に瞬間移動し、そのまま一度異次元へ。そして今度は大樹の目の前に浮かび上がった。
「――――落ち着きなさい!エレオノーラはまだ生きてるかもしれないでしょ!?」
「うっ……」
キュウに怒鳴られ、同時に涙も枯れた大樹は、少しだけ気持ちがおさまった。そう、まだエルの安否がわかっていない。
「エルの森に行きなさい?」
「わかった!」
大樹は再び走り出す。行先は村はずれの森。エルの家のある場所。
途中、ネーアとその母、ウルスラが住む家を探したが、その残骸がかすかに残るのみで、辺りには何もなくなっている。
「これは……!?」
そして大樹は見た。森の入り口。ネーアと通った森の入り口が、深い茂みと木の蔓によって塞がれているのだ。
「キュウ、ここに入り口なかった?」
「ええ。あったはず。どうやら結界が閉じているみたいね」
「結界?」
そう考えるとつじつまは会う。あの森へはネーアしか入れず、他の村人は近づこうともしなかった。この場所はきっと結界なのだろう。あの空間の異常な常世離れした雰囲気は、きっとその為である。
「入口はこの辺りのはずなんだが」
そう言いながら大樹は辺りの蔓をどけようとする。
すると蔓はその硬い先端部分を振るって、大樹に攻撃を仕掛けてきた。
「痛ッ!?」
大樹は思わず手を引いたが、蔓には血がまとわりつく。そして、蔓が奥へ引っ込んでいくと、大樹から出た血を味わうようにこねくり回し、そして何か考えたように辺りを右往左往すると、茂みの奥から一通の手紙を吐き出した。
「これは……日本語!?エルか!!」
エルは家に会ったテレビで日本語を学んでいた。日本語で〈大樹へ〉と書かれたこの手紙は、明らかにエルの物である。
「早く読みなさい!」
キュウがタブレットを上下させて納得するのを片目に、手紙を読み始めた。
手紙を読むと、魔法の効果なのか、同時に音声が再生される。それは古い蓄音機のような、非常に古臭い音源で、雑音の間から合成音声が聞こえるが、それは確実にエルの声であった。
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エルより大樹へ
お前がここを出てから数日後、各地で貴族が反乱を起こたようじゃ。
この文を書いているとき、同時に教会騎士団とアラージム正規兵が、この村に攻め入ったらしい。奴らは私の体がどうしても憎いらしい……
そこで私は神様に頼んで、この場所の結界を閉じてもらったのじゃ。
しかし聞けば色々と代償があるようで、結界をひとたび閉じれば、最低でも10年の間、外の世界に出る事は叶わないそうじゃ。
だから10年後。10年後に再びこの場所に来て、そして私達を保護してほしい。
教戒騎士団の諦めの悪さを考えれば、その時にはきっとこの場所は厳重な警備がいる事じゃろう。それでもお前なら私達を助けてくれると信じている。
追伸、ネーアとウルスラは無事じゃ。村の総意で彼女達達と子供はこちらで保護される事となった。村の戦士たちは、手厚く葬ってくれ……出来るだけ沢山の村人が、逃げ延びることを望んで……
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これを読んだ後、大樹はやっとの事で安心を得た。エルとネーア達が生き残っただけでも、村で死んだ彼らの行いは無駄ではなかったのだろうと、強引に彼の精神は決定を下す。
「よかったわね」
「まあ、神様に気に入られてるエルが簡単に死ぬはずはないと思ってたが、ネーア達も無事だったのか。良かったよ」
そう言って大樹は手紙をポケットにしまうと、大きく伸びをする。
そして10年。これから10年の事を考えながら、しばらくはこの場所に住もうかなどと考えている。
すると、遠くの方から大量の馬の足音が聞こえる。
大樹が咄嗟に森の反対方向の、中途半端な長さの茂みに転がり込むと、一列に並んだ騎兵が、大樹が先程までいた場所に大急ぎで駆けてきた。
すると騎兵たちは立ち止まり、辺りを警戒しながら何やら指揮官が馬の上で相談している。
すると自分達は関係ないとばかりに、指揮を執る男のだいぶ後ろの、新米らしき二人の男が話している。
「先輩。この場所で本当にあっているんですか?」
「そのはずだ」
「ですが入口が見つかりません」
「当たり前だ。この森はかなり古代の、そして高位の魔術師が施した結界らしいからな」
騎士たちの声は聞こえる距離で、大樹は息をひそめる。
「すいません。俺魔術や魔法はあんまで」
「まあ俺も下手の横好きだ。まあなんせこの結界の中身は魔力が切れるまで出てこないらしい」
「魔力が切れるまで……ですか?」
「ああ。今魔術師が派遣されたらしいから、じきにいつこの結界が消えるかもわかるってもんだ」
「100年や200年だったらどうしましょ?」
そんな事までわかるのかと、息をひそめた大樹は驚嘆する。これではこっそり彼女達を逃がすのは難しいかもしれない。
「それでも関係ないよ。俺たちにこの結界の中身は関係ない」
「じゃあ誰に関係あるんですか?」
後輩の騎士がそう言うと、先輩の騎士は目線を最後尾に向ける。
最後尾にいるのは彼らとは違った毛色の防具に身を固め、儀礼用かと見紛うばかりの武器を身に着けた、深い色の甲冑を着た教戒騎士だ。教戒騎士はまるで監督業務にいそしむかのように、厳しい目線で騎馬隊を見据えている。
「おっかね~。あいつらなんであんな偉そうに……」
「おいお前ら!しゃべってないで周囲を確認しろ!先程歩兵が何者かに魔法で殺されたんだぞ!?」
教会騎士団の一人が、話していた騎兵たちを怒鳴りつける。
「すいません!!」
そういって騎兵の二人はあたりをわざとらしく見回す。
そして、先輩と呼ばれた男は、運悪くも草むらで途切れる、大樹の手から流れたであろう血痕を見つけてしまった。
「おいあれ」
「誰かいるのか?」
そう言って数人の男達が馬から降りる。
見たかったと実感した大樹も同時に動きだし、異常を騎馬隊が確認する前に、体に巻きつけてあった非常用火炎瓶を引き抜くと、彼の口から出た火炎放射と共にを馬に向かって投げつける。
「「ブギャアアア~」」
馬はこの火炎瓶。俗にいうモロトフカクテルは、油を周囲に振りまきながら馬に当たると同時に、大樹の火炎放射で瓶が溶解。内部の油に引火すると、馬はその体を捻って暴れ出す。
そうなると当然、騎馬兵はそのまま馬と燃え上がるか、馬から急いで離れるしかない。
「敵襲だ!!」
「そっち草むらに敵だ!」
「いたぞ!!」
こうなっては仕方がない。大樹は騎馬兵の内の一人、丁度先程話していた男達と目が合うと、その男達に近づく。そして彼らが剣を鞘から引き抜く前に、その体を分断しようと剣を振るう。
意図せず袈裟切りとなったその斬撃は、騎兵たちの鎧の隙間、を切り裂き、一人はその体から内臓を噴出させ、一瞬で絶命する。
「ヒイィ!?」
もう一方の男も、先程の談笑からは想像もつかないこの光景に一時硬直した。そして、他の仲間に危ないの4文字を叫ばれる間に、大樹の第2撃により、その首を切断された。
「清流の神の身元。想念の思いを魅せよ!!」
燃え上がる馬を見た教戒騎士の一人が呪文を唱え、火炎の勢いが悪くなる。
それを見た大樹は、今しがた切断した騎兵の首を掴むと、それを教戒騎士団の方へ投げる。
そしてもう一人、内臓を垂れ流している死体にもう一度斬撃を加る。今度はその血しぶきと肉片を、意図して他の男達にかかるように、巻き上げるようにして剣を捻りあげた為、大樹に距離が近かった騎兵たちの鎧には、仲間の真っ赤な血液を浴びた。
「小賢しいな!」
生首を投げられた教会騎士団の男は、そう言って手をかざす。すると、生首は彼にたどり着く前に砂とかす。
「追え!!」
その一撃を捨て台詞と言わんばかりに、大樹は反転し草むらに逃走する。騎兵部隊の指揮官は急いで指示を下すが、騎兵の動きは悪かった。
彼らにとっては仲間を殺された恨めしさよりも、馬を下りて茂みに入る事に対する悪寒の方が勝ったのだ。
「臆したか!?無能どもめ」
そう言って教戒騎士団の一人が、馬を下りて茂みに入ろうとすると、彼の後ろに立つ、大樹に生首を投げられた騎士が手をかざしてその行動を止めた。
「師よ。何故止めるのですか?」
「よい。この先に馬では進めず、部下は動かぬ。更にあやつがここの村人ならば、この先はあいつの戦場よ。追うのは得策ではない」
そう言って男は馬を下りた男は甲冑を脱ぐ。その顔は奇しくも、大樹が殺した教戒騎士と同じ顔であったという。
「そもそも敵地で騎兵が止まること自体が悪手なのだ」
「ではなぜ悪手とわかりながら止まったのですか?」
「それは相手が見たかったのだよ。他国の雑兵をおとりに、未来の敵の手の内を見れれば上々だろう?」
そういって馬上の男は笑う。その声は呪文により雑兵と呼ばれた騎兵部隊には聞こえなかったが、それでも嫌な予感を感じた者は、この中にもいたはずである。




