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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ほぼ恋愛なし系

死地の親友

少々の残酷描写あり。

苦手な方はご遠慮ください。



 ある研究施設内。


 食堂にて唐突に暴れだす、どこか異様な人間たち。

 このまま殺し合いでも始まろうかと言う一触即発のムードを収めたのは、フランケンと呼ばれる化け物だった。

 壁を殴り自身に視線を注目させ、騒ぎの中心人物をひと睨みしただけで、誰もが押し黙った。

 それを見届けた彼は、何ごともなかったかのように黙々と食事を続ける。


 だが、そんな彼に平然と話しかける一人の男がいた。


「よう、隣いいか」


 フランケンは微動だにしない。

 しかし、男はそれを全く気にせずに会話を続ける。


「沈黙は肯定と見なすぜ?

 にしても、ここの飯は美味いよなぁ。

 アンタもそう思わないか」


 男を見ぬまま、フランケンは口を開く。


「……お前はまだ普通の人間だろう。

 俺は化け物だぞ、恐ろしくはないのか」


 その問いに、男はニヤリと笑った。


「んなこたぁ問題じゃないな。

 ここにいる奴らをちょっとばかり観察していたんだが、見た目だけは人間のままの他の奴らより、アンタの方がよっぽど理性的だし感情も持っている……と、俺は判断した。

 しかし、見た目に似合わず食べ方はやたら丁寧だな。

 どういう奴なのか分からなくなってきた。

 さっき、騒動が起こりそうだった時に発揮した腕力と威圧感からは想像もつかん。

 そりゃあ、確かに人間は矛盾した一面を併せ持つのが普通だが、アンタの場合は少々極端すぎるきらいがあるぞ」


 男の軽口にフランケンは眉間に薄くシワを寄せる。


「……ふん。ペラペラとよくしゃべる。

 そもそも、俺を人間と同じと思うことが間違いだ。

 色んなもんが混ざりに混ざった化け物に矛盾があって、何もおかしなことはない」

「ふうん、そんなものか。

 ていうか、フランケンて呼ばれていたのは伊達じゃないんだな。

 アンタ、本当にそういう存在なんだな」


 そう言って、男はフランケンに好奇の目を向けた。


「……お前は、その相手に対して少々油断しすぎじゃあないか。

 突然、俺が暴れだして『グシャ』なんてことになっても知らんぞ」

「何だ、アンタにはそんな事が頻繁にあるのか」

「いや、1度もない」

「って、ないのかよ!

 ……っあーぁ、ガラにもなくツッコンじまったぜ。

 そんなあるかどうかも分からんことを心配しても仕方がないだろう。

 それとも、アレか。俺に近寄って欲しくない理由でもあって、ワザと言ってんのか」


 ちらりと視線を男にやるフランケン。


「………………変な奴。

 ここに連れてこられて間もない人間は、往々にして騒がしいものだ。

 この常軌を逸した場所に突然軟禁されて、何故そんな風に冷静でいられる。

 お前は一体何なんだ」

「別に、ただの人間だよ。

 なんだ、俺に興味があるのか? 知りたいか?」


 楽しそうに身を乗り出してくる男から、フランケンは再び視線を外した。


「……別に。

 どうせ、お前もすぐに他の奴らと同じになる。

 それを聞くことに何の意味がある」

「む……意味、か。そうだなぁ。

 俺が俺を忘れても、アンタが今の俺を覚えててくれるってのは、結構、俺にとっては意味のあることかもしれない。

 そういうの……アンタにはないか?」

「さぁな、俺はもう行く。そんなことは、他の誰かにでもしゃべっていればいいだろう。

 退屈している奴は、いくらでもいるんだ」


 フランケンはそう言うとあっさりと席を立った。

 それに焦った男は、咄嗟に彼の腕を掴んでまくし立てる。


「っ待てよ。まだ時間はある。もう少しいいだろう。

 聞いて欲しいと思ったのは、アンタだからだ。

 他の誰かじゃあ意味がない。

 それに、明日の俺はもう俺じゃあないかもしれない……だろ?

 な、頼むよ。フランケン」

「……チッ。くだらんと思ったら、すぐに席を立つ。

 いいな」


 怪訝な顔でのそりと席に戻る彼に、男は微笑みを浮かべた。


「あぁ、構わない。ありがとう。

 アンタ、見かけによらずいい奴だな」

「いいから、話すなら早くしろ。

 俺だって暇じゃあない」


 それから、男は自身の過去を披露し始めた。

 フリーのカメラマンだったことや、ごく最近結婚したこと。

 それから自分の性格のルーツ、ここに捕まった経緯などを手短に語った。


 おそらく、目の前の化け物は男のそんな話には毛ほども興味はなかったことだろう。

 だが、彼は席を立つでもなく、ただ黙って男の話を聞いていた。


 そうして、ようやく男が一息ついた頃、彼は言った。


「それで、俺にどうして欲しくて、そんなことを話した」

「だから、別に何がどうってんじゃない。覚えておいてくれればいいのさ。

 俺と言う人間が確かにここにいたという事を。

 俺を知っているのが俺だけじゃあ、俺は俺である意味がないんだ」

「何を言っているのか分からん」

「だろうなぁ。俺も言ってて段々分かんなくなっちまった。

 でも、やっぱアンタに話して良かった気がする」

「……フン」


 それから、フランケンは無言で席を立った。

 出口で看守のような者に話しかけられて一言二言会話をしていたが、その内容は男の耳には届かない。

 看守との会話も終わると、彼は食堂から姿を消した。


 定められた時刻になり、食堂に残っていた全員が監視カメラ付きの部屋に否応なく放り込まれる。

 男は一人一室であることが唯一の救いだと思っていた。





 その日の晩、就寝時間をとうに過ぎた真夜中に、自分の部屋の前になにやら気配を感じて、男はふとドアへと視線をやった。

 3分の1が鉄格子になっているおかげで、誰かが確かにそこに居ることを確認した男は 少々警戒をしつつも、扉の前方に1歩分程度の距離を空けて立つ。


 そこには、昼間の彼がいた。


「何だ、フランケンじゃないか。どうした、こんな夜に。

 それに…………どうして、アンタ外にいる?」


 男の問いに、フランケンはいつもの無表情で淡々と答える。


「俺は、この研究所に飼われている従順なペットだ。

 実験動物であるお前達の監視と統制、運搬が俺の仕事だ」


 その事実に眉をひそめた男だったが、すぐにいつもの表情に戻った。


「……そう、か。

 それで、そのアンタが何の用でここに来たんだ。

 それも、こんな時間に」

「お前を材料とした実験が、明日の正午からに決まった」


 告げられた言葉に驚くでもなく、不思議そうな顔をした男は、再び彼に問いかける。


「なぜ、それを俺に教える?

 いつものこと……な、わけがないよな。

 それとも、これも実験の一部なのか?」

「違う。だが、俺にも分からん。

 俺がなぜ、命令もなしにココへ来たのか……」

「へぇ。

 ……で、そんな事を伝えて、俺が変な気を起こしたらどうするつもりだ?」

「疑わしい行動を起こせば、俺は迷わずお前を殺す。

 所員達の命令のままに、お前のような人間を何人も何人も壊した。

 ここでの俺の存在価値を失わないためにな」

「そうか。

 ……でも、さ。アンタそれでいいのか?

 ここから逃げたいとは思わなかったのか?」


 そこで、フランケンは少しだけ男から視線をずらした。


「……俺の生きる場所はここにしかない。

 そして、俺の生きる意味もここにしかない」

「それが辛くはないのか」


 フランケンは応えない。

 だが、男にとって、それは答えだった。


「そうか。

 ………………そうだな。

 なぁ、フランケン。昼間した俺の話、少しは覚えてるか?」


 この問いにもフランケンは応えない。

 男は少しだけ嬉しそうに笑んだが、それから徐々に顔を暗くして呟いた。


「…………あー。絶対帰る、って、言っちまったんだよなぁ……クソ。

 頼むから、律儀に待ったりしてくれるなよ」


 この呟きを最後に、互いに沈黙が続く。



 しばらくすると、フランケンは無言のまま闇に消えて行った。

 男はそんな彼の背を複雑な感情で見つめていた。






 翌日、所員と共に、再びフランケンは現れた。

 一瞬だけ視線を合わせるも、お互い何も言わなかった。


 これまでの人間と違い大人しすぎる男に、所員は軽く首を傾げたが、結局すぐに問題なしと判断して、実験室へと運んだ。


 実験台の上に拘束され、何らかの薬物を投与される直前、男は自嘲の笑みを浮かべる。

 と、その瞬間……言葉にならない叫びと共に、フランケンがしゃにむに暴れだした。

 部屋を滅茶苦茶に破壊していく彼を見て、室内から慌てふためき逃げ出す所員。

 それを尻目に、フランケンは男の拘束を解いた。

 そして、素早く扉の外を確認して、ある方向を指差しながら男に叫ぶ。


「走れ、こっちだ! 早く!」


 うろたえながらも、フランケンの言うとおりに走る男。


「アンタ、どうして……俺を逃がすつもりなのか?

 今まで何人も命令に従うまま壊してきたんだろう。

 そうするしかないと言っていたのは、他ならぬアンタじゃないか」


 フランケンは軽くため息をつきながら答える。


「……別に、そこまで考えてやったんじゃあない。

 誰かさんのおかげで、思い出しちまったんだよ。

 俺も昔は人間だったってことを……。

 くだらん感傷に振り回されて、このザマだ。馬鹿野郎」

「くっ、ははっ。なぁ、こうなったら2人でとことん逃げちまおうぜ。

 なぁに、外でのアンタの面倒くらい俺が見てやるよ」

「言ってろ」


 フランケンは鼻で笑う。

 走りながら、男は施設内を見回して問いかけた。


「……なぁ。今さら聞くけど、ここは一体何なんだ」


 フランケンは少し黙ったあと、いつもの無表情で答えた。


「ここは生物兵器を開発する為の政府公認の機関だ。

 表向きには存在しないがね。

 無駄飯食らいの犯罪者たちを化け物に改造して、遠くの戦地へ輸出するのさ。

 邪魔者は片付くし金も儲かるし、この国の戦力の補強にもなる。

 ……が、こんな騒ぎが起きたんじゃあ、計画も白紙かな」

「何と言うか……とんでもない場所だったんだな」


 フランケンは見目と裏腹にとても頭が切れるらしく、逃げながらも様々な手段を用いて所員たちをかく乱した。

 外部の者の侵入や実験対象たちの逃亡を防ぐためのシステムも、その全てを知り尽くしている彼の前に何の役にも立たなかった。


 だが、さすがの彼にも予想外のことが起こってしまう。

 パニックに陥った一人の所員が、施設内の全ロックを解除したことで、化け物たちがそこかしこに放たれてしまったのだ。


 すでに、悲鳴と血の香りがそこら中に漂っている。

 化け物も、人間も、関係なく死んでいった。


「……くそっ、何をやってるんだ!

 どうせ、俺は所員を傷つけないようプログラムされてるんだから、誰にも危険なんかなかったのに。

 一体、誰がこんな馬鹿なことッ」


 突如、フランケンが立ち止まる。

 そして、その大きな手で男の目を覆った。


「見るな」

「え?」

「ここから先は地獄だ。

 人間のお前に耐えられる光景じゃあない」


 男は、フランケンの言葉にごくりと唾を飲んだ。


「目をつぶったまま、俺におぶされ。

 そして、生きてここを出たければ、死に物狂いで掴まっているんだ。

 化け物がいつどこから襲ってくるか分からん。

 離れてしまったら、俺とてどうしようもない」


 男は無言で頷いて、彼にしっかりとおぶさった。

 フランケンは、片手で男を支え、先へと進む。

 監視役だけあって、彼の存在を疎ましく思っている者も少なくなかったらしく、二人は途中かなりの数の化け物に襲われてしまった。

 片腕ながら、フランケンはそれらをばったばったとなぎ払い、ついに出口を目前にする。

 追従する者がいないことを確認して、男を床に降ろし、彼は言った。


「奴らをこの敷地の外に出すわけにはいかん。

 お前が脱出する間だけ防壁を上げるから、外へ走れ」

「……それって、アンタはどうなるんだ?」


 少し躊躇いながらも、フランケンはハッキリと言った。


「俺はここに残る」


 それを聞いて、表情が一変する男。


「は!? 駄目じゃないか!

 アンタ一人を残して自分だけ助かるなんて、出来るわけがないだろ!」

「阿呆っ! そんなキレイ事言ってる場合か!!

 俺は人殺しの化け物で、元よりシャバに居場所なんざありゃしねぇんだ!

 さぁ、行け! 急がないと、奴らが来ちまう!」

「っでも!」

「待ってる奴がいるんだろ! 帰れなくていいのか!?

 このまま化け物が世に放たれて、そいつに危険が迫っても良いってのかよ!?」


 そこまで言って急にトーンを落とすフランケン。


「それに、どうせ俺はもう死んでいるんだ。

 だから、お前は生きろ。生きて命を大切にしろ」

「……分かんねぇよ。だって、アンタは今、俺を助けてくれているじゃないか。

 それが、生きてるってことじゃあないのか?」

「違う。違うんだよ、全然な。

 俺の命はもうどこにもない、ここにいるのはただの化け物だ。

 頼むから、早く行け」


 フランケンの決意を変えられないことを悟った男は、悔しそうに涙を流した。


「分かったよ。

 あの……ありがとう。俺、アンタに会えて良かった。

 アンタのこと、一生忘れない」

「あぁ。俺も、お前に会えて良かったぜ。

 さ、もういいだろう。行け」


 男はこくりと頷いて出口へ走った。

 そして、フランケンを背に走りながら、空を指差しつつ叫ぶ。


「フランケン! いつか空で会おう!

 そしたら、今度はアンタの話聞かせてくれよな!」


 予想外の言葉に、思わず笑うフランケン。


「……ははっ。

 あんまり早く来すぎるなよ!」


 それに対して、男は何か返事をしたようだったが、防壁が閉まり聞こえはしなかった。

 だが、彼には男がなんと言ったか、分かったような気がした。


 男が去った後の防壁を見ながら彼は呟く。


「……行ったか。ったく、ロマンチストな野郎だ」


 こんな愉快な心地は久しぶりだと、フランケンは思った。


「……クック、2人で逃げよう……か。

 結構、嬉しかったぜ。

 例え、この施設から外へ出ちまえば、即、ただの肉塊に変わっちまうこの身でも……思わず夢を見ちまうくらいには、な」


 背後に化け物たちの気配を感じながら肩を回す。

 もう、その表情に笑みはない。


「さぁて、化け物どもを片付けてまだ生きてるかもしれねぇご主人様たちを助けないとな。

 俺はこの施設の従順なペット、フランケンなんだから……」




 END

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― 新着の感想 ―
[良い点]  なんか、フランケン△(サンかっけ~)。 [一言]  ……で、あの後、所内のクリーチャーを全て"破壊"してから、"ご主人様"達を助けると称し全ての機材と施設を破壊、"ご主人様"達もそれに巻…
[良い点] 自分を「ペット」というフランケン。 でもカメラマンの男の記憶の中では、人間らしさを持つ同じ時間を共有した男として、存在していくのですね。 帰宅して妻にフランケンのことを語る姿が目に浮かびま…
2014/03/03 10:20 かえるさん
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