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家の中でよもやま話


「お父さんとお母さんはどこでどうやって会って結婚したん?」

ぎくっとして一万田がビールを飲む手を止めた。


晩秋、日曜の夕方。十二歳になる長女が尋ねてきた。


「ええ~っと、うーんと。お父さんが産まれた家のすぐ近くにお母さんの家があって、多分初めてあったのは・・・1歳くらい?」

「そげんことよう覚えちょんなあ、アンタ。」

 妻があきれながら言う。


「いや、俺も覚えちょらんけど、母ちゃんが俺が赤ちゃんのとき、お前ん家の前の広いとこあるやんか。あそこでママさん会議をようしよったっちいいよったけん、多分ベビーカー越しに俺達会っちょんぞ。」

「それは会ったにカウントせん。」妻が言う。


「私もそう思う。」娘も同調する。

 家庭内一万田包囲網が完成した瞬間である。


「ほいたら保育園・・・?やけん三歳くらいか。」

「そういうことを聞きよんのやねえんよ、お父さん。」

 娘が顔をかしげながら言う。


「どこから話せばいいかわからん!」

一万田は二缶目のビールをあける。


こういう話題は苦手なのだが、娘はそういうことに興味を持つ年頃なのかやたらと聞いてくる。

「お母さんと大きくなってからどこで会ったん?」

「そうやなあ、すき焼き食べた日かなあ。」

「なんでアンタは私と会うた日の記憶がすき焼きとセットなんか。」


警視庁に入ることになって東京に発つ前の晩に家ですき焼きを食べたのだが、その買い物の帰りに妻とばったり会ったのを思い出す。

近所ゆえに子供の頃に何度も会ったは会っただろうが、異性として意識して会ったのはあれが初めてだったかもしれない。


妻に何故かすき焼きのイメージがあるのはそのせいだ。だが、そのすき焼きのイメージがあるというのは墓まで持って行かねばなるまい。まあ、余裕でバレているのだが・・・

妻がスマホでなにやら昔の歌を再生しだした。


「こんな感じやったんよ。お母さんとお父さん。」

五十年も前の歌謡曲「木綿の手ぬぐい」だ。


好きな人、明日俺は故郷を出る

東京に向かう電車で

大都会から君へのプレゼント

あれこれ考えるよ

そんなのより、あなた、私は

いってほしくない

あなたに東京に染まってほしくない


好きな人、だいぶたったけど

さみしくないか

東京で流行りのネックレス

きっと君に似合うとおもう

そんなのより、あなた、私は

ダイヤよりも真珠よりも

あなたのキスよりときめくものはない


好きな人、君の顔も忘れてしまった

消えて行く僕をゆるしてくれるかい

東京が楽しすぎて帰られない

そうなの、あなた、私は

最後にプレゼントが欲しいの

木綿の手ぬぐい

涙をふく手ぬぐい



もともと名曲なので、一万田はちょっと聞きほれてしまった。

再生を終えた妻は娘に「どう?」と聞く。

「お父さんひど~い。」

一万田包囲網から攻撃が入る。


「いや、その歌、俺が東京に行っちょったことくらいしか共通点ねえやろ。」

「お母さんはね、ずうっと九州でお父さんを待っちょったんよ。」

「え、そうやったっけ?」

警視庁にいる間、妻は確か福岡の大学にいたはず。九州は間違いないが、果たして本当に待っていたのだろうか。


「やっぱりお父さん、お母さんのこと忘れちょったんやんかー」

「いや、確かにそりゃ忘れちょったけど。そもそも、すき焼きの晩に超久しぶりに会っただけやもん。」

「どうしてもアンタ、すき焼きっちいいてえようやな。それに次の日、駅のホームでも会うたやろ。」

「あ、そういやそうやな。」

 すき焼きの翌日、駅のホームで妻と会った。送りに来てくれていたようだったが、細部は覚えていない。


「やっぱりお父さん忘れちょったんや。」

う~ん、そうなるんだろうか。一万田はなんとも腑に落ちない。


「お父さん、お母さんに東京からネックレス送ったん?」

「もらっちょらんよ。」妻が即答する。

「お父さん、お母さんにネックレスもあげんかったんや。」

しかしなんで歌が基準なんだ。まあいいか。


 一万田はつまみのゲソを噛み噛みビールを飲む。

「結局お父さんは東京から帰ってこんかったん?」

「いや、帰ってきたけんここにおるんやろ。」


「いつ帰ってきたん、お父さん。」

「お母さんに内緒で、こっそり(しねぇ~っと)帰ってきちょったんで。」

「いや、連絡先とか知らんかったし。」


「お父さん、帰ってきてなにしよったん?」

「街のベンチに女の子の銅像あるやろ?あの子にビール勧めよったんよ。」

「えええーなんでー」

 あのときの冗談が一生モノの恥になろうとは。一万田は頭を抱えた。


「ううんとな、東京から帰ってきて今の仕事に就いて、どっかでふらっとお母さんと会うて。なんか気づいたら結婚しちょって、目を離したすきに子供もできて・・・」

「そこが一番知りてえんや、お父さん。」

「なし、そげえ知りてえんか。」

「友達と教えあいっこするんや。」

「ええええええ!」


今度は妻がめずらしく大声をあげた。

多分、あれやこれや話すつもりだったんだろう。一万田は妻の狼狽を見てほくそ笑む。


「お父さんとお母さんはね・・・」

妻解釈の、誰のかわからないラブストーリーを聞きながら一万田はビール三缶目をあけた。


そろそろ冬も近い。ストーブを出そうか。

はす向かいの家の庭木が枯れ葉を散らしている。

さしこむ夕日が美しい。あ、そういえば今晩はすき焼きだったな。

挿絵(By みてみん)

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