六 落書
前章からこの章まで会話メインです。
二人の性格を察して、優しい目で見守ってあげて下さい。
これからも、このお話をよろしくお願いします。
空色が首を傾ける、肩から腰まで覆う黒髪が滝のように流れ包み込み、白い肌に映える赤い唇が何かを噛んだような表情をした。
動かない御裏をじーっと、黒い瞳で見つめる。
色気がある瞳と表情は、まるで獲物を狙う猫のようだ。
「ね、いつまで寝転んでるの。どう足掻いても結果は、命の怒られ損だよ」
御裏は額に皺を寄せて睨み、チィと舌打ちしてふて寝をする。
「いや、怒ったのと俺が落ち込んだのもお前の……はぁ、もういい」
「ほら、立ったら。そんな短い制服で土の上に寝ていたら、砂が入って下着まで土だらけになっちゃうよ。あ、ちゃんとシート敷いてる」
御裏の体の下には、半透明のビニールシートがいつの間にか敷かれていた。
「服は必要御以上に汚さないっての……だけど。だけど、実はちょっと嬉しかった」
「ふーん、いじられてMに目覚めたの。少しは人間らしくなったって言っていいのかな」
「まったく、チクチクといつまでも。あのな、今日この状態で、まともに会話出来る人間がいたの久しぶりでさぁ」
土の上で両手を伸ばした御裏が、首だけ曲げて空色を見つめる。
してやった、細い足を両手で抱え、得意げに空色が笑う。
「抑えてるから見えないよ、御裏Mさん」
「イニシャルと掛けてるのか、上手いな……頼む、少しでいいから俺にまともな会話させろ。今、続けて言ったらすごーく感動する話だったぞ」
「ふーん、残念だったわ、惜しかったわ。とは思わないけど、どうぞ」
「むかつく、顔がいいのが残念。もういいや」
「うわぁー、最高の褒め言葉だわ。私嬉しい!」
御裏は口喧嘩してもしかたないと、眉間を指で抑え反対側を向いて語る。
「あ、あのなー…………いいやもう!
俺も自分だけが、一人だけが、あんな世界の中で違うんじゃないか。どう考えてもおかしいのは周りだよ、だけど誰もそれに気づかない。じゃあ、変になったのは俺か?
そればっかり考えてさ、だんだんと自分が異常だと思いかけていたんだ。そんな時、俺と同じく浮いているヒリンに出会えた」
「そんな……」
空色が揃えた指で口を押え、首を振る。
「いや、そんな心配し過ぎだって思うだろ。だけどさ、ずっとあの状況に何度も会ってみろ。どっちがどっちを、ずっと答えが分からず繰り返しているんだぜ」
御裏の訴えに、長い睫で何度も瞬きした空色が潤んだ瞳で、優しく子守唄のような声で話しかけた。
「とても自己分析が出来ているよ。自分が頭悪いの分かっているって、頭悪いのに少し驚いた。不思議だね。私が否定したいのは、今の台詞では同類にされそうな箇所だよ」
「お前俺をバカに……もういい」
自分の手を腕枕にして不貞寝した御裏の肩を、空色が優しくゆする。
「あ、ちよっと攻撃止めるの忘れていた。ごめんね、私もつい安心しちゃって……いつもの癖で」
「ついって、いつもかよ」
こいつ、絶対に友達少ないだろうと思った御裏が、手で顔を隠して苦笑する。
「これって、私が心を許している証拠。だから、怒ってもいいから無視しないで」
相手するのに疲れてきた御裏が、無言で寝たふりをする。
「ごめん、本当に怒った? 命、私の事嫌いになった?」
反応を示さない御裏の態度に、顔を曇らせた空色が離れ、ブランコに座り直す。
暫くの間、無言でブランコを揺らしていた。鎖の軋む音だけが、空色の心の声のように悲しく、動きに合わせて揺れるように聞こえる。
「……寝る。眠たいから寝ている、喋りたくないだけだ」
御裏が独り言のように喋った。
俯いていた空色が顔を上げる、校舎で出会った時のように目の端に涙が浮かんでいた。御裏は知ってか知らずか話を続ける。
「これも独り言だぜ。俺も人前でこれ言うってのは、ある程度気を許している証拠だ」
「命……あんたが、たとえケダモノでも、女性の下着愛好家でも、ナイフ振り回す奴でも――」
空色が寝転んでいた御裏に、内容は酷いが優しい声で話しかける。
「――私、友達になってあげてもいい」
「何それ……好きにすれば」
「うん、好きにする。
あんたが、例え同姓の下着見て興奮する奴でも、銃マニアだとしても、超能力者だろうが地球外生命体だとしても。
毒舌や説得や実力行使が出るかもしれないけど、それは人として当然の反応なの、条件反射、火事や事故が起きれば逃げるようなもの、本能なの嫌っていると思わないでね」
「あのなぁ、お前の中で、俺はどんな立場なんだろうか」
寝返りを打った御裏が片膝を立て、適度に筋肉が付き引き締まった長い足の砂を払い落とした。
海賊旗に書かれているような、黒地にピンクのデスマークが入った爪で空色を指差す。
「友達になりたかったら、まず人として扱え。それに俺はお前のパンツ見て興奮しない、少しファッション的な興味があって気になっただけだ」
空色は御裏の肩を恐る恐る叩き、黙っていてあげるからと真剣な眼差しで問う。
「誰のだったら興奮するの」
「そりゃ……いるかよ、そこまで突っ込むとヒリンが馬鹿みたいだぜ」
空色は余裕を見せようと長い髪を書き上げ、静かな笑みを浮かべた。
「ふ……馬鹿と言われた、やっとこれで同格。何て思わないでよ、こっちが少し合わせたんだから」
「お前、本気で俺と友達になる気あるのか? 優しい振りしたいじめっ子か?」
「真面目な話だけどね、命と話していると、目を閉じればカッコいい男の子と接しているみたいで、何故かこういう流れになっちゃって」
「口調が雑な野郎だからな」
「それでいいと思うよ、似合ってるよ」
「そうかい、それじゃお互い納得したところで。俺は黙っていいか?」
「しかたないな、私に他人の沈黙を我慢するように頼むなんて。許容量が少ない言葉が切れても、友達だからいいか。傷つくといけないから、気づかないように黙るね」
「いいかげんにしろ、無茶苦茶ばかり言いやがる。友達の為に、お前が黙れ」
御裏は人差し指と親指で環を作り、指の隙間に浮かび上がった肌色の物体を、人差し指で弾いた。
絆創膏、主に傷の応急手当に使われる医務用品。
突然飛んできた絆創膏に口を塞がれ、空色は目をパチパチさせて固まる。
その表情を見た御裏が、大笑いしながら砂の上で転げ回る。
笑いすぎて苦しくなり、ブランコの板にもたれて咳き込んだ。
「あぁー笑った笑った」
掠れた声で御裏が話しかける、空色は絆創膏を貼られたまま静かに御裏を見ていた。
「悪い悪い、取ってもいいぜ」
空色が取れないというジェスチャーを手で示し、御裏が笑いすぎて苦しい脇腹を押さえて近づく。
絆創膏に手を伸ばした御裏の額を、見えない角度から伸びた空色の手に握られた、冷たい物が何度か素早くなぞった。
とっさに身を引いた御裏が額に手を当てる、手のひらに黒いインクの滲みが付着していた。
手のひらに付着したインクの意味を考えていた御裏が、ハッとした顔で尋ねる。
「お前っ! まさか!」
お疲れ様です、読んで頂きありがとうございます。
またしても章のほとんどが会話で終わります。
いくら思い入れがあった作品とはいえ、改めて読むと本当に偏っています。
だからこそ自分は気に入っているのかもしれません。