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本編10「開始、戦いの合図」

乗馬訓練とは聞こえがいいが、マキナは始終大樹に密着している。


「なあ、この際はっきり言うが、胸が当たってる……」


 本当にこの際。十分にその弾力を味わってから、逆に申し訳なくなると言う小心っぷりを現したあのように、大樹はそう言いながら後ろを振り返る。


「当ててんのよ……冗談」

「冗談ってそりゃないだろ?」

「もう、そんなこと言ってるよりも前方を警戒して。敵兵や斥候を見つけなきゃ」


 そう探して見つかるほどのものではないとは思う物の、そう言われると逆らう事は出来ない。大樹は沢山の人に追われて逃げるという事に関しては一芸あった。しかしそれ以外の部分。特にこういった複数、、または団体行動としての戦闘。それも剣や槍を付かったものなど、全くの初心者も良い所。

 したがってこの場では、同じく実戦経験は乏しい物の、戦士として活躍するべく頑張ってきた後ろ女性には絶対服従である。


「は~。故郷の友人がこの光景を見たらなんていうだろう」

「なんだ?故郷が懐かしいか?」


 故郷と言われてみればそうかもしれないが、大樹は真ののけ者。反逆者。重罪人として世界から弾き出された物である。きっとあの当時の友人も、大樹のことなど忘れているに違いない。


「いや、まあ全部捨てて此処にきたようなもんだからな」

「全部か。お前も大変だったんだな」


 この過酷な世界で生きているマキナ達に言われてはどうしようもない。


「まあ時々な。色々思い出すんだよ。ジャンクフードの味とかさ」

「ジャンクフード?」

「芋を薄く切って揚げたり、パンの間にハンバーグとチーズを挟んで、それで炭酸と一緒に食べる、若者に人気の料理?説明するの難しいや」


 そう言えばあの味をこの世界で再現できれば、王侯貴族に料理人として召し抱えてもらえないだろうか。そんな事をふと考えた大樹は、いつの間にか神殿騎士やら王やらにならなくてはならなかったことを思い出す。

 それと同時にこの世界に住まうまだ見ぬ人知を超えた化け物を思い、背筋が寒くなった。


「なに青い顔してるんだ?」

「いや、なんでもない」

「そう?ところで問題です」


 そう言って突如マキナは馬を止める。


「この下にある物はなんでしょう」


 マキナが指差すその先、地面に赤茶けた血痕が見て取れた。


「血?人がいたってことか?」

「そうみたい。この先は馬を置いて徒歩で行きましょ。もしかしたら本当に何かあるかも」


 そう言って二人は馬を下りると、そのまま小道脇の茂みに入ってゆく血痕を辿る。


「おい、馬はつながなくていいのか?」

「あの子は訓練されてるから、殺気の場所で待ってるはずだ。それよりもこれからはもう少し静かにお願い」


そうたしなめられがら大樹たちはそのまま血痕を辿り、どんどん草が生い茂る方向へ、道は緩やかな斜面になっており、気を抜くと転げ落ちそうである。

 しかし草木は微妙に人が通った後を残しており、それを辿る事は大樹にもたやすい。


「いた……」


 そう言ってマキナが再び指示した先、その場所は野営地のように草木が刈り取られた場所で。数人の兵士らしき人物が歩き回っている。


「あ!!昨日居た奴らだ……」


 大樹はそう言うと、思わず吐き気を催す。何故ならば昨日大樹を見て逃げ出した残りの雇われ兵士が、今この場に変わり果てた姿となって、さらし者にされていたからだ。


「あれが教戒騎士団のやり方だ」

「あそこまでやるか?」

「きっとあなたが倒した騎士が偉い人の息子だったりしたんでしょうね」


 茂みに隠れた二人がそう話していると、一人の教会騎士団の兵士が、二人の方をにらむ。声が大きすぎたらしい。


「おい、そこに誰かいるのか?」

「どうした?」

「いや、何か物音がした気がしてな」


 そう言いながら兵士二人が大樹たちに近づいてきた。

 マキナはゆっくりと剣の柄を握り、茂みの間から目を光らせる。それにならって大樹も剣を握った。

 しかし幸運にも、大樹たちのすぐ手前、ギリギリ見えるか見えないかと言う所で、兵士たちは立ち止まった。


「おい、おまえら!!何を油売ってやがる。体長が集まれってよ」


 兵士たちを呼んだのは無精ひげを生やした老兵で、その顔には横一文字の傷が目立っている。

「あ!!」


 このまま隠れておけば何とかなった物を、マキナは思わず声を上げてしまう。彼女はそこに居る老兵に見覚えがあったのだ。


「教官……!?」


 その男は彼女をここまで育てた者だったらしく、あまりの衝撃から彼女は此処が敵地だという事を哀れにも忘れてしまったらしい。


「マキナ……お前なんで来た?お前は北側の道だったはずだろ?」

「なんで教官が……?」


 どうやらマキナと大樹は来る道を間違えたらしい。いったいどこでその伝達が間違ったのかは確かめようのない事。しかしここにある事実は、傭兵側の人間が、教会騎士団と一緒にいるという、ただ一点だけである。

 大樹は一瞬何のことか解らなかったが、それでもマキナの表情を見るに、状況の壊滅的なまでの悪さを肌で感じた。またあの殺し合いが始まると、彼の肌には鳥肌が立つ。


「おまえまさか傭兵団側の人間か?」

「……そうだ。そうだよ若いの。本当はもっと穏便にやるつもりだったんだが、色々手違いがあってな。手違いの一つがお前という訳だ」


 老兵は剣を抜く。大樹が気が付くと、周りには先ほどの敵兵たちがずらりと大樹たちの周りを囲んでいた。


「お前等に別に恨みはない。だかな、傭兵って仕事は金があって何ぼなんだ。わかってくれマキナ。お前をここで殺したくない」

「村の皆を騙してたのか!?」

「何も村人を皆殺しにするわけじゃない。ただ、村に住みつく得体の知れないバケモノをこいつらの主に引き渡す、だけだ!!」


 老兵は剣を真っ直ぐに構えると、大樹の懐に向けて走り出す。その途中奇妙なステップを踏むことで、まっすぐ来ると解っていても大樹は動く事が出来ない。


「糞が!」


 それでも辛うじて剣先を捕える事が出来たのは、この世界の騎士の攻撃を昨日見ていたからで。その刺突は特殊ではあったものの、身体強化を施された大樹の咄嗟の後方跳躍には対策がない。

 大樹はマキナの腕をつかむと、渾身の力を込めて跳躍する。

 マキナもこの攻撃ににより吹っ切れたようで、着地した途端、大樹の方を振り返った。


「ダイキ。今からお前だけ走って逃げてくれ」

「なんだと!?」


 マキナはそう言うと、周囲を見渡して再び言う。


「この人数をすべて倒すのはいくらお前でも無理だ。村へ帰ってジークかノルドという傭兵を探せ。彼らは村に親族がいる傭兵団幹部だ。彼らなら何とかしてくれるかもしれない」

「おまえはどうするんだ?」

「私は大丈夫だ。教官は私の育ての親だ。投降すれば殺されはしない」


 しかし神殿騎士を名乗った大樹は殺される。そう言うと有無を言わさずというマキナの強い眼差しが、大樹の中で揺れる。


「クッ……チクショウが!!」


 見栄を張って大樹に笑いかけるマキナの決心を見て、大樹も今マキナを救う事を諦めた。

 大樹はマキナを一瞥すると、そのまま後方へと下がる。そして周囲に敵がいないのを素早く確かめると、悔しそうに歯ぎしりしながら走り去った。


「そう、それでいい」


 マキナはそう言うと剣をその場に突き刺した。往生際悪く最後まで戦えば、恐らくはこの場の何人かは道ずれに出いる。しかしそれよりも今は、敵兵を効率よく引きつける事が重要だ。


「いたぞ!女の方だ!!」


 そう言って敵兵が何人かマキナに追いつくと、手のに持った剣を振りかざして襲いくる。マキナはこの森の中では長剣は不利と判断し、短剣を抜くと、可憐なステップで敵兵を翻弄しようとした。それは奇しくも先帆の教官の刺突と同じものである。


「こいつはえぇ!?」


 先程まじかで見たものの、実際に繰り出されるそれを避けることは困難で、マキナの刺突攻撃はあっけなく敵への一人を捕えると、その足に深々と短剣が突き刺さった。


「ぐあぁああ!」


 敵への一人が悲鳴を上げて地面に転がる。

 マキナは二人であれば敵兵を殺す事もできたが、仮に殺してしまうと捕虜になった時に復讐心で殺されるか、或はもっとひどい事になりかねないと、本能的に察知していた。女性兵士の最後はい悲惨であると、散々教官に教え込まれてきたのだ。


「セイヤ!」


 マキナは敵兵を刺した短剣を引き抜くと、次の標的へ向けて姿勢を低くしながら走り寄る。敵篇の方も思わず剣を振り上げたが、運悪くも丁度ふりげた位置に太めの木があって。


「そんな馬鹿な!?」


 そう叫んだ頃には、同じくマキナの短剣が彼の足を貫いていた。


「やっぱりきついな」


 立て続けの戦闘など怯えていては傭兵など勤まらない。しかし現状は圧倒的不利。更には敵は彼女の師である。


「戦場で立ち止まる時は死ぬ時だと教えたはずだぞ?」


 その一瞬。マキナがほんの一瞬立ち止まって弱音を吐いた瞬間。そんなしわがれた声と共に、一本の矢迫り、しまったという顔をした彼女の左肩に突き刺さった。


「ぐぁあ!?クッ!」

「悲鳴を挙げん所は及第点をやろう」


 老兵はそう言ってマキナに近づく。遅れてやってきた残りの敵兵も彼のあとからぞろぞろと。

 こうして戦闘は終わった。


「……投降します」

「投稿だと?散々時間をかけた末に投降とはな。だがまあお前は私の愛弟子だ。許そう」


 そう言っったが老兵は兵士に武器を下ろせとは言わない。


「だがな。何か武器を持っているとも限らない。装備をすべて外してもらおうか?」

「わかった」

「いやわかってないな。装備とはお前の服も含めたすべての事だ」


 老兵が下品な笑みを浮かべる。周りの兵たちもそんな師弟の関係を見て笑うと、もっとやれとはやし立てた。


「どうした?負けた女兵士の待遇がお姫様並だとでも思ったか?」

「………わっ……わかりました……」


 マキナはゆっくりと装備を外すと、服のホックをはずして上着を脱ぎ、革製の防具を地面に投げ捨てる。そしてスカート状の下ばきを外すと、さらしを解いて一糸まとわぬ姿となった。

 周りでは下品な歓声が起こるが、マキナは動じない。少なくと動じた素振りは見せなかった。


「その心意気やよし。おい、こいつを縛れ」


 そう命令された教戒騎士の下っ端の一人は、最高の栄誉を受けた様な顔をして、マキナの体を縛った。


「もう一人は村の部隊が何とかする。撤収!」


 老兵の声に合わせて、教戒師団たちがねぐらへと戻る。最後に老兵は森の闇を一瞥したが、気のせいだと言う風にため息をつくと、教会騎士団たちに紛れて消えて行った。


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