第4話:断罪の反転(リバース・ジャッジメント)
——沈黙は、裁きよりも雄弁だった。
誰一人、声を発することができない。
豪奢な夜会場に集った貴族たちは、今や観客ではなく証人だった。
その中心で、第一王子セドリックは立ち尽くしている。
つい先刻まで、私を断罪する側にいた男が。
「……あり得ん」
かすれた声が、ようやく絞り出される。
「余が……断罪、される……?」
「正確には“断罪未遂”ですわね」
私は穏やかに訂正した。
「司法的には、まだ“未遂”。
ですが、政治的には——」
一歩、彼に近づく。
「致命傷ですわ」
「エレーナ・ヴァン・クロムウェル!」
セドリックが叫ぶ。
「貴様は王族に刃向かった!
その罪、万死に値する!」
だが、その言葉に呼応する者はいなかった。
代わりに前へ出たのは、白髪の老公爵——
王国宰相、グラント卿だった。
「第一王子殿下」
低く、しかし重い声。
「先ほどからの一連の推理、
論理的整合性に一切の破綻はない」
会場が、ざわめく。
「加えて、複数の証言。
侍女への指示。
虚偽証言の誘導」
一拍。
「——これは、王位継承者として看過できぬ不祥事」
セドリックの瞳が、揺れた。
「宰相……貴様まで余を裏切るか!」
「いいえ。
私は“王国”に忠誠を誓っております」
それ以上、言葉は必要なかった。
「……あの」
震える声が、静寂を破る。
リリアだった。
「わ、私……全部、話します……」
その瞬間、セドリックが叫んだ。
「黙れ、リリア!
お前は被害者だろう!」
——違う。
その言葉は、もはや誰の耳にも届かなかった。
「私は……怖かったんです」
リリアは、涙をこぼしながら続けた。
「家は傾いて、
殿下に逆らえば、父も母も……」
彼女は、私を見た。
「エレーナ様……
あなたを陥れれば、幸せになれるって……
信じたかった……」
私は、しばらく彼女を見つめてから、静かに口を開いた。
「それは“選択”ですわ」
非難も、嘲りもない声。
「同情はいたします。
ですが——責任は免れません」
リリアは、深く頭を下げた。
「これより、王国宰相権限により宣言する」
グラント卿が、杖を床に打ち鳴らす。
「エレーナ・ヴァン・クロムウェル嬢に対する
婚約破棄および断罪は、証拠不十分により無効」
はっきりとした声が、会場に響いた。
「加えて——」
視線が、セドリックへ向く。
「第一王子セドリック殿下は、
継承権を一時停止。
王命により、軟禁処分とする」
——王子が、崩れ落ちた。
すべてが終わった後。
人々は、私をどう呼べばいいのか、迷っていた。
悪役令嬢?
被害者?
英雄?
私は、誰の評価も必要としなかった。
「エレーナ嬢」
宰相が近づいてくる。
「君の知性と冷静さは、
この国にとって貴重だ」
私は、扇子を胸元に当て、一礼した。
「光栄ですわ。
ですが私は——」
一瞬、言葉を選ぶ。
「誰かの駒になるつもりはありません」
宰相は、わずかに目を見開き、そして笑った。
「……なるほど。
ならば“協力者”として、どうだね」
私は、微笑んだ。
夜会場を後にする途中、
私は一度だけ振り返った。
断罪の舞台。
密室。
反転した裁き。
(……悪くありませんわ)
安楽椅子探偵としての血が、静かに騒ぐ。
「次は、どんな“論理”が私を呼ぶのかしら」
そう呟いて、私は歩き出した。
——これは、終わりではない。
探偵令嬢エレーナの、始まりなのだから。




