十七 終焉
異端の存在である御裏の存在が、世界樹の構築した世界を解れさせ、侵食し、分解する。
世界一つを構成し包括する世界樹―――神々の中でも高位に位置し、他の世界や神々から恐れ力を求められた存在。
世界樹を前にして脅えも畏怖も表さず、御裏はビッと人差し指を指した。
「いよう、来たぜ。そいつを助けに」
そこに人の姿が見えるのに、目を凝らすと見えない。
生きていると感じるようで、逆に無機物を目の前にしたような、世界樹は人が識別するには形容しがたい存在だった。
崩壊と再生、侵食と撃退を繰り返す御裏と世界樹。
二人の力に挟まれた舞台に、丸く区切られた暗黒の空間が現れる。
夜叉が御裏の援護に入るものの、異空間を繋げる力が途中でかき消され、実体化までは至らなかった。
「むぅ……無念……せめて空の人を……」
ノイズ交じりの夜叉の声に、御裏は軽く頷いた。
「任せた。俺はこいつを倒す」
世界樹が御裏に問いかける。
「来たか。精神を飛ばして辿り着き、置いてきた肉体がどうなっているか心配では無いのか」
「あ? これってやっぱり精神世界とかそんなのか。ならまあ、それなりに気になるかな」
さらに語りかけようとした世界樹の口を、御裏は鋭い言葉で封じる。
片手で頭を抑え、頭痛と戦いながら御裏は世界樹をビッと指差す。今回はマニュキュアをしていない、素の肌色をした爪だった。
「んで、とにかくあんたを倒す。せっかくだから、俺の話終わるまで待ってたみたいだから、一応だから、確認の為に聞いとく。名は?」
「人に合わせ、世界樹と名乗ればよいのか。菩提樹とも呼ばれる」
御裏の認識が人という単語から連想させ、人らしき姿をした世界樹が御裏の周囲に力を発生させる。
本来なら天変地異を起こせる力が、御裏には届かず。
団扇で仰いだそよ風程度のダメージしか与えられなかった。
世界樹は一度力を使っただけで諦めた。
世界樹には、この世界から外れた存在の御裏に、自らの力が届かないと初めから結果が見えていた。
はじき出した理論の結果を試したに過ぎなかった。
「結構結構、目標確認、判決確定。もう終わるんだよあんた……滅しな!」
御裏は人として、世界の歪みを発生させる事を祈る。
力は全く必要ない、人という異物の存在が、この戦いのキーだったのだ。
世界樹が力を持つ者を狩る必要が、御裏には理解できた。人間にとって、世界樹が神のような力を持つ存在なら、世界樹の世界を訪れた人間も、逆にまたしかり。
目的を持つ者がたどり着いたらゲームオーバー。
だからこそ、全知全能に限りなく近づいた世界樹が夜叉を初めとする八部衆を造り、力のある人間を狩ってきた。
世界樹はバランスを崩した世界で、支配していた世界ごと存在を失う。
御裏は消えゆく世界の最後の姿を見た。
空色を狙う敵、強大な力を持って人を狩る人間の天敵ではあった。
滅び行く世界に包まれて、何故か胸に穴が開いたような気持ちになり、涙を流していた。
「あばよ……もう、この世界は消えるぜ」
道理だな……世界樹が最期に呟き、小さな点となって消えた。
消え行く世界から弾き出され、何も無い暗黒を落下しながら御裏は叫ぶ。
「やしゃあああぁ! ヒリンを頼んだ!」
粒子と化した夜叉が、その体を広げ空色の位置を探知する。
夜叉の存在する位置を軸にした、台風のような粒子の環が世界樹の世界に広がる。
世界樹が存在したすぐ近くの場所、微妙に時空の相違をずらした場所に、全ての干渉を無効にする空間が存在した。
(発見した)
残された力を終結させ、辛うじて姿形を整えた夜叉が樹のレリーフを作り出し、無効化の力が発生する場所へと移動した。
「待たせた」
そこには、四肢を分断された、バラバラにされたジグソーパズルのような姿の空色の体の各部分が、体の場所も向きも無造作に木の幹に埋まっていた。
その姿を悟らせず、気丈に御裏と話していた。
並みの人間ならパニックに陥り、会話が出来る状況ではなかった。
「むぅ、生きて……おられるか?」
逆さに埋まった空色の生首が冷たく言い放ち、機嫌悪そうに横を向いた。
「こっち見ないで」
「申し訳無い、我はまた間に合わなかった」
夜叉が空色の前で崩れるように膝を突き、力なく言葉を発した。
全身から崩壊した体の組成式が空間に放たれ、黒い粒子が煙のように湧き上がる。
「ま、まだ死んでないわよ。もう終わったみたいな言い方しないで」
「しかし、肉体がこれでは……」
空色の全ての力を無にする能力。
それを欲した世界樹は、肉体を分散して取り込み、自らが全ての力に対応できるように仕組んだ。
その行為が完成するまでが御裏と夜叉の勝機だった。
世界樹が倒されたら、この世界は崩壊する。
世界樹に取り込まれた空色は、細切れになった姿で違う世界に放り出されるだろう。
そうなれば、人間は生きてゆけない。
「全裸を視られちゃったね。変な姿になったでしょうけど、責任うんぬんは気にしないで。あなた程度に心配されるほど、弱ってもないし、別に痛くも痒くもないから。ま、まぁ助けに来たところは認めてあげようかな」
美しい姿をした夜叉には見られたくない姿だったが、空色からすれば御裏に見られる方がもっと嫌だった。
明らかに弱っている夜叉を前に、空色はしれっと悪ぶれて無駄口を叩いた。
人でない夜叉にも、空色が夜叉を気遣って強がっているのは理解できた。
「我はそなたを助けると、そなたの母、沙羅の人と約束した」
「お母さんと? 夜叉、お母さん知っているの?」
夜叉は空色の母を助けたかった。
しかし、世界樹やその他強大な神々を倒せず隠すだけで精一杯だった。
その命を繋いだ「空色 緋環」を助けると誓った。
中途半端な創造された神の力では無理なのだろうか、数多の神を葬って力を取り込んでも、未だ命の一つも救えないのか……
「ある、手段はまだある」
組成式の半分以上を失い、空色に近づくだけでも影響を受けてダメージを喰らう夜叉が顔を上げた。
「空の人よ」
「むっ! せめて緋環と呼びなさい!」
「知っておる、そちの名は私が付けた」
「えっ、どういうこと、まさか……お母さんを知っているみたいだし、私の父親が夜叉! なーるほど、かなり衝撃的だったけれど、それなら私が絶世の美人なのも納得だわ。いいわ、お父さんには黙っていてあげる」
(チッ、お母さんしれっと良い思いしたな)
「違うのだ、時間が無い。そちと一つになろう、それしか手段は無い」
姿が薄れ、黒い影にしか見えなくなった夜叉が立ち上がり、その手を伸ばす。
「私と一つ……時間が無いからって、それはダメ! 嫌、私も夜叉はいい男だと思ったけど、私の体が欲しくなる気持ちも分かるけど、血の繋がった相手とは無理! バラバラの体で猟奇プレイなんてもっと無理!」
「血は繋がっていない。案ずるな、一瞬で終わる」
いよいよ世界の崩壊が進み、隔離されていた空間も崩壊を始めた。
埋もれていた世界樹の一部から外れた空色の体が宙を舞う。
その肉体にもはや煙状になった夜叉が覆い被さった。
「待って! 一体どういうこと……」
四肢を分断された状態の空色は暗黒に堕ちた。
消える世界の中、存在の消えた世界から御裏と空色は飛ばされた。
世界そのもののバランスを取るために、恐らくは元居た世界へ戻るのだろう―――
ここって2万字まで後書きが記入できるんですね……そんなに使いませんよ^^;




