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その1

 女の魅力、それは二の腕であり、腹だ。どれだけ顔がよくて、巨乳で小柄で肌が滑らかで、髪に艶があっても、二の腕や腹が弛んでいれば、それは女ではない。だからと言ってボディビルダーみたいに筋肉質なら良いわけでもない。また、やせ細っていても駄目だ。腹が割れていたり、逆に腰骨やアバラが見えるのは美に対する冒涜である。それならば、まだ、多少たるんだ脂肪があるほうが健康的で良い。二の腕も同様だ。肩から肘にかけてのラインが脂肪でたるみ真っ直ぐになっていたり、筋肉で角ばっていたり、骨と皮しか無いようでは論外である。

 理想はそう、美しくなくてはいけない。腹は正面、横、どこから見てもくびれている事は当然。その上で腰骨の上に脂肪のたるみがなく、腹筋や骨格が脂肪に隠れて滑らかな曲線を描いている事が必須条件である。更に言えば、腕を上げてもアバラが見えないが、腕を真っ直ぐに下ろした時、腕とアバラの間に隙間があれば最高である。

 腕も当然厳しい審査がある。まず第一、正面から見て肩から肘のラインがS字を描いている事だ。肩の丸みと二の腕の筋肉の膨らみがそれぞれ分割されながらも、角ばっていない事が重要である。更に力瘤を作った時、二の腕の下が弛んではいけない。百歩譲って、指でつまめるかつまめないか程度の弛みは許してやってもよい。

 これが女の最重要ポイントだが、それを分かっていない奴らが多すぎる。男女問わず、胸だの髪だの顔だのを論議し、そこに重点を置きすぎている。その所為で、真に魅力的な女性は皆無だ。

 皆無、そう、全くいないわけではない。女性的な魅力に満ちた女神は少数ながら、確かに存在する。

 と言う演説を聞かされた田中は、学食のうどんを平らげると席を立つ。自然な動作で席を離れようとするが、動けなかった。後ろを振り返ると、先ほどまで演説していた男子生徒が田中の学生服を掴んでいる。

 髪を短く刈り上げたスポーツマン風の風貌の生徒だ。顔ややや縦に長く、ナイフのように鋭い目元の上には黒ぶちの眼鏡が掛けられていた。手足が長く体つきはしっかりしており、バスケットやバレーの知的な主将が似合うだろう。

「何処に行く? うどん奢ってやっただろう?」

 学生服を掴んだまま、生徒は田中を睨みつけた。その時、掛けていた眼鏡がキラりと光る。

「いや、食べ終わったから、ね。何時までも伊達に構ってられないよ」

「おいッ、可笑しいだろう! 学食奢る代わりに俺の相談に乗ってくれる約束だっただろう」

 生徒、伊達の叫びが学食に木霊する。学食が静まり返り、周囲の生徒の視線が伊達と田中に突き刺さった。

 田中は眉を寄せてあごに手をつけて暫し考え込んだ後、晴れ晴れとした顔で伊達に笑いかけた。

「人の性癖はそれぞれだから、気にするなよ」

 言い終わると同時に、親指をつき立てる。周囲から小さな称賛の声が漏れた。

「何言ってんだよ、お前はッ!」

「え、自分の異常な性癖と歪んだ女性観に対する相談じゃないの?」

 田中が目を丸くする。

「違うッ! と言うか、俺は正常だ。て、違う。いや違わないが、違うんだ」

「伊達、君が何を言いたいのか分からないよ」

 首を激しく左右に振る伊達を、田中は憐みの視線で見下した。

「とにかく、俺の相談は全然終わってない。それどころか始まってもいないんだ。ちょっと位長い前置きで諦めるなよ」

「でも、うどん食べ終わったし」

 山田は空のどんぶりを覗き込む。五分前までそこに盛りつけられていた大盛り天ぷら狸きつねチカラうどんは存在しない。二五七五円は山田の胃の中だ。

「なぁ、可笑しくないか? 俺の一週間分の食費を消費しておいてさ、たった五分しか話を聞かないって、可笑しくねぇか?」

「ハハハハ、冗談だよ、冗談。それで、相談て何?」

 目端を血走らせた伊達のお願いで、山田は再度席に座ることとなった。

 伊達は一度咳払いをすると、何事もなかったように話し出す。

「つまり、至高にして究極の女というのはな」

「さっさと端的に話してくれない。これ以上伊達の性癖には付き合いたくないんだよ」

 山田は話をぶった切った。伊達は不満そうに鼻を鳴らす。

 伊達は暫く鋭い目つきを更に鋭くして山田を睨んだ。しかし、山田がトレイに手を伸ばそうとしたので、話を再開する。二五七五円は、それだけの破壊力があった。

「端的に話すとな」

 頬を朱に染めた伊達は大きく頭を下げて頼み込む。

「好きな女ができた。協力してくれ」

「はい?」

 山田は素っ頓狂な声で応えた。

「とりあえずはこれを見てくれ」

 伊達が懐から写真を取り出す。写真のなかで、スキューバダイビング用の全身を覆う水着を着た女の子が恥ずかしそうに笑っていた。

「美風さんのブロマイドだね。去年、アクアフロートバトル大会で準決勝まで行った女の子」

「ああ」

 伊達は重々しく頷き、ブロマイドの中でほほ笑む女の子に視線を向ける。

 女の子の名前は 美風 咲良、年は一五歳、伊達と同じ高校一年生である。顎のラインや鼻の形はシャープで、黒い瞳は少し小さいが十分綺麗な子だ。身長は一七〇を超え、針金の様な髪をベリーショートにしている所為で、遠目には女顔の男に見える。セックスアピールに乏しい体だが、二の腕、腹周りの造形は水着の上からでも分かるほど美しい。どちらも無駄な脂肪はなく、無意味な筋肉もついていない。正に伊達の好みど真ん中である。

「彼女が俺の好きになった女の子だ」

「諦めたら」

 伊達の恋心を一刀両断するべく、山田は無慈悲な太刀を振るった。

「嫌だ。こんな理想の二の上や腹にはもう二度と出会えない。あの二の腕と腹の為なら、俺は死ねる」

 真剣な顔をした伊達の瞳に、あきれ顔の山田の顔が映る。

「だったら、さっさと告白したら? すっきりするよ」

「馬鹿野郎ッ!」

 伊達は拳をテーブルに叩きつけて、激昂した。テーブルに置いてあった食器類が音を立てる。

「そんなん失敗するに決まってるだろう」

「ああ、それは分かってるんだ」

 至極もっともな言葉に、山田は安堵の表情を浮かべた。

「あたりまえだろう。お前は一体俺を何だと思っているんだ」

 伊達は憮然とした顔を山田に近づけて、ゆっくりと力強いアクセントで持論を語り始める。

「いいか、俺は美風さんの事を何にも知らないんだぞ。彼女も俺の事は何も知らない。そんな状態で、告白しても外見だけが好きで告白したようにしか見えないだろう」

 山田は、実際そうだろう、と言う突っ込みを胃の中に飲み込んだ。

「それじゃあ、オッケーなんて貰えない。仮にオッケーが貰えてもだ。性格の違いで別れるかもしれない。付き合うのは、お互いをよく知ってからだ」

「おー、凄い良く考えているね」

 山田は小さな拍手を送る。

「まあな。お互い知り合いから始めれば、最初は美風さんの性格が俺と合わなくても、じっくり調きょ……ゴッホゴッホ、協調することも可能だ」

「……そうだね」

「だからこそ、出会いが大事なんだ。出会いでイニシアチブをとれれば、その後の展開はスムーズになる。その為にも、強烈なインパクトのある出会いが必要なんだ。それこそ、あ、伊達君て素敵じゃないかしら、て思わせるような、出会いがだっ!」

 しなを作った伊達が濁った女声で演じる仮想美風 咲良に、近場で食事をしていた生徒達が席を移った。食堂の一角に生まれた空白地帯で、逃げられない山田が大きなため息を吐いた。

「ん、ため息なんか吐いて、どうした? 何か心配ごとか? 俺に出来る事なら手伝ってやる」

 ため息の原因が自信満々に胸を叩いた。

「いいから、いいから、さっさと要件を教えて、そう一秒でも早く、お願いだからさ」

「あ、ああ、じゃあ手短に言うぞ」

 覇気のない山田の答えに、伊達は眉を寄せるが、すぐに話を戻す。

「俺をアクアフロートバトル大会に出れるように鍛えてくれ。頼む、この通りだ」

 その場で土下座する伊達に、山田は引きつった笑みで頷くことしかできなかった。翌日から彼らは陰でサドとマゾと呼ばれる様になるが、それはまた別のお話。

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