二十三 夢想
前回とこの回で、御裏がどんな人物か少しづつ明かされます。
――はい、おしまい。
一方的に話を区切った空色に、少しでも力の有効な使い道を知りたい御裏が、なおもしつこく食い下がる。
「ええー、出し惜しみするなよ、勿体ぶるな」
「は? 誰がドケチですって? 人生と言葉の節約上手なのよ、私は」
「そんな前向きな意味で言ってないって」
「あのね、私の意志は逆だよ、私なりの優しさだって。命の才能と性格を壊したくないからここで終わりにするの。私が命だったら、一日一回は誰かが絶望して、週に一度は町が崩壊してるわ。夜叉ものんびり冬眠みたいな生活してないから」
空色としては、自分の体のどこかに居るであろう夜叉が御裏に攻撃をしかけない理由から、『人ならざる者を狩る』夜叉が昔昔の偉人と同等に扱っていると褒めたのだが、御裏は全く気付かなかった。
それから唐揚げの話に戻り、好きなおかずの話に切り替わり、ふと思い出したように空色が御裏に向き直る。
弁当箱を片付けながら、空色が御裏の顔の中央をじっと覗いて尋ねる。
「命の夢って何か教えてよ。昨日はちゃんと話してくれなかったでしょ、私聞きたいな」
「えーっ、聞いてなかったの、あれ。俺すっごい長々と話したけど、ヒリンやっぱり途中で寝たな、実際は寝る前から聞いてなかっただろ」
どうでもいいが、空色のおでこは綺麗だと御裏は思った。
磨きあげられた肌に顔が映るような気がして、角度を変えてみたが、気のせいだったようだ。
空色は御裏の顔の動きに合わせ、穴が開くほどじっと顔を見つめている。
「色々な事があったから、不本意にも野獣の前で無防備に寝ちゃった。もう、襲われても分からないくらい疲れて。ねえ、襲ってないよね」
「するか! 俺は色々あって、興奮しすぎて寝れなかった。おかげで授業中良く寝れた」
「ふぅん、動かないで」
ゆっくりと手を上げた空色は、何かを摘むような形の指を伸ばす。
「あ、何だご飯粒だった。鼻くそかと思った」
「さっきから真剣に何を見ているのかと思えば……お前、自分から俺の夢を聞いておいて、気になったのはそれか?」
両肘を反対の手で押さえ、体を抱きしめるようなポーズの空色が、急に真面目な顔を作り言い返した。
「ふざけてないで、きちんと見ているし聞いているわ。命に女装癖がある理由でしょ。それとも興奮したって話かな。飢えた発情期のケダモノで、妄想逞しい思春期の若者が何を考えるのか教えて、ちょっと怖いけど知らない世界に興味あるわ」
御裏はやっぱり強引すぎるオチを言いたかったのかと、空色の口を手で押さえて黙らせた。
「今度は俺の番ね。俺が知るかそんな事! いいかげんそのネタ何度も使われると、段々とお前が実はそっちじゃないか、なんて思ってきたぞ。妄想を無駄に鍛えているのはお前だ。見ろよこの胸にこの体で、どこが男! 胸なんか体積にしたらお前の十倍はあるな、片手で持てないぞ。実は羨ましくて言ってるだろ」
見ろ見ろと、片腕で胸の下を持ち上げ、斜め横を向いて腰が細く見えるポーズを取る。
体の線を見た空色の眉間に少しだけ皺が寄った。
「全然。全く、別段、特に、これといって、羨ましくないわ。そもそも大きくて何か便利なの」
悔しがっている。
ようやく空色の感情が少しだけ読めるようになった御裏は、出会ってから初めてであろう、勝ったという優越感を感じた。
「よっしゃ! 俺は気が済んだからもういい。今までの会話は全て許す。気分がいいから教えてやろう、おっぱいが大きいと色々挟めてな……違う違うまた話が逸れた、墓穴に誘導されるところだった」
「はいはい、滅多に言えない自慢話を聞かせたかったのよね、落ち着こうよ……取れた」
じっと覗いていた空色が、御裏の鼻の頭からご飯粒を取り、嫌な顔で手すりの向こうに放り投げた。
そんな顔するなら取るなよ、心の中で突っ込みながら御裏は立ち上がり、気分を切り替え力を込めた喋りで夢の続きを話す。
「とにかく俺の目的と夢だ。俺はまず、無事に学校を卒業する!」
「命って本当に切り替え早い、ここまで後腐れないと便利な奴だと思われるよ。知っていたけど改めて感心した――確か初めて会った時に、そんな事言ってたよね。卒業するのに、どこに問題が発生しているのか具体的に教えてよ。私で良ければ、手助けできるならするけど」
「うむ、まずは出席日数だ」
「それは難しい、私は身代わりも分身もできないから。解決手段は簡単じゃない、真面目に学校に来てなかったの?」
「うんにゃ、来てないじゃなくて、来れなかった。昨日みたいな事が何回もあったし」
空色はお茶のペットボトルを口に含み考え込む。
「どの事?」
「学校で出会ってから! 凄い戦いをした! お前が一番危なかっただろうが! 危ないどころか、お前が死んだよ!」
本気でどうでもいい事のように、空色は鼻で笑って答えた。
「何だ終わった事でしょ、最終的には全て元通りだったし……」
「そ、それでいいのか。まぁ、本人がそう言うならいいけどさー」
「……命は前から、異変を何度も経験しているからね。戦闘になったら学校どころじゃないし、無事に帰れるかの話だよね。一人で大変だったね」
「今思えば、俺一人でも頑張った、凄く偉かったと思う」
「ぼっちなのに、めげずに偉いよ、もう感動の粋に達するわ。クスッ、強いのにぼっちなんだね」
「おいこら、何気に貶めやがったな。まったくもう……あ、そうそう、それに俺ここの生徒じゃないもん。それにそれにさらに、今の家の子でも無いから。全部違うから」
ペットボトルのお茶を飲んでいた空色が、お茶を飲みかけた姿で目をパチパチさせる。
噴出すのを何とか堪え、空色は咽ながら尋ねた。
「り、理解不能だった。もう一度聞きなおしてもいい」