七 謎卦
もし空色みたいな女の子がいたら……どうでしょう、自分はとりあえず関わらないようにします。見ている分にはいいですが、疲れそうです。
この章まで読んで頂いて有難うございます。
ニヤリと不敵に笑った空色が、ピリッと絆創膏を剥がす。
「まさか絆創膏が剥がせないなんて、小さな子供でもあるまいし。私に手を出すと、そうね……1.5~30倍程度でお返し。辛さに例えると並で済まないわ、口から火を噴く激辛よ。燃え尽きるわ!」
「ほー、良く分からんが、とりあえず同等以上でお返しだな。で、鏡と消す物を持っていたら貸してくれ。何て書いたんだよ」
腰に手を当てた空色が、細長く柔らかそうな人差し指をビシッと指す。
「あなたにふさわしい単語よ! 当たったら消してあげるね、幸いにもマニュキュア用の肌に優しい除光液があるから」
「こらこら、それって準備良すぎ。
本気でいたぶるの慣れてない。何だか俺、友達になったの後悔してきた」
「そうだね、後悔は後からするものだよ。だけど、当たれば消すからそんなに酷くはないよ」
「おいおい…絶対に屈辱的な行為をさせて、言葉を幾つも言わせたいだけだろ」
「あ、あのね、読まれてた。てへっ」
「俺に可愛くしたって効果無い、じゃあ消せ」
「嫌だよ、絶対に当てて欲しいんだから」
「しかたない、こうなったら除光液を作って……出来るか?」
先だって武器を造り出したのと同じく、除光液を取り出そうとした。
しかし、御裏は自分の顔に掛ける薬品を間違えた場合を考え、リスクの高さに躊躇した。
透明な液体の入った小瓶を創り、首を振って手の中の小瓶を消した御裏に、空色が興味深々で尋ねる。
「今のも、手品じゃないよね?」
「まあな」
「聞いていいの? 他人が聞いて、失礼にならない?」
「ヒリン、一言言っておく。お前はすでに失礼を言っている。後でどうやって出すか教えるからさ、額の字を消してよ。どうせ肉とか書いたんだろ」
空色が唇を尖らせ、斜め上を向いて指を振る。
「ブッブー」
「ブッブーじゃねえよ、楽しそうで腹が立つ」
「冷静になりなよ。簡単だよ、さっき私達が話した事だよ」
「ケダモノか、何て単語をこの女!」
「ブッブー」
「またかよ! それむかつくから止めて」
それから御裏は思いつくままに単語を並べるが、見事に全て外した。
思い余って顔を赤くして恥らうような言葉まで言い、外した御裏が悔しさに遊具のトンネルに頭を突っ込んで何か叫ぶ。
「ねえ、もう暗くなってきたよ……そろそろ答え言おうか」
公園のベンチに腰掛け、夕暮れの空を見上げた空色が除光液とハンカチを取り出す。
腕を組み公園をうろうろして、真摯な表情で答えを考えていた御裏が拒んだ。
「いや、まだだ! あと少し待て、さっきのは惜しかったんだな。一文字だな!」
小枝で砂に書いた単語が、公園の端から端までずらりと並ぶ。
最も手前の単語『人』の字を眺めながら、御裏はまるでドラマの探偵が推理するように、ぶつぶつと呟く。
「答えは難しいようで、実は単純だ。犯人は私の目を欺くために、あえて身近な言葉を選んだに違いない……真実は一つだ」
「ヒントまだ聞きたい?」
「いや、それを聞いてしまえば解けるだろうが、聞いてしまったという後悔は確実に残りそうだ。もう少し、もう少し考えさせてくれ」
「いいよ、命だから、時間がかかるのはしかたないよ。もう下校時間過ぎたね」
公園の前を、同じ制服を着た生徒達が通り過ぎる。
「また馬鹿にしやがって。もし答えを当てたら、恥ずかしい格好で拭かせてやる」
「……いいから早く当ててよ」
熱中し過ぎて時間が経つのを忘れた御裏が、額の字が汗で半ば消えかけているのに気が付かず、小枝で天を指す。
「わかった、命だ! 俺の名前書いただろう。自分の名前が意味無く書かれるのって、結構恥ずかしいぞ。お前が好きそうな嫌がらせだ」
「ブッブー」
「あああああ!」
悔しくて髪を振り乱す御裏の後ろ姿を見ながら、空色が桃色の唇に小さな笑みを浮かべた。御裏をすっかり気に入った、むしろ懐いた空色が、ぴょんとベンチから立ち上がる。
「あのね、もう答え言うね。私、そろそろ帰らないと」
「うううう……おぉ! 気づけば夕方、どうしてこんなに時間が経つのが早い。まさか、また異常な歪みが」
「いやいや、あんたね……そんな性格だから、あんな力持っていても、周りが変になっても耐えられるのね」
腕を組んで夕焼けを見上げる御裏の傍に立った空色が、小声で答えを教える。
「友だよ、友達の友」
「む?」
にこりと笑う空色の顔を、怪訝そうに御裏が見返す。
「だから、消して帰ろうよ」
「嫌だ」
ティッシュと除光液を取り出した空色から、じりじりと御裏が離れる。
「負けて悔しいのはあるかもしれないけどさ、私の悪戯の跡を残されるのも困るのよね。家族に、こんな女がいたって、落書きされた事だけ言われそうだし」
「俺をそんな騙されやすく小さい奴と思うな。友って書いたって言ったな」
「そうだよ」
額を片手で押さえた御裏が、距離を取って叫ぶ。
「ヒリン、お前がそんな優しい字を書くとは思えない。家に帰って鏡で確認してから消す。嘘だったら明日、学校でお前のどこかに悪戯書きしてやる」
「小学生並の低いレベルな仕返し、おまけに嫉妬深い」
「だから今日は去る。お前、何組だ?」
「2組」
「では明日、首を洗って待ってろ」
空色がにこりと笑って手を振りながら教えてあげた。
「命、やっぱり頭悪い。鏡くらい作れないの」
「……作れる」
「携帯持ってるよね、自分を撮れば分かったと思うけど」
「……あるよ、携帯」
「実は書いた直後から、それ思っていたんだけど。それを見越して私が嘘を言うと思う?」
「……ヒリンは計算高そうだからなー、言わないな」
「結論として、命は自分が馬鹿で、ケダモノだと認めますか」
「せめて馬鹿だけにしろ」
「しろ? お願いするときは?」
「……く、くっ、下さい!」
「よくできまちたー、えらいぞー」
空色がパチパチと手を叩き、御裏の頭を撫でる。
御裏は不機嫌そうに見返す。
「お前、ぜったいいつか、その性格で痛い目みるぞ。顔がいいのに、性格最悪」
「そうなの、性格が困った人なの」
「否定しないのかよ」
「反対に命はスタイル良くて、顔も割とかわいいのに、単純でだまし易いよね。だけど友達だって思ったのは本当なんだけどな、私の事嫌い?」
「嫌いとかいう問題じゃねえ、ここまできたら敵だ。俺の視界から消えろ」
「ふぅ」
空色がくるりと後ろを向く。
夕焼けに照らされて、その後姿は絵巻物の一部のように輝いて見えた。
何着ても似合いそうだけど、こいつは着物が一番いい、絶対そうだ。
全く関係無い事を考えていた御裏の耳に、鼻水を啜り上げる音が聞こえた。
「おい、お前泣いてないか」
「ばーか、泣きまねだよ。私がそんな女と思ったの、ばーか」
そう言うなり、空色が鞄を手にスタスタと公園から出て行く。
「お、おい」
「悪かったわ、さよなら」
返事も待たず立ち去る空色の後ろ姿に、ぎこちなく手を上げた御裏が小さく声を掛た。
「さ、さよなら……ヒリン?」
薄暗い夜道を、瞼を赤くした空色が無言で歩く。
黒い革靴の先を見つめながら歩き、時折上を見上げてため息を吐く。
「私、駄目な奴だな」
御裏は口が悪いです。
登場人物が騒いでいるお話です。
読了ありがとうございます、ご意見ご感想はどんなものでもお待ちしています。